第二十三話 見習い剣士たち

Szene-01 レアルプドルフ二番地区、西門南側


 ルイーサはヒルデガルドに手を引かれる形で調査中。

 ようやく任務範囲の端、西門南側に到着した。


「ルイーサ様、ここで終わりです。壁は目立った痛みはありませんでしたし、よかったですね」

「ええ。この町の壁は頑丈に造られているのだから、そう簡単には壊れないでしょう」

「頑丈なはずの壁が傷んでいると計り知れない恐ろしさがあります。慢心しないように見ておくのも大切ですよね」

「そ、そうよ。改めて言うまでもないわ。問題の無いことを確認するのが今回の任務でしょ?」


 自信があるように話しているのだが、ヒルデガルドにたずねるような口調をしているルイーサ。

 ヒルデガルドは気づいていないかのように振舞う。


「西門に着きましたね。剣士様たちは……広範囲に散らばっているようです」

「いずれあの一員になるのね」


 ルイーサは自分の両頬をパチンと平手打ちする。


「真剣に修練しないと」

「あのお方が先に剣士になられるかもしれません」

「ああ……やはりステキだったわ。そう、私は同期の剣士になりたいのよ! 剣士になるまで邪念を捨てます。ヒルデガルド、手伝ってね」

「当然です。そのために私はおそばにいるのですから」


 多くの剣士たちを見たことで、忘れかけていた目標を思い出したようだ。


「剣士になるまでは私で我慢してくださいませ」

「……あなたはあの……エ、エールタインさんを知る前から私のお気に入りだから、ヒルデガルドで我慢をするなんてこと、あるわけないじゃない」


 胸の前で両手を組み、目を潤ませるヒルデガルド。


「そのような事をおっしゃると、ルイーサ様を……いえ、何でもありません」

「ちょっと! こちらはその先の言葉を待っていたのに……まあいいわ。言わなくても知っているんだから。あなたのことは何でもわかってしまうの」


 ほおを赤くしながらぷいっとそっぽを向いて見せる主人。

 ヒルデガルドは思わず顔をほころばせていた。


Szene-02 ダン家前


 エールタインがティベルダの肩越しに後ろから両腕を巻き付けたまま戻って来た。

 二人は任務中とは思えないゆるんだ顔をしている。


「あ! ヨハナさん」

「あなたたちはずっとそんな感じね。ほら、緊張感を持って」

「はーい」


 二人一緒にゆるい返事をしながら家の前を通り過ぎてゆく。


「壁の状態は良かったのよね……ちゃんと見たのかしら。変な所を心配してしまうわ」


 ヨハナはエプロンのしわを直して家に戻った。


Szene-03 三番地区沿い、南北街道


 うす暗くなってきたレアルプドルフ。

 特に連絡が飛び交うこともなく、静かに鐘楼へ向けて戻る見習い剣士たちが見える。

 その様子も見辛くなっていく中で、灯りが移動していく様へと変わる。


「そろそろ歩きにくくなってきたね。ランタンを用意してくれる?」

「はい」


 ティベルダは腰にぶら下げていたランタンを外す。

 オイル式のランタンを地面に置き、鞄から火打石を出して火を灯した。

 片手はランタンを持っているため、主人とは手つなぎに変わる。


「剣士になれたら証石の光る所を見たいんだ」

「私も見てみたいです!」

「うん、もちろん見せるよ。ダンに見せてもらったのは剣聖の青い石だったから、自分の黒い石がどんなふうに光るのかが気になっているのさ」


 まだ首からぶら下げていない証石を、そこにあるかのように胸のあたりでつかむエールタイン。

 石を手にした時のことを思いながらであろうか、目線は暗闇に包まれた町へと向いている。

 ティベルダは時々主が見せるその横顔をほほえみながら見つめる。

 どうやらお気に入りの姿と思われる。

 今はランタンの灯りがエールタインの白い首筋を照らし、独特な雰囲気を醸し出していた。

 エールタインが次の行動を起こすまで、ティベルダが釘付けになるケースだ。

 ゆっくりと目をオレンジに変化させていくと、エールタインがそれに気づいた。


「あ……ヒール送ってる?」


 と言いながらティベルダへと目をやり、オレンジ色を確認した。


「ティベルダの気持ちがボクに向いているのか。今はボクを好きって思っているの?」

「いつも大好きですよ?」

「うーん。ヒールを流すのはどういう時なんだろう。これ、すごく気持ちいいからクセになりつつあるなあ。いや、もうなっているかも」


 ティベルダはエールタインの手の甲にゆっくりと頬ずりをする。


「なんとなくなんですけど、エール様と『くっつきたくなる』と熱いものを送っている気がします。いつも『くっつきたくなる』ので、どの『くっつきたい気持ち』なのかがわからないのですが……」


 手にやわらかい頬をすりすりとされながらヒールを送り込まれているエールタイン。

 その状況にのみ込まれてしまっているようで、立ち尽くしたままだ。


「いけない! これではエール様が動けませんね。私が離れないと」


 ティベルダは慌てて頬と手を離した。


「あん、心地よいのが止まっちゃった。離れると余韻もなく終わっちゃうんだね。でもボクのために調節しようと考えてくれてありがと」


 エールタインは少し残念そうな顔からうれしそうな表情へと変え、ティベルダの頭をなでてあげた。


「あは。これ好きです。私にとってのヒールはエール様に可愛がってもらうことですね!」

「お互いにヒールを送りあえていることになるのかな。いつもしていると何もできなくなりそうだ。使い過ぎないようにしないと……でも普段一緒にいるから難しいね」

「エール様も調節の練習をするのですか?」

「ははは。それじゃボクも練習するよ。おっと、遅れると怒られちゃうから戻ろう」


 手をつなぐことは欠かさないまま、二人は改めて役場へ向け歩き出した。

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