第二十二話 高ぶる気持ち
Szene-01 二番地区、町壁
「もう薄暗くなってきたわね」
「随分遅れてしまいました」
ルイーサとヒルデガルドはようやく町壁に到着した。
午後の鐘が鳴り終わり、他の見習い剣士たちはすでに作業が軌道に乗っている。
見渡すと壁沿いを歩くデュオたちが黙々と状態を確認していた。
「見て回るだけでしょ。はじめるわよ」
ルイーサが壁を向いたままキョロキョロと左右に首を振っている。
予想済みだったのかヒルデガルドがさりげなく、そう、さりげなく助言をする。
「ここが左端になります。右端に向けて壁を見ながら歩きましょう」
「そ、そうね。そのためにここを目指して来たのだから」
いつもと違い、ヒルデガルドが前を歩く。
ルイーサは後をついてゆくが、キョロキョロとしたままだ。
「結構傷んでいますね。穴が空いていることは無いようですので大丈夫だと思いますが」
「そうね。魔獣対策も兼ねて造られたものなのだから、簡単に壊れてしまっては困るわ」
「壊れていたらと思うと恐ろしいですね。しっかり調べましょう、ルイーサ様」
「と、当然よ。見習いとはいえ剣士である私たちでないとできないこと……ヒルデガルド、ちょっと手を貸しなさい」
普段から受けている主人からの指示である。
ヒルデガルドは迷わず手を差し出した。
するとルイーサはしっかりとつかんだ。
「離れてはいけないわ。一緒にいましょう」
にぎり返すことで答えたヒルデガルド。
そのまま主人を連れて調査を続行した。
Szene-02 レアルプドルフ西門外、東西街道
行商人たちと思われる声がしたという衛兵の連絡を受けて調査を始めた剣士たち。
剣聖や上級剣士が指示をしながら町の外を見て回る。
「ダン様、久々に血が滾りますね」
「いやいや。そんなことが無い生活をするべきなんだぞ」
「しかし戦ってこそ剣士。請負の仕事はしていますが、自分の町を守るとなれば特別な思いが湧いてきます」
ダンを慕う剣士が次々に話しかけてくる。
上級剣士も扱いは特別になるが、剣聖ともなると憧れの的だ。
まさに英雄なのである。
「気持ちはわかる。だが戦いはできるだけ避けたいものだ。今回のように魔獣が相手ならば我々の出番だと思えるが」
「俺たち剣士にしてみれば、魔獣さまさまですよ。こうしてダン様と行動を共にするなんて、普段叶わないことですから」
「仕方のねえやつらだなあ。こんなごつい男と共にして喜ぶなんて趣味が悪いぞ」
剣士たちが笑う。
「いや、もしかしたらヘルマさんが狙いかもしれませんぜ」
「あ? それは自殺行為だろうよ。こいつに勝てる剣士がいるのか?」
「そこが問題なんすよ。ヘルマさん、つえーもんなあ」
剣聖であるダンの助手ができるということは、ヘルマもそれに匹敵する。
奴隷も主人の格により扱いが変わる。
人の性というところか。
ヘルマはそんな男たちの話に苦笑いだ。
久しぶりに町の剣士たちが集まったことで、気持ちが高ぶっているのであろう。
「この辺から小隊にするぞ。剣士は役場から決められた隊長と共に動いてくれ」
一人の上級剣士が指示を出す。
皆それに従ってぞろぞろと自身の隊長の所へと集まり、方々へ散らばった。
Szene-03 三番地区、町壁南端
エールタイン達の任された範囲は、三番地区内町壁の南側半分。
南端まで来ると東西街道が走る東門に至る。
東西街道は東門へ向かうにつれて三番と四番地区の小さな崖にはさまれる形になっている。
その崖の上からの景色をエールタインは眺めていた。
「東門まで異常は無かったね。ここ、見晴らしいいなあ」
手をつないだままのティベルダも辺りを見渡す。
「あ、紹介所が見えますね」
「ほんとだ。ティベルダと会えた場所だよ。ここから見ると結構すごい所に作られているんだね」
四番地区側の崖に収まるように奴隷紹介所がある。
普段とは違い、今は剣士が全員駆り出されているため訪れる者は見当たらない。
「ここまで歩いてきたけど、全然疲れていない。これってティベルダと手をつないでいるからなのかな」
「私、まだ能力のことがわからないのですけど、今日は手から何かを送っている感覚がありました」
「おお! そのおかげで疲れなかったのか。手をつないでいるだけでヒール効果をもらえちゃうなんて素敵だな」
ティベルダは上目遣いで尋ねる。
「能力があっても怖くないですか? 嫌いにならないですか?」
「そんなことあるわけないよ。言ったよね、ティベルダはボクの。離さないから安心しなって」
そう言うとティベルダを自分の前に立たせ、後ろから抱きしめる。
「君はボクに良からぬ気を持たないって安心しているんだ。不安になる必要は全くない。ボクもティベルダと同じさ。ちゃんと大好きだから、安心してよ」
耳元でささやかれている間にティベルダの顔は真っ赤になった。
「あの、私はご主人様のものであることがとてもうれしいのですが、エールタイン様を私のものにしたい……です。だめですか?」
目はオレンジ色へと変わっていた。
どうやら主への思いがあふれだしている。
その変化にエールタインが気づいたようだ。
「ティベルダ、目の色がオレンジだよ。今の感覚を覚えて。抱きしめているボクに身体中からヒールを流し込んできているのがわかる。おさえるんだ。ボクは君を嫌わない。安心することで気持ちをおさえるんだよ。ほら、もっと抱きしめてあげるから」
エールタインは抱きしめる力を増す。
しかしティベルダは感情が高ぶる一方で、おさえられない様子。
「はあ、はあ、はあ。エール様、私おかしくなりそう。好きすぎてわからない」
「ボクのことをいくらでも好きになっていいよ。大丈夫。好きになることは悪いことじゃない。ボクはすごくうれしいよ」
なんとか気持ちの制御を手伝おうとするエールタイン。
しかしティベルダは気持ちを抑えきれないらしく、両足をバタバタとし始めた。
「はあ、はあ。エール様!」
「まだ難しそうだね。よしよし、よく頑張った」
エールタインはティベルダを自身へ向かせ、キスをした。
二人の間で確立された心の安地。
ティベルダの目は青色に戻ってゆく。
「どう? 落ちついたかな」
「……はい。ごめんなさい、まだ上手く扱えなくて」
「焦らなくていいよ。お互いに安心できる術があって良かったね。初めのうちは照れ臭かったけど、お互いの気持ちが分かりあえるのはヒールのように心地よいから好きだ」
ゆっくりと主の背中に腕をまわして抱きつくティベルダ。
「エールタイン様は私のです。奴隷ですけど、離しません」
「そう思うことで安心するならかまわないよ。離れる気は無いし、離す気もない。そういえばボクの事をエールって呼んだよね。これからはそうする?」
「いいのですか?」
「もうしっかり身内になっているんだし、愛称で呼んでかまわないよ」
優しさをふんだんに浴びたティベルダは、その後日が沈み切るまで主を抱きしめ続けていた。
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