第十五話 見習い剣士、修練に勤しむ

Szene-01 二番地区、ドミニク家前


「ヒルデガルド、の用意は?」

「たっぷりあります。でも、指は大丈夫なのですか?」

「あなたならよく知っているでしょ。この醜くなってしまった指を」


 ルイーサの左手親指は若干太くなっている。

 これはルイーサ発案の攻撃方法によるものだ。


「決して醜くなどありません。努力が作り出した結果ですから」

「でもね、美しい女性でもありたいの。それなのに爪もぶ厚くなってしまって。もっとやり方を考えるべきだったわ」


 しばし親指を見つめてからヒルデガルドに向けて片手を出した。


「どうぞ」


 大剣を手に取るが、剣先を肩より上に持ち上げる前に落としてしまった。


「ルイーサ様!」

「ごめんなさい。思っていたより力が入らないみたい。短剣にするわね」

「無理はなさらないように」

「これぐらいで無理をしていたらまた罰を受けるわ」


 大剣の形をそのまま小さくしたような短剣を手に取る。

 そしてドミニク家の敷地内にあるいつもの修練場所へと向かう。


「ルイーサ。随分とほっつき歩いていたようだな。その鈍り様はひど過ぎるぞ」

「……」

「そのまま寝込むとさらに鈍るからな、いつも通りの修練をする」


 ルイーサの師匠、ドミニク・マイナードは上級剣士。

 十年前の戦いにおいて前線で活躍した一人だ。

 アウフやダンとは別の前線であったため二人とは接点が無い。

 しかし面識が無くても戦いで生き残り、町を守った剣士同士。

 互いに名前ぐらいは耳に入っている。

 名のある剣士の一人であるドミニクは、戦いで左太腿に深い傷を負ってしまった。

 それ故、戦いの際は後方に回される。

 現在は主にルイーサの師匠として上級剣士の役を務めている。

 そして、ルイーサの実父でもある。


「短剣か。いつも大振りばかりしているお前だ。いい機会かもしれんな。いつでも来い」


 右足に体重をかけて立つドミニク。

 普段、左足が思うように動かないことが明白な動き。

 何をするにも引きずっているからである。

 それでも師匠を務める事ができる腕前ということで、戦歴とともに名が通っている。


「はああああああ!」


 ルイーサは両腕の痛みを打ち消すように声を張り上げ向かって行った。


Szene-02 ダン家、庭


 師匠に急かされたエールタインが小さな声でティベルダに問う。


「ねえ、教えて」

「牽制を囮にする、というのはどうでしょう。今までの牽制を囮にして、もう一つ牽制を重ねる。どちらかに気を取らせる事ができれば攻撃の隙が見えると思うのです」

「んー」


 天を仰いでしまったエールタインにしびれを切らした師匠が声を掛けた。


「あのなあ。新しい弟子を取って追い出すぞ!」

「いやだ! ボクはダンの子でもあるんでしょ! やるよ、やります!」

「まったく……可愛いから困るんだよ、お前は」


 改めて下半身に神経を集中させるダン。

 受け身を整えながらも表情は柔らかかった。


Szene-03 ドミニク家、ルイーサの部屋


 ルイーサは修練での動きが酷過ぎた。

 師匠が早々に切り上げて終了。

 ルイーサは早く寝て回復させて来いと言われ、自室にいる。


「あの子にうつつを抜かし過ぎていたわね。私は剣士にならなければならないというのに」


 ルイーサは、床に座ってベッドに突っ伏していた。

 長い金髪が顔を隠し、髪の先を指でクルクルといじっている。

 ここまで落ち込んでいるルイーサは珍しい。

 そこへヒルデガルドがやって来た。


「失礼しますね」


 ヒルデガルドは毎晩ルイーサの部屋で過ごす。

 そのためヒルデガルドが出入りすることにルイーサが反応することは滅多に無い。

 唯一全て許している者ということらしい。

 小さな鞄を持って現れ、奴隷少女は主の横に座った。


「きれいな髪。見慣れているはずなのに見る度に目をうばわれます」

「……それ、聞き飽きたわよ」

「ルイーサ様が素敵なのですから、何度でも言いますよ」

「別に、いいけど」


 主人の横で持ってきた小さな鞄を開けるヒルデガルド。

 鞄に向けて手を差し出す。


「おいで」


 すると灰色と白色の縞模様をしたリスが顔を出す。

 乗るように手を揺らすと、ひょいっと飛び乗った。


「あなたもきれいだと思うでしょ? いつも話していた方よ」


 リスは金髪の先でクルクルと動いている指を捕まえた。


「……何?」


 珍しい感触であったからか、ルイーサは金髪カーテン越しに指先を見た。


「……何っ!?」


 おどろいて固まってしまった主人に説明をする従者。


「おどろかせてごめんなさい。私の仲良しさんです。悪い事はしませんから安心してください」

「魔獣!?」

「おどろきますよね。ルイーサ様が怖がってしまったからこちらにおいで」


 リスは軽い足取りでヒルデガルドの肩まで走って上がった。


「大丈夫なの?」

「はい。今まで話していなかったのですけど、私は小型の魔獣なら懐かせられるのです」

「その魔獣がずっとこの家にいたって事?」

「そう……なります」


 ルイーサはゆっくりとベッドから離れてヒルデガルドへと向いた。


「まったく、おどろかせてくれるじゃない。あなたの様子だと本当に大丈夫なようね」

「はい、安心してください。私はルイーサ様を危ない目に合わせたりしませんから」

「そうよね。理由があって見せたのでしょ? 聞きましょうか」


 ヒルデガルドは小さな木の実をリスに与えてから話し始めた。


「深い意味はないのです。ただ、ルイーサ様が落ち込んでいらしたので元気になっていただくためにと」

「そう。確かに気にしていたことは吹っ飛んだわ。あなたの気持ちもうれしいし。でもまだ魔獣の事は警戒してしまうわね」


 リスは両前足で木の実を持ち、カリカリと食べている。


「ルイーサ様のことはしっかりと教えてあります。今も指で遊びはしましたが、じゃれていただけ。この子はルイーサ様の言う事も聞きます」

「そうなの? あなた、持久力の他にも能力があったのね」

「この能力は誰にも知られていません。知っているのはルイーサ様だけです」


 ヒルデガルドは膝の上に乗るようリスに合図をする。

 リスにとっての主、ヒルデガルドの肩から膝にかけ下りてちょこんと座った。


「見事に言う事を聞いている。これってすごいことなのよね。能力なのだから当然だけど」

「気が晴れるお手伝いが出来たのなら良いのですが」

「吹っ飛んだってば。……ところで、その子に名前はあるの?」

「え!?」


 リスの名前について聞かれたヒルデガルドは妙な焦りを見せた。


「何よ。名前を聞いただけなのにおどおどして」

「そ、それが……ル、ルイーサという名前なのです」

「は? 私の名前を付けたの!?」

「申し訳ありません! よく懐いてくれるので一番良い名をと、大好きなルイーサ様のお名前を付けていました」


 ようやく穏やかな笑顔に変わったルイーサ。

 ヒルデガルドの頭をなでる。


「あなた、本当に私が好きなのね。そう、それでいいのよ。でもこのことを知った以上、今後同じ名前では都合が悪いわ。一緒に名前を決めるというのはどうかしら」

「うわあ! よろしいんですか!? ぜひ、是非お願いします!」


 リスは二人の間に座らされ、名前が決まるまでそのままじっとしていた。

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