第十六話 悩み吹っ飛ぶ、従者の力

Szene-01 ダン家、エールタインの部屋


 椅子に座り難しい顔をしているエールタイン。

 そこへ、自分の部屋の椅子を持ってティベルダが入ってきた。


「お邪魔します」

「あ、うん、おいで」


 攻撃について相談がしたいと、食事後にエールタインが部屋へ呼んだ。

 ティベルダはニコニコ顔で椅子をかかえている。

 おいでと呼ばれてさらにほほを上げながら、エールタインの真横に椅子を置く。


「はい! 来ました」

「すごく嬉しそうだねえ」

「エールタイン様のお部屋にご招待されたのですもの」


 座ったまま両脚をブラブラとゆらし始めるティベルダ。

 対照的に考え込んでいるエールタインである。


「もう一つ牽制を増やす……うーん、何かないかなあ」


 ブツブツと言いながら、木製の短剣を投げては取り、投げては取りを繰り返しだした。

 くるくると回る短剣もどきを一度も見ずに、それも柄でつかんでいる。

 ティベルダは回る剣に目線を固定して首を上下に振っていた。

 数回続けたところで一言つぶやく。


「エールタイン様、それ……すごいですね」

「ん? それ……ああ、これ? 木製だから大丈夫だよ」

「いえ、くるくると投げて取っていますね」

「修練の事を思い出すとやるみたいだよ。他人事みたいに言っているね。なぜだか気づくとどんな体勢でも回しているんだ」


 ティベルダは目を丸くしたままエールタインの顔を見ていきなり叫んだ。


「それです!」


 おどろいたエールタインは木製短剣を落としてしまう。

 木製の床と木製短剣の当たった音は思いのほか軽く、部屋中にひびいた。


「うわあ! びっくりした。どうしたの?」

「それ、もう一つの牽制に使えるじゃないですか!」


 床に横たわる短剣をながめ、しばし固まるエールタイン。

 そしてようやく脳内でつながったのか、ティベルダへ振り向いた。


「そっか。これ、使えるね」


 二人の顔が真正面で急接近する。

 ティベルダは赤くなり、目の色がオレンジ色に変わりかけた。


「エ、エールタイン様。とてもおきれいです」

「これ、上手いでしょ。短剣だけじゃなくて何でもやれるよ。いつも意識せずにやっているんだけどね」

「きれいなのは……お顔です」


 一瞬固まったエールタインだが、唇を目の前の小さな唇に触れさせた。


「ありがと。ランタンの灯りがきれいなんだと思うけど、うれしい気持ちを伝えてみたよ。キスはこんな感じで使えばいいかな」

「大好きです……」


 ティベルダはゆっくりとエールタインに抱きついた。

 目の色がはっきりとオレンジ色に変わり、エールタインにも変化が現れる。


「何これ。すごく温かくて心地いいものが流れ込んでくるよ」


 ティベルダのエールタインに送り込むヒール効果が発動しているようだ。

 エールタインはその感覚になれていない。

 じっとしているので抱きつかれたままでいる。


「何だかわからないけど、このまま離れたくないなあ。身体が軽くなるよ」


 ティベルダが興奮の余り眠りにつくまでヒーリングは止まらなかった。


「ティベルダ? 寝ちゃったのか。それにしてもこれがヒール……」


 眠ってしまったティベルダを自分のベッドに寝かせる。

 思いの強さにまかせて流し込まれたティベルダの能力、ヒール。

 無調整ヒールの初体験により、エールタインもフラフラしていた。

 たまらず自身もティベルダの横に倒れ込み、眠りについた。


Szene-02 ダン家、エールタインの部屋


 倒れ込んだ見習いデュオは、初めて二人の朝をむかえた。

 エールタインの片腕がティベルダをかかえている。


「まぶしい……あのまま寝たんだっけ」


 目の前のティベルダに気づき、寝顔をのぞき込む。

 頬の産毛が朝日できらきらと光っている。


「うわあ、寝顔もまた可愛いなあ。この子初めて会った時より可愛くなっていない?」


 すやすやと寝たままのティベルダを、じっと見つめるエールタイン。

 顔はにやけてしまっていて、非常にだらしない。

 よだれが出始めてもおかしくないほどゆるんでいる。


「こんな子が戦うなんてね。でもたぶんだけど、強い子なんだよな」


 エールタインは一瞬だけぎゅっとだきしめて、ベッドから降りた。


Szene-03 ダン家、食卓


「んー」

「おはようございます。今日は早いのですね。なんだかとてもすっきりしていそう」


 料理場用の水を運んでいるヘルマが、伸びをしているエールタインにあいさつをした。


「うん。こんなにすっきりしてる寝起きははじめて。ダンは部屋?」

「起きているはずは……はい、お部屋です」

「あはは。ヘルマの本音が聞けちゃった。ちょっとってくるね」


 エールタインのうしろ姿を見ながらヘルマは首をひねっていた。


「エール様、なんだか変なしゃべり方していたわね」


Szene-04 ダン家、ダンの部屋


 ダンの部屋がノックされる。


「ダン? 寝てるんだろうけど入ってい? まあ入るんだけどさ」


 エールタインは問答無用で部屋に入った。

 ダンはベッドの上で大の字になって寝ている。


「ねえダン、朝だから起きなよ。話したいことがあるんだ」

「んが」


 いびきで返事をするが、当然起きているわけではない。

 エールタインは無理矢理起こしにかかった。

 鼻をつまんだのである。


「ダンはボクがかわいんだよね。そのかわい娘が起こしに来たんだ。起きろー」


 つまんだまま鼻を左右に振る。

 さすがのダンも息ができなければ起きるしかない。


「う、うう……」

「はい、かっこい娘に起こされて幸せだね。話しがあるんだってば」

 

 ダンはエールタインに起こされるという貴重な体験をした。

 ただ残念なことに寝起きの弱さと窒息の苦しさしか味わえていないと思われる。


「あ? なんだよ、珍しいな」

「だからあ、話があるんだってば」

「朝っぱらからなんだ」

「その何かを話すにはダンが起きないと無理でょ」


 エールタインが半身を起こしたダンの背中を押して、強引にベッドから離れさせる。


「おいおい。まだ体が目覚めていないから立てねえよ」

「このボクが起こているのに起きないの? もう起こしてあげなぞ」

「……それはもったいねえな……ところで口が回っていないようだが?」


 エールタインの一言でダンはすっくと立ちあがった。


「まあいい。で、話ってなんだ?」


 ダンが振り返ると、押していた背中がなくなったエールタインがうつ伏せていた。


「急に立たなで……起きてくれたならまあいいや」

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