第23話

「あれ、舜君。」


 膨らんだビニール袋を持った、俊哉のお母さんに話しかけられる。


「そちらの女の子は?」

「初めまして、富貴明日香と申します。俊哉くんには、いつも仲良くさせていただいております。」

「あらあら、ご丁寧にありがとうね。立ち話もあれだし、中に戻りましょうか。」


 四人で待合室へと戻る。手術はまだ続いているようだ。


「どうして、明日香さんがここに?」

「俊哉のことを心配してきてくれたみたいよ。」

「へぇ。そうなんだ。」

「ほら美玖、どれ食べるか選んでくれ。」


 俊哉のお父さんはそう言って、ビニール袋を渡す。


「いらない。」

「お腹も空いただろ?食べたいものが無いのなら、また買ってくるけど。」

「お兄が何も食べずに頑張っているのに、私だけ食べるなんてできない。」

「美玖、わがまま言わずに食べなさい。」


 両親の言葉に全く耳を貸さず、美玖ちゃんは断固として食べようとしなかった。


「ここで飲食は控えたほうが良さそうだし、外で食べましょうか。」

「お腹も空いていないし、僕は美玖ちゃんと一緒にここに残ってもいいですか?」


 俊哉のお母さんの提案を断り、二人で待合室に残る。二人きりになり、僕が話しかけようとした瞬間、手術中のランプが暗くなった。僕らは閉まっている扉が開くのを今か今かと待った。


 扉が開き、手術着を着た男性がこちらにやってきた。


「ご両親の方はいらっしゃいますか?」

「ちょっと今、外に出ているみたいなので呼んできます。」


 僕はそう言って、待合室を飛び出し明日香たちに、伝えに行った。僕らが待合室に戻ってくると、泣き崩れる美玖ちゃんの姿が目に入った。


「こちらとしても最善を尽くしたのですが、白沢俊哉くんは20時38分、死亡が確認されました。ご家族の方は話がありますので、付いてきてもらえますか。」


 僕と明日香は待合室に残された。明日香は目を赤くしている。


「舜は泣かないのね。」

「僕には、もう泣いて悲しむ時間は無いんだ。」


 そう言って、僕は外へ出る。


「じゃあ僕はこっちだから。」

「こんな時間から、どこへ行くの?」


 家に帰る道と異なる方向に向かう僕に質問する。


「全てを終わらせるために、あいつを捕まえなければいけないんだ。」


 僕はそれだけ述べる。


「それなら、私にも手伝えることがあるでしょう?私も一緒に行くわ。」

「ごめん、明日香。今日は、今日だけは独りにさせてくれないか。」


 明日香の提案を突き放し、逃げるように走り出した。息が切れても、走るのをやめることはできなかった。立ち止まると、俊哉が死んだ事実を考えこんでしまう。そして、僕は連絡していた人物に会った。


「徳重さん、こんな時間にすみません。」

「全然、問題じゃねえよ。ほら、乗れ。」


 徳重さんの車に乗り込み、会話を続ける。


「これが今まで売人と取り引きした人物の情報だ。」


 そう言って、書類の入ったクリアファイルを僕に渡してきた。


「良いんですか?こんな個人情報を僕に見せて?」

「良いはずないだろ。バレたら首が飛ぶかもな。」

「じゃあ、どうして。」


「この事件にお前さんがあまりにも関わりすぎている。長年やってきた俺の勘だが、君が売人を見つけてくれるって気がするから、それに賭けることにしたんだ。」

「ありがとうございます。絶対に見つけますよ。」

「それで、これからどうする?家まで送ればいいか?」

「しばらく、ドライブでもしませんか?この町をもっと見ておきたいです。」


 俊哉がこの世から消えても、この町の風景は変わらないのかもしれない。それでも、俊哉が生きた今日までの風景を目に焼き付けたかった。


「分かった。」


 いつもと変わらない街並みを横目に、僕は売人のことを考える。赤池曰く、僕が今までに会ったことのある人物。そして、取り引き相手は全て若者。これだけで特定するのは不可能だろう。僕は気になる点を質問する。


「印場莉愛や永覚彩花のスマホに売人との連絡履歴は無かったんですか?」

「永覚はまだだが、薬物を持っていた男と印場の方はスマホの全てのデータを復元してみたが、取り引き場所や日時なんかの連絡は一切無かった。それはつまり、売人とは、顔なじみの関係であることを示しているわけだが、この三人に共通する交友関係はまだ見つかっていないんだ。」

「違法薬物を持っていた男はまだ生きていますよね。取り調べで分かったことはありますか?」

「それが、俺は知らないの一点張りで有益な情報はまだ得られていないんだ。」

「そうですか。」


 僕は三人の個人情報を眺めながら考える。三人とも違う学校で、年齢も異なる。何か売人に繋がるヒントが無いかと、今日の永覚との会話を思い出してみる。永覚は誰かに僕が教室にいることを聞いたと言っていた。僕が教室に残るのを伝えたのは、俊哉と徳重さんの二人だけのはずだ。だが、とても徳重さんが三人と面識があるようには見えない。それどころか、僕にこんなに情報を渡す理由が無い。しかし、他に僕が教室にいることを知っていた人物なんて、


「そうだ、そうだったんだ。」


「何か分かったのか?」

「ちょっと、ある人物のことを調べて欲しいんですけど。」


 僕の推測を説明する。徳重さんは驚いていたが、明日までには調べ上げると約束してくれた。


「じゃあな、今日はゆっくり休めよ。」

「わざわざ、家まで送ってくださってありがとうございました。」


 玄関をくぐりリビングに行くと、父が一人で晩酌していた。


「遅かったな。」

「心配かけてごめん。」

「気にするな。もう俺は寝るから電気消しといてくれ。それと前にも言ったが、好きな人がいるなら、その人が好きな気持ちを貫け。じゃ、おやすみ。」


 それだけ言って、父はリビングを出ていった。僕もコップ一杯のお茶を飲み、自分の部屋へと戻った。


 これまで起こったことは、どんなに足掻いても変わらない。だからこそ、僕らはこれからのことを考え、行動を起こすことでしか、前に進めない。今まで自分の行動を変え、代わりに他の人を犠牲にしてきた。そして、今日は俊哉も僕の代わりに死んでいった。それがもし、明日香と付き合い始めたのが原因だとしても、僕は明日香を諦めることはできないみたいだ。この先、どんなことがあっても、僕は君を愛し続ける。そして僕は、眠りにつく。

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