第21話

しばらく待っていると、徳重さんから電話がかかってきた。


「亀崎くん、こっちは正門のすぐ近くで、スタンバイできたからその報告だけ一応しとくな。」

「多分なんですけど、永覚は今日僕を殺すまで、正門を出ないと思いますよ。」


 僕の見解を伝える。


「それは例の、死を予見する能力ではそうだったのか?」

「そうです。恐らく校内にはいるはずなんですけど、どこにいるかまでは分からないです。」

「分かった。俺も校内に行くから、亀崎くんはその場にいてくれよ。」

「教師が来たので、電話切ります。」


 校内での携帯電話の使用は認められていないので、急いでポケットの中にスマホを戻した。


「あれ、亀崎か?どうした、教室に残って。」


 廊下を歩いていた隣のクラスの担任の猿投に声をかけられる。


「僕が教室に残っていたら、変ですか?」

「授業中ずっと寝ているようなやつが、教室に残って勉強するとは思えないから、変と言えば変だな。」

「やっぱそうですよね。」

「ま、下校時間までには帰れよ。」


 そう言って、猿投は去っていった。姿が見えなくなってから、再び徳重さんに連絡を取ろうとするが、電話は繋がらなかった。もしかしたら、徳重さんは既に永覚と鉢合わせたのかもしれない。そもそも、まだ永覚さんに殺されると決まったわけではないが、仮にそうだとして、どうして僕は永覚さんに殺されるのだろう。どこかで恨みでも買ったのだろうか。


 三十分ほど待っても、徳重さんからの連絡は来ない。何かあったのだろうか?そんなことを考えていると、ガラガラと、教室の後ろ側の扉が開く音が聞こえてきた。そして、扉を開いた人物を目にとらえる。


「なんで、ここにいるんだよ。」

「だって、ここにいるって教えてもらったの。」


 そう、僕の質問に答えたのは、永覚彩花だった。今は銃を持っていないようだ。


「教えてもらったって、誰に?」

「そんなことどうでもいいでしょう?」


「そうだな、じゃあどうして僕を殺そうとするかは教えてくれないか?」

「あなたのせいで、関係の無い無実の人が死んだのよ。あなたは、その報いを受ける必要があるでしょ。」

「どうして、それを知っているんだ。」


 理由を聞かずにはいられなかった。


「日曜日に、あの橋の下で俊哉くんに話していたじゃない。」

「なるほど、隠れて僕らの話を聞いていたのか。」

「そうよ。あなたさえいなければ、私の目の前で緒川先生が死ぬことは無かったのに。」


 私の目の前ということは、永覚さんはあの日、事件現場に居合わせたということか。いや、そうだ。僕はあの日の緒川先生の最期の言葉を思い出した。緒川先生がその身を挺して守った女子生徒は、


「永覚さんだったのか。」

「やっと気づいたのね。でも、私はそんなことで恨みを持つような人間では無いわ。あなたを許さない最大の理由は、将大を殺したことよ。」


 どこかで聞いたことがある名前だと思ったが、思い出すには至らなかった。


「思い出せないようだから教えてあげるわ。将大は、踏切事故で死んだ私の弟よ。」

「そうだったのか。」


 夢で僕が代わりに死ぬはずだったあの踏切事故の男の子が永覚さんの弟だとは知らなかった。


「もちろん、死んでくれるわよね。」


 そう言って永覚さんは、刃渡り十センチほどのナイフを取り出した。丸腰の僕が、女の子とはいえ、刃物を持つ相手と戦って勝てるとは思えない。ここで僕がすべきことは、徳重さんが来るまで時間を稼ぐことだろう。


「まず、僕の話を聞いてくれないか?確かに、踏切事故で将大くんは亡くなってしまったけれど、テレビの報道でもあった通り、あそこの踏切に警報機が無かったことが一番の原因であって、それを僕への恨みにするのは間違っているんじゃないか?」

「それでも、あなたの夢の中では将大は死なないはずだったのでしょ?」


 僕の思惑通り、永覚は話に乗ってきた。なるべく話が長くなるように言葉を選ぶ。


「そうかもしれない。だけど、僕が夢で見ることがそっくりそのまま起こり得るなんて保証はどこにもない。たらればの話をいくらしていても、先には進まないんじゃないか?」


「そうよね。こんな話しても将大は戻ってこないわ。殺す前に一つ聞きたいことがあるのだけど。」

「二つでも三つでも、何でも聞いてくれ。」


 それで、時間が稼げるのなら、何十個だって質問してほしい。


「私は、あなたではなく富貴さんに死を予見する力があると聞いていたのだけど、違ったの?」


 明日香が死神と呼ばれていたから、そう思われていたのだろうか。僕は正直に答えた。


「富貴さんは、普通の女の子だよ。死を予見する能力なんて持ち合わせていない、普通の女の子だ。」

「そうなんだ。勘違いしているようだったから、後で教えてあげないとな。」


 教えてあげる、そう目の前の彼女は言った。


「誰に、教えるんだ?銃や薬物をもらった相手にか?」

「その通りよ。そこまで知っているなら、どっちみち殺さなきゃいけないね。」


 永覚の口ぶりから、永覚彩花=売人ではないということだ。つまり、まだ赤池の言う全部終わらせることはできないみたいだ。


「僕を殺せば、警察に捕まるけどいいのか?」

「未成年だし、いくらでもやり直せるわ。」


 彼女は少しも躊躇している様子は無い。良心に訴えかけて、この場は引いてくれるような相手でも無いだろう。次の会話も思い浮かばないまま、永覚がこちらにじりじりと近づいてくる。


「話しすぎって怒られちゃうかもしれないから、そろそろやろっかな?」


 もう僕は後ろには下がれない。窓ガラスを割りながら二階から飛び降りるのと、素手で永覚さんを倒すのはどちらが生き残る可能性が高いのかを考えていたが、案の定答えも出ないまま決断を迫られる。


「安心して、心臓を一突きにするから。」


 全く安心できないことを言われたその時だった、閉められていた前方の扉が開かれる。その音に驚き、永覚も扉の方を向く。


「何とか間に合った?」


 こんな時でもいつもと同じような口調で、そこに現れたのは俊哉だった。


「どうして、白沢くんがここに?」


 答えるよりも先に、俊哉は永覚との距離を詰める。そして、


「ぶへっ。」


 俊哉は永覚の頬を殴った。永覚は握っていたナイフを手放し、床に倒れた。僕は突然のことに声も出なかった。俊哉は床に落ちたナイフを拾い上げ、扉に向けて投げた。ナイフは廊下の窓を割り、外へと飛んでいった。


「凶器も捨てたし、今のガラスの割れた音で、直に教師たちもやってくる。永覚、もう終わりだ。」

「どうして?どうして、白沢くんは私の邪魔をするの?緒川先生が轢かれたときずっと一緒にいてくれたじゃない。」

「誰に対しても、あそこではそうした。永覚に特別な感情は持ち合わせていないよ。」


 俊哉は決別の一言を告げる。


「嘘よ、嘘よ、嘘よ、嘘よ、嘘よ、嘘よ、嘘よ。」


 永覚は両手で頭を抱えながら、同じ単語を羅列していく。


「どうした、永覚?」


 俊哉がそう声をかけると、永覚さんは声を発することをやめて、立ち上がり僕らの方を向く。


「亀崎、お前さえいなければ!」


 永覚は、懐に隠していた拳銃を取り出し、銃口を僕に向ける。蛇に睨まれた蛙のように、僕はその場から離れることはできなかった。僕は咄嗟に目をつぶる。銃声は聞こえたが、痛みは感じない。外したのだろうか?僕は目を開ける。

 僕の視界に入ってきたのは、倒れている俊哉と、目を見開いて金縛りにあったように立っている永覚だった。すぐに俊哉のもとに駆け寄る。


「俊哉、俊哉!」


 腹部から血が流れだしている。


「怪我は無いか、舜。」


 消え入りそうな声で僕の心配をする。


「僕のことよりも、自分の心配をしろ!今、救急車呼ぶから!」


 スマホを取り出す前に、まず拳銃を持ったままの永覚をどうにかしなければいけないことに気付いた。永覚を見ると、倒れている俊哉を眺め、壊れたように笑いだした。


「あははははっははははははっはっははははっははははははははは。」


 今は永覚に構っている場合じゃないと考え、一一九番通報する。僕が場所や状況を説明していると、永覚の笑い声が止み、こちらへ目を向けた。


「もう、いいや。」


 永覚はそれだけ呟くと、銃口を自分の胸に当て、引き金を引いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る