第20話

「このまま行くと、舜がどんどん俺の手の届かない所に行っちゃうかもな。」


 昇降口を出て、正門までの道を周りに同じ学校の生徒が沢山いる中、俊哉と下校しているようだった。感覚がもう麻痺しているのか、今日死ぬのが自分だと分かっていても、もう動揺することは無かった。


「ちょっとよく分からないけれど、僕がどれだけ遠くに行ったとしても、俊哉なら絶対追いついてくれるでしょ?」

「まぁ舜を一人にはできないからな。呼べばいつでも駆けつけるよ。」


 俊哉がそう言い切るタイミングで、何かが破裂するような音が聞こえてくる。自分の脇腹から溢れ出る血と、痛みからその音が銃声だということに気付いた。そしてそのまま僕は目を閉じる。


 暗くて、周りには何も無い空間だ。そこで赤池舜は待っていた。


「また、会ったね。」

「赤池、いくつか聞きたいことがあるんだが。いいか?」

「昨日、僕が君に頼んだことは二つだから、二つだけ質問を許そう。」


 二つのうちの一つ目は迷う事は無かった。


「じゃあ一つ目は、昨日言っていた全てが終わるとは何だ?明日香との関係のことなのか?」

「全て終わるっていうのは、君に降りかかる厄災と夢のことだよ。」


 つまり、全てが終わるとは、夢を見るということの終わりというわけか。


「なぜ、それをお前は知っているんだ?」

「それが、二つ目の質問でいいのかな?もっとよく考えた方が良いよ。」


 そのように言うということは、今、赤池に理由を聞いたところで、全てが終わることについて何の役にも立たないのかもしれない。


「じゃあ、赤池が言う、あいつというのは売人のことで良いんだよな?」

「お、自分でそれに気付くとは、流石僕だね。舜の言う通り、売人を捕まえればすべてが終わる。じゃあね、僕らは君に期待しているんだ。」


 陽の光で僕は目覚めた。夢での赤池の最後の言葉が思い起こされる。流石僕だ。確かに赤池はそう言った。それはつまり、赤池舜と亀崎舜は同一人物であるということなのだろう。

 しかしそのあとの、僕らは君に期待しているという一文がよく分からない。なぜわざわざ僕らと言ったのだろうか。赤池の言葉で疑問が晴れたと思っていたが、また新たな疑問を生み出しただけだった。


「おはよう、舜。お昼までに帰ってくるなら、冷蔵庫のもの勝手に食べててね。」

「分かったよ。じゃあ、行ってきます。」


 朝起きてすぐに、今日の夢について俊哉に連絡した。対策を考えるために、いつもより早く学校へと向かう。駅で待っていると、俊哉がやってきた。


「それで、帰り道に銃で撃たれる夢だったんだよな?」

「うん。どこから誰に打たれたかも分からなかったから、そこが問題だね。」

「せめて誰か分かれば、対策できそうなんだがな。」

「一人、怪しい人物がいるんだ。」


 僕はそう言って、永覚彩花の話をする。


「確かに、俺も永覚さんの行動はちょっとおかしい気がする。だけど、あくまでも憶測にすぎないし、決定的な証拠が無いと永覚さんを追及することは難しいだろうな。」

「そうだよね。ちょっと知り合いにも何か知らないか聞いてみるよ。」


 そう言って僕は、永覚彩花について調べられないか、徳重さんにメールを送った。


「それより今は、どうやって舜が銃弾を回避するかだろう?」

「そうだった。何かいい方法は無いかな?」

「撃たれる場所も、夢で見たものと寸分の狂いもなく同じなら、その場所に鉄板でも仕込んでおけば良いんじゃないか?」

「俊哉、真面目に考えてる?どうやって鉄板を見つけてくるかも謎だし、第一にリスクが高すぎるよ。」

「でも、何も思いつかなかったら、最後の賭けくらいにはなりそうだな。」


 そう言って、俊哉は笑った。


「笑いごとじゃないんだけど。」

「ごめん、ごめん。悪かったって。それなら、普通に帰る時間をずらすのが一番じゃないか?七時くらいまで学校にいて、その間に犯人を捜すとかしてさ。」

「やっぱり、それしか無いのかな。」


 ただ、それだと僕が本来銃弾を受けるはずだった時間に、別の人が撃たれる可能性もある。そのことを俊哉に伝える。


「俺の予想だけど。犯人は舜しか狙っていない気がするけどな。夢では、周りにいくらでも生徒がいたんだろ?ただ、人を殺したいだけなら、連続で何発も銃弾を打てばいいのに、それをしなかったってことは、舜だけを狙っていたことにならないか?」

「確かに、そう考えるのが普通か。今日は最悪、学校に泊まることになるかもね。」


「もしそうなったら、飯くらいは出前してやるよ。」

「冗談のつもりだから、本気にしないでくれよ。」

「あ、そういえば少し話は変わるけど、昨日の夢は何だったんだろうな。少し調べたけど、昨日起こった落雷事故は一切無かったぽいし、舜の夢とは全く異なる展開になることもあるのか?」


「多分だけど、僕らの行動に大きく左右されるんだと思う。もし仮に、何も行動を起こしていなかったら、今頃誰かが雷に打たれて亡くなっていただろうけど、雷が落ちる時間に木の近くにいた人間がいなかったから、事故は起こらなかったんじゃないかな?」

「なるほどな。じゃあ、裏を返せば俺たちの行動によっては、夢では見ることができなかった死因で死ぬこともあり得るってことだよな。」

「そう、だろうね。」

「あれ、今日は俊哉早えな。」


 僕ら二人しかいなかった教室に、クラス委員の男がやってきた。


「じゃあ、舜。続きは放課後にな。」

「うん、そうだね。」


 他のクラスメイトも続々とやってくるので、僕らは相談を終えた。自分の机で突っ伏して寝ていると、名和先生に起こされた。


「亀崎くん、今からホームルームだから、起きてくれる?」

「あ、はい。」


 名和先生が夏休み中の諸注意などを話しているが、僕の頭は今日の夢のこと、そして赤池舜に言われたことでいっぱいだった。


「それじゃあ、終業式の前に大掃除だから、それぞれしっかりと掃除するように。」


 名和先生がそう言うと、クラスメイトたちがそれぞれの掃除場所へと移っていった。僕は教室の掃除担当だった。いつも通り、箒で掃いていると、ポケットの中のスマホが振動していることに気付いた。名和先生に隠れて、スマホを確認すると刑事の徳重さんからの電話だった。


「すみません、このごみ捨ててきますね。」


 そう言って、教室を抜けだし近くに人がいない場所まで移動した。


「はい、亀崎です。」

「出るのが遅いよと言いたいところだが、そんなこと言っている場合じゃないんだ。」

「永覚について何か分かったんですか?」

「今、永覚の家に来ているんだが、ここしばらく永覚彩花は家に帰ってきていないらしいんだ。」

「じゃあ、どこで暮らしているんですか?」


「そこまでは分からないが、永覚彩花の部屋でこの前捕まえた男が持っていたものと同じ薬物が見つかった。間違いなく永覚彩花は売人と関係がある。もしかしたら、そのものかも知れんが。」

「僕もそれは思っていました。それで僕は何をすればいいですか?」

「それでだ、危険だから亀崎くんは何もするな。永覚にむやみに関わらずに、俺たちが行くのを待っていてくれ。武器を持っているかもしれないから、下校時を狙って警察が取り押さえる。」

「分かりました。僕も何かあったら連絡します。」


 周りに被害が及ばないように永覚の下校時を狙うと言われても、今日の夢が永覚によるものなら、僕が帰るまで永覚も帰らない可能性が高い。


「舜って教室掃除じゃなかった?どうしてここにいるの?」


 後ろから声をかけられ、驚いて振り返ると明日香だった。


「明日香か、びっくりさせないでくれよ。」

「驚かせるつもりは無かったのだけれど、どうかしたの?」

「今日は、明日香は一人で真っ直ぐ家に帰ってくれないか。事情は明日以降にちゃんと話すから。」


 今日で全てを終わらせるつもりで、そう約束した。


「舜がそんなに真剣な顔するってことは、夢のことなんでしょう?分かったわ。じゃあ、待っているわ。」

「うん、待ってて。」


 明日香と教室に戻ると、掃除はもう終わっていた。クラスで並んで、終業式を行う体育館へと向かった。終業式なんて不必要だろうと思いながら、校長や教員の話を聞き流す。終業式が終わり、教室へと戻ろうとした時、俊哉に話しかけられた。


「舜、あれから何か思いついたか?」

「そのことなんだが、ヤバイ話になってきたんだ。」


 そう言って僕は、さっき徳重さんにされた話を伝えた。


「なるほどな。それは確かに、俺たちだけでどうにかするのは危険すぎるな。」

「取り敢えず、僕は教室に残ってしばらく待ってみるよ。校内で撃たれたってことは、永覚は僕が正門の近くを通るのが見える場所で待ち続けているはずだから。」

「俺はその間に、永覚を見つければいいって訳だな?」

「僕の話、ちゃんと聞いてた?危険だから、俊哉も帰っていてくれよ。」

「舜だけ、危険に晒すわけにはいかないよ。それに、永覚さんが俺のこと好きなら、そんな簡単に撃たないだろ。」

「楽観的に考えすぎだよ。」

「おっと、もう教室か。とにかく、俺よりも自分の心配してくれよ。」


 自分の席に着き、夏休み前最後のホームルームが始まる。とは言っても、話も短く、すぐに終わった。


「じゃあね、舜。」

「明日香、また明日な。俊哉、明日香を頼むな。」

「分かったよ。」


 俊哉に、駅まで明日香を送ってもらうことにして、僕は教室で時間を潰すことにした。

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