第19話

 いつも通り寝ていると、雷の音で起こされた。もうすぐ授業も終わりそうなので、そのまま起きて、赤池に言われたことを考えることにした。

 死ぬなと言われても、お前は死んでるじゃねえかと言いたいことはあるが、それよりも考えるべきは、全てが終わるということだ。終わるということは、既に始まっていることについて言っているはずだ。とは言え、答えが用意されているわけでもなく、結局は再び赤池に会わないことには、何も解決しないだろう。


「じゃあ、チャイムもなったし、これで終わりな。」


 そう言って、教師が去っていくと、俊哉が僕の机へとやってきた

「なんとかなりそうだぞ。」

「何の話だっけ?」

「落雷の話だって。名和先生に、落雷の危険性について色々話したら、帰りのホームルームで全クラス注意喚起するように、他の先生にも言ってくれるらしい。」

「よく、俊哉の話をちゃんと聞いてくれたね。」


「名和先生は優しいからな。それに、舜と富貴さんの名前を出したら、名和先生も賛同してくれたんだ。」


 以前、名和先生の祖母を助けるために、明日香には人の死が見えるという話をした。それが理由で、俊哉の言うことを信じたのかもしれない。


「これで、何も起こらなければいいんだけどね。」


 実際に帰りのホームルームで名和先生から、落雷に対する説明がされた。


「今日も部活あるの?」


 俊哉はサッカー部なので、この天候では外で練習は難しいだろう。


「今日はみんなで筋トレだとさ。今までのことを考えると、一番危険なのは舜なんだから、気を付けて帰れよ。」

「うん。俊哉も気を付けてな。」


 明日香を誘って一緒に帰ることにした。


「明日香は雷の音とか怖くないの?」

「そんなのに怖がるほど、私は可愛い女じゃないわ。」

「僕にとっては、明日香は十分可愛いよ。」

「舜ってそんなに恥ずかしいセリフを言うような人間だったかしら?」

「ちょっと、言ってみたくなっただけだよ。」


 人の死が見える赤池舜でさえ命を落とすのだ。僕もいつ死んでもおかしくない。せめて、伝えられることは全て伝えておこうと思った。


「ねぇ、舜。」

「どうしたの?」

「家、行ってもいいかしら?」


 その言葉は、僕をひどく動揺させた。


「えっと、あのそれって。」

「ほら、一週間乗り切ったら、デートするって約束したでしょう。こんな雨だし、どこか行くよりは、舜の家のほうが良いと思ったのよ。」

「そう、だね。じゃあ行こうか。」


 二人で僕の帰り道を歩く。僕はこれから先のことを妄想してしまい、何も喋れないでいた。


「次で降りるから。」

「うん。」


 会話も最小限になっていた。駅の近くのコンビニで、飲み物などを買った後、家に着き、玄関の扉を開ける。すると、僕はとあるものが目に入る。そう、それは靴だった。そして、


「あら、お帰り。ってまぁまぁまぁ、そういうことなら先に教えてよ。」


 そう、いつもは七時くらいに職場から帰ってくるはずの母がそこにいた。


「千春さん、お邪魔します。」


 明日香は少しの動揺も見せず。挨拶をする。


「もう、ただいまでもいいのに。ってそれはまだ気が早いか。」

「なんで、いる、の?」


 驚きのあまり、すこし片言になりながら聞いた。


「なんでって、今日は私、午後休みにしてもらったのよ。言ってなかったっけ?」

「言ってないよ!」

「それよりも、結構服濡れてるし、明日香ちゃんはシャワーでも浴びてきたら?制服乾くまで、私の服、着ていて大丈夫だから。」


 そう言って母は、明日香を風呂場へと連れていった。一人残された僕は、立ち尽くすことしかできなかった。僕がしていた緊張はなんだったのか。しばらくすると、母がリビングに戻ってきた。


「邪魔しちゃ悪いから、七時まで買い物行ってるね。」


 母はこれ以上ないくらいニヤニヤと笑いながら、車で出かけていった。しばらくして、明日香がリビングへと来た。


「出たから、舜も浴びてきてよ。」

「う、うん。」


 そこからのことは、ただただ必死であまり覚えていないが、雷が僕らの声をかき消していた。疲れ果てた僕らは横になり、話し始める。


「好きになった人がいなくならないことってこんなに幸せなことなのね。」


「何度だって言うけど、僕は明日香の前からいなくならないからね。」

「だけど赤池舜の言っていた、全部終わるって私たちの関係のことじゃないよね?」

「違うって僕は信じてる。」

「そっか。」


 僕も、全部終わると言われて最初に思い浮かんだのは明日香との関係だった。だけど、この関係は誰にだって壊させやしない。それが、僕の代わりに犠牲になった人たちへのせめてもの償いになると信じて。


「あ、そういえば白沢くんに伝え忘れていたことがあったわ。」

「俊哉に?」

「うん。舜は知らないだろうけど、緒川先生が轢かれた時に、すぐ近くにいた永覚彩花って女の子が同級生にいて。」

「それってもしかして。俊哉をストーカーしてる子?」


 明日香が言い終える前に僕は話し出した。


「そうだけど、ちょっと待って。既に永覚さんは白沢くんのことをストーキングしているの?」

「正確には、俊哉は付きまとわれているくらいしか言ってなかったけどね。」

「永覚さん、好きになった相手に対して行き過ぎた行動をする人らしいから、白沢くんに気を付けるよう伝えて欲しかったんだけど、遅かったみたいね。」

「行き過ぎた行動って例えば?」

「まぁ所謂ストーカー行為とか盗聴とかをしていたらしいわ。」


 そこまでする人だったとは知らなかった。


「そういえば、どうして明日香はそんなこと知っているの?」

「私、一年の頃永覚さんと同じクラスで話すこともあったけれど、その時に自分から言っていたわ。みんな冗談だと思っていたようだけれど。」


 まず、盗聴するための盗聴器を女子高生が、そんなに簡単に手に入れられるのだろうかという疑問もある。


「明日、ちゃんと俊哉に伝えておくよ。」

「早いうちに本人に問い詰めた方が良いかも知れないわね。」


 時計を見ると、もう六時半になっていたのでリビングに戻り、テレビでも見て母が帰ってくるのを待った。


「ただいまー。」


 母がエコバッグをパンパンに膨らませて帰ってきた。


「今日の晩御飯は、ハンバーグよ!明日香ちゃんも食べていくわよね。」

「はい、ご馳走になります。私も準備、手伝わせてください。」


 母と明日香が並んで台所に立っているのをリビングから眺める。この光景を守るために、僕が今すべきことは、あいつを捕まえることなのだろう。捕まえるという動詞から、逃げている人のことを指していると考えられる。僕に思い当たる節は一つしかなかった。


「あの売人を捕まえれば、本当に全部終わるんだろうな。」


 僕はそう、虚空に吐いた。


「舜、なんか言った?」


 リビングから明日香の声が聞こえてくる。


「何も言ってないよ。」

「じゃあ、食器棚からお皿持ってきてよ。」

「分かったよ。」


 そうして出来上がった夕食を三人で食べる。


「お父様は仕事なんですか?」

「そうよ。あの人、いつも忙しいらしくて、十時以降にしか帰ってこないのよ。」

「それは大変ですね。」

「もう、慣れっこよ。」


 食事を終え、まだ雨は止んでいなかったので、母が車で、明日香の家まで送っていくことになった。


「舜は留守番してなさい。明日香ちゃんと二人きりで話したいことがあるから。」

「そういう訳だから、また明日ね、舜。」

「うん。また明日な、明日香。」


 赤池舜の話では、僕は売人に会ったことがあるということだった。そんな危険人物、僕の知っている人にはいないと思っていたが、一人だけ心当たりがある。そう、さっき明日香が教えてくれた、永覚彩花だ。永覚彩花が売人だとしたら。盗聴器を持っているということにも納得は行く。だが、薬物や銃を女子高生が仕入れられるものなのだろうかという点が、引っかかる。何かしらの後ろ盾があるのは間違いないだろう。ずっと考えこんで疲れた僕は、倒れこむようにベッドに潜り込んだ。

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