第18話

 雷の音が鳴っている土砂降りの雨の中、傘をさして歩いている。制服からして、僕の高校の生徒であることは間違いないだろう。だが、誰かは分からない。傘はコンビニで売っているようなビニール傘で雨を完全には防げていなかった。通っている道も、高校を出てすぐの坂道で、誰なのかを判断する材料にならない。少しでも雨を防ぐために、街路樹の近くを歩いているようだ。

 そして、何が起こったか分からないまま、僕の視界は真っ白になった。いつもならここで目覚めるはずだが、目覚めることは無く、真っ白の空間に僕一人で立っているようだ。この空間は何だ?こんなことは今までの夢では無かったので僕は不安に駆られた。


「こっちだよ、こっち。」


 声のする方を振り返ると、そこにいたのは、


「赤池舜。」


「お、名前まで知っているとは驚いたよ。」

「これは、夢なのか?」


 僕の脳内が作り出した虚構にしか思えなかった。僕の質問に対し、笑っていた赤池は急に真面目な顔になった。


「夢であって、夢ではないって感じかな。まぁそんな些細なことは置いておいて、重要な事だけ伝えておくよ。」

「重要なこと?」


「死ぬな。そして、あいつを捕まえれば、全てが終わるはずだ。あいつにお前はもう既に会っている。」


そこで目が覚めた。あいつとは誰のことなんだ。捕まえろとは、どういうことだ。何も分からないまま、制服へと着替え始めた。


「今日の天気は、午後から大雨でしょう。傘を忘れずに持って行ってくださいね。」


 リビングで天気予報を横目で見る。


「おはよう、舜。学校っていつまであるの?」

「火曜日までだけど。」

「夏休み入ったら、明日香ちゃんとデートし放題ね。」


 母がニヤニヤしながら僕を見てくる。


「し放題と言われても、連絡すらほとんどしてないのに、毎日デートなんてするはずないよ。」

「分からないわよ。恋は盲目って言うしね。あーあ、私も学生くらい会社休みたいわね。」

「仕事頑張って、じゃあもう時間だから、行ってきます。」


 ちゃんと傘を忘れずに家を出た。ちょうどそのタイミングで、俊哉から連絡が来ていた。内容は、今日の夢について教えて欲しいということだった。ただ、僕自身今日の夢は気付いたら目が覚めていたので、何が原因で死んだのかが、よく分からなかったことを伝えた。


「おはよう、舜。」


 学校の前の坂道で後ろから俊哉に話しかけられたことで、仲直りできたことを改めて実感する。


「おはよう、俊哉。」

「それで、今日の夢で見たことを詳細に教えてくれないか。」


 僕は、この坂道を下っていたことから、下校のタイミングである可能性が高いことなどを伝えた。


「なるほどな、時間も誰かも分からないんじゃ助けるのは難しいのかもしれないってことか。」

「何の話をしているの?」


 そう言って、明日香が話しかけてきた。明日香にも今日の夢について話した。


「というか、喧嘩がもう終わったのね。」

「昨日、全部話したんだ。」

「それで俺が舜の夢に出てきた人を助けるってことになったんだ。」

「じゃあ、舜はずっと白沢くんと一緒に行動するんだ。」

「もしかして明日香、嫉妬してるの?」

「お前なあ。」


 俊哉が僕に呆れたように言う。


「いいわ。さっさと教室行きましょう。」


 しばらくして、ホームルームが始まる。特に連絡事項は無く、すぐに終わったが名和先生に、明日香が呼び出されていた。

 一時限目の授業が始まるギリギリのところで、明日香が戻ってくる。テストの返却の時は起きていた気がするが、あとの記憶は全くない。昼休みになり、明日香と俊哉と一緒に食べる。


「富貴さん何か悪い事でもしたの?」


 俊哉は今朝のことを指して言っているようだ。


「警察で聴取受けたのが事実か聞かれたわ。」

「え、警察沙汰になるようなことしたの?」


 俊哉は驚いていた。


「私が事件を起こした訳じゃないわ。印場のことを改めて聞かれただけよ。」

「そうだったのか。そんなに悪いことしたのかと思ったよ。」

「俊哉が一人で踊らされていただけじゃないか。」

「そんなことより、今日の舜の夢について考えようぜ。」


 ばつが悪くなった俊哉が話題を変える。


「それなら、まず死因を突き止めるべきね。あの坂道でどうやって死ぬのかを考えましょう。」

「木が倒れてきて、その下敷きになるとかは?」

「僕の夢は、死ぬ瞬間までを見るから、木が倒れてくるなら即死はしないだろうから、分かると思う。」

「つまり、即死する必要があるわけね。それなら、もう一つしかないんじゃない?」

 そう言って、明日香は外に目をやった。僕らも同じように外を見る。

「分かった!雨で足を滑らせるってことだな!」


 俊哉が自信に満ち溢れた表情で答える。


「全然違うわ。」


 明日香にバッサリと切られる。


「明日香が言いたいのは、落雷でしょ?」

「その通りよ。木に向かって落ちてきた雷の側撃雷によって、命を落としたと考えるのが妥当じゃないかしら。」

「側撃雷って?」

「側撃雷っていうのは、雷が落ちる木のそばに、人がいるとその間で放電が起きて、人にも電流が流れるという現象だよ。」


 俊哉の質問に、僕が答える。


「でも、雷が落ちてくるんじゃ、回避できるものなのか?」

「明確な対策は。木の近くから離れるくらいしかないわね。」

「じゃあ、みんなに木の近くを通らないようにしてもらえば、良いんじゃないか?」

俊哉は簡単そうに言うが、校門の前に立って、呼びかけでもするのだろうか。

「私たちが言って、他の生徒たちが言うことを聞くのかしら?」

「それなら、先生から言ってもらえば良いんじゃないか?」


 そう言って俊哉は、担任の名和先生に相談してくると言い残し。職員室へと向かった。


「気になっていたのだけれど、昨日はどうして舜だけ残されていたの?」

「明日香は、赤池舜って知ってる?」


 少しずつでも、明日香への隠し事は無くしていきたいと考え、僕はこのことを聞かれたら答えると決めていた。


「確か川に行った日に、川に流されて亡くなった人よね?その人がどうかしたの?」

「その赤池舜は、人の死が分かるってことを徳重さんに教えてもらったんだ。」

「それって、舜と同じように夢を見るってこと?」

「その時は、そこまでは教えてもらえなかったけど、今日の夢で赤池舜も夢を見ていたって、確信に変わった。」

「どういうこと?」

「今日の夢に赤池舜が出てきたんだ。」


 今日、赤池舜に言われたことを復唱した。


「あいつって誰のことか、舜は知っているの?」

「僕にも分からないよ。ヒントが僕の知っている人物ってだけじゃ範囲が広すぎる。」

「確かにね。それにしても、自分と全く同一の人物がいるなんて、信じられないわ。」

「僕も信じられないけど、多分赤池舜は、僕なんだと思う。」


 午後の授業が始まる時間も迫ってきたので、机を元に戻した。チャイムが鳴るギリギリに、俊哉が教室に戻ってくる。

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