第17話
「確か昨日、水難事故に遭われた方ですよね。その人がどうかしたんですか?」
「こういう非現実的なことは刑事という立場上、信じないようにしているんだが、あまりにもその赤池舜と君が似ているんだ。」
そう言って写真を見せられる。確かに目元や口などが似ていて、兄弟と言われれば信じる人もいるだろう。
「でも、世界には同じ顔の人が三人はいるって言いますよ。」
「似ているのはそれだけじゃないんだ。周りの人の話では落ち着いた性格で、物事を冷めた目で見るらしい。」
「別にそういう性格の人は僕以外にもいくらでもいますよ。」
「身長や家族構成、血液型、誕生日も全て一致している。」
「確率はゼロで無い以上、そういうこともあるでしょう。それにここから八百キロくらい離れた場所に住んでいた人間が、たまたま僕に似ていたから何なんですか?」
「ああ、同じ人間が二人いると思うなんて、自分でも馬鹿馬鹿しいと思うよ。ただ、この赤池くんのことで一つ気になっていることがあるんだ。」
「それは?」
「赤池くんは、周りに人の死を予見できると言っていたらしいんだ。」
これまで無表情を貫いていた僕も、これには顔色を変えざるを得なかった。もしかすると、赤池舜はパラレルワールドの僕なのか?いや、しかしパラレルワールドの自分がいるとしても、僕と同じ世界に、いるものなのだろうか?そもそも、パラレルワールドなんて存在するのか?いくつも僕の頭に疑問が湧いて出る。一人で考えこもうとするが、目の前の徳重さんによって現実に戻された。
「おい、話聞いてるか?」
「えっとすみません。何の話でしたっけ?」
「俺がもしかしたらと思ったのは、亀崎くんも人の死を予見できるんじゃないかということだ。」
いつもの癖で、口をつぐんだ。
「まぁ言いたくないならそれでいいが、何か気付いたことがあれば教えてくれ。救える命は救いたいんでな。」
徳重さんはそう言って、僕との会話を終了させた。警察署を出ると、もうお昼になっていたので、近くの喫茶店で昼食を取ることにした。昼食の間にもう一人の僕かも知れない人間について調べていた。自ら、死が分かると周りに喋っているということは、ネット上で誰かが話題にしていてもおかしくないだろう。すると、一つの記事が見つかった。記事は、人災を見抜く少年というタイトルで、仮名且つ顔も映ってはいないが、下半身と取材を受けた場所で、赤池舜が答えているのは間違いないだろう。肝心の内容は、夢で見た内容を死ぬ当人に伝えて、何人もの命を救ってきたと書かれていた。徳重さんの話では、水難事故に遭ったのも、子どもを助けるために川に飛び込んだという話だったので、彼は自分の命を投げうってでも他人を助けようとしたのだ。僕には、そんなことできない。本当に、赤池舜は僕なのだろうか?どれほど考えても誰かが答えを教えてくれる訳でもない。
俊哉との待ち合わせの時間が近づいてきたので喫茶店を出て、家の近くの橋の下に向かった。
「ごめん、待たせた。」
俊哉は先に着いていたようで、仁王立ちで待っていた。
「いいよ、そんなに待ってないし。」
全てを話した時、俊哉はどんな反応を見せるのだろう。緊張で押しつぶされそうになった僕は、一度深く息を吐いた。そして話し出す。
「まず、ずっと俊哉に黙っていたことから話すね。信じてもらえるかは分からないけど、信じてほしい。」
「うん。」
「僕は夢で、その日死ぬ人の最期を見るんだ。」
「死ぬ人の最期?」
「そう、そして最近は、自分が死ぬ夢ばかり見ていた。」
「自分が死ぬ夢って言っても、舜は今この瞬間も生きているだろ?」
「だから、僕は自分の死を、他人に押し付けているんだ。」
今までは偶然、夢で僕がいた場所に他の人がいるから事故に遭ったと思うようにしていた。そう思う事で自分は悪くないと言い聞かせるように。だけど、俊哉には事実を話したかった。親にも明日香にも言えないが、俊哉だけにはちゃんと伝えたかった。いや、伝えるべきだと思った。
「つまり、舜の代わりに死んでいる人間がいるってことか?」
俊哉の声も震えている。
「舜も知っている人だと、緒川先生と踏切の小学生が事故で亡くなった場所は、夢で僕が死ぬはずだった場所なんだ。」
「つまり、緒川先生が事故に遭った日に横断歩道の前でずっと待っていたのは、目の前で事故が起こるまで待っていたのか。」
「そうだよ。ただ、その時はまだ僕の代わりに誰かが死ぬなんて思っていなかったんだ。だけど、結果的に緒川先生は僕の代わりに事故に遭った。」
「その時はというと、今は違うのか?」
「うん。それからは、僕の代わりに別の人間が死ぬと分かっていた。金曜日の夕方、あの日も僕は、自分が死ぬ夢を見ていたんだ。俊哉があの子どもを助けて代わりに死ぬかもと思った僕は、俊哉の服を掴んで、子どもを見殺しにした。これが、僕が俊哉にずっと言えずにいたことだ。本当にごめん。」
もう僕から言えることは何もない。これを聞いて、俊哉がどう判断しても僕は受け入れるつもりだ。
「月曜日に帰る道を変えたのは、いつもの帰る道で事故が起こることを知っていたからだよな?」
「その通りだよ。あの日は、鉄骨が僕の頭に落下してくる夢だったんだ。」
「取り敢えず俺は、舜ほど頭が良いわけじゃないから、今言われたことを全て理解できたわけじゃないけど、誰かの代わりに別に人間が死ぬなんて間違ってると思う。そんな世界、俺は嫌だ。」
僕はどこかで、俊哉ならこんな僕を許してくれると思っていたが、それは甘い考えだったのだろう。
「俊哉、今までありがとう。」
そう言って僕はこの場を去ろうとした。
「まだ、話は終わってねえよ。舜は、勝手に理解してこっちを置いてきぼりにすることがあるよな。」
そう言って、僕を引き留めた。
「俊哉は、もう僕となんか話したくもないだろ?」
「俺はそんなこと言ってないけど。」
「自分の代わりに、他の人間を犠牲にしている僕は間違っているんだろう?俺は俊哉に止められたとしても、この生き方を変えるつもりはないよ。」
「舜はそのままで良いと思うよ。だって、舜は他の誰が死のうとも、富貴さんのために生き続けるんだろう?」
富貴さんについては触れてすらいないのに、俊哉はそう言い当てた。驚いた僕は二の句が継げないでいた。
「黙っているってことは当たりだろ?好きな人のために自分の信念を突き通せるんなら、それが人として正しいか正しくないかなんて、些細な問題だと俺は思うよ。だから、俺に協力させてくれないか?」
「協力って何を?」
「舜が夢で見た人物を助ける手伝いを俺にさせてくれ。もし舜が死ぬんなら、俺が、舜とその代わりに事故に遭うやつもまとめて助けてやるよ。」
俊哉は自信満々に言い切った。
「そんなに簡単な事じゃない。何より、俊哉が危険な目に遭うことになる。」
「勿論、俺が身代わりになって死ぬなんてへまはしないつもりだよ。だって俺が死んだら、舜が泣いて悲しむからな。」
「僕よりも美玖ちゃんの方がそうなると思うけどね。」
「美玖は大丈夫だろ。まぁそれはともかく、夢を見たらまず俺に教えてくれないか?舜の夢を見る力で、救える命があると思うんだ。」
今まで僕の夢は、人を殺すというネガティブな考え方しかしてこなかった。しかし、俊哉は違った。人を救うために、死ぬ夢を見るという考え方だ。そしてようやく気付いた。これこそが、赤池舜の思考だったのだ。
「僕に人が救うことができるのかな?」
「できるさ。一人じゃできなくても、二人でなら。」
そう言って、俊哉は右手を差し出した。
「今まで以上に、これからもよろしくな、舜!」
僕は差し出された手を握り返す。
「ありがとう。こんな僕とこれからも一緒にいてくれて。」
「当たり前だよ。舜とは生涯友達でいるつもりだからな。」
「雨降って地固まるとは、このことだね。」
「それ、どういう意味?」
変なところで締まらないなと思いながら、僕は笑った。
「一つ気になっていることがあるんだけど、午前中に連絡してきた時、どうして舜はそんなに焦ってたんだ? 」
僕は俊哉に自分の夢を話すことばかり考えていて、重要な事を忘れていた。
「俊哉に話したかったのは、今日の夢についてなんだ。」
「お、早速か。それで今日はどんな夢を見たのか教えてくれるか?」
「実は、今日見た夢は、俊哉が死ぬ夢だったんだ。」
「俺が?」
「うん、俊哉が美玖ちゃんを庇って、後ろからくる自転車に追突される夢だ。」
続けて、俊哉に詳細な場所や陽が沈む頃だということを伝えた。
「確かに、その道は俺が家に帰るときに通る道だ。舜の話だと、事故は、決まった時間と場所で起こるわけだから、まずは事故が起こる場所に行くか。」
「でも、その場所に向かえば、ほぼ必ず事故に巻き込まれるんじゃないか?」
「取り敢えず行ってみようぜ。ほら、行くぞ。」
不安ながらも俊哉に付いていき、事故が起こる場所へとたどり着いた。その場所はちょうど曲がり角の少し手前だった。
「恐らく、急いでいてスピードを出しすぎた自転車が、そのままのスピードで曲がろうとした先に、俺たちがいたんだろうな。」
僕の見た夢では、いきなり後ろから自転車が現れたので、恐らく俊哉の予想は合っているだろう。
「それで、どうやって事故を回避するのかは考えているの?」
僕は俊哉に聞いてみた。
「いや、それが何にも思いつかないんだよね。舜、良い方法無い?」
「何か考えがあるのかと期待したのに。」
「ごめんって。例えば、事故が起こる時間だけ、この路地に人が一人もいない状況を作れば、事故は防げるのかな?」
「防げるかもしれないけど、印場の時みたいに事故を起こす本人が亡くなる可能性もあるんだよね。」
夢では、印場に殺されたが、実際は印場自身が死んだときのことを説明した。
「印場莉愛を捕まえたのって舜だったの?」
俊哉はそちらに大きく驚いていた。これも俊哉には話していなかった。
「そうだよ。その話はまた今度詳しくするよ。」
「そもそもの原因は、自転車がスピードを出しすぎるってことだから、それをどうにかすれば、事故は起こらないんじゃないか?」
確かに、自転車がスピードを出せない状況を作りだせば、未然に防ぐことができるだろう。
「あ!」
僕は一つの解決策を思いついた。問題は当人が了承してくれるかどうかだ。すぐにスマホで連絡を取った。しばらく待っているとその人が来てくれた。そして、事故が起こるはずの時間がやってくる。
「そこの君、ちょっといいかな?」
前方からかなりのスピードで漕いでいる自転車に声がかかる。自転車の防犯登録の確認をしているようだった。それが終わると、自転車は角を曲がって、また走り出していった。
「これで良かったのか?」
僕が連絡したのは、刑事の徳重さんだ。事故が起こりそうだから、来てほしいと言うと、すぐに駆け付けてきてくれた。
「徳重さんって暇なんですか?」
「君の百倍は忙しいんだがら、おふざけでは呼ばないでくれよ。」
そう言って、徳重さんが戻っていった。
「あの警察の人も、舜の夢のことを知ってるのか?」
二人で帰りながら、話し出す。
「僕からは喋っていないんだけど、徳重さんには気付かれていると思う。」
「へぇ、気付くなんてすごいな。富貴さんは、舜の夢のことは知っているんだろう?」
「うん、知ってるよ。ただ最近、僕自身が死ぬ夢を見ていることは伝えられていないんだ。」
「それも、いつかは伝えられるといいな。」
「そうだね。じゃあ、僕はこっちだから。」
俊哉と別れ、家へと帰った。
「おかえり、舜。悩みは解決したようね。」
母は僕の顔を見るや、そう言った。
「ただいま。」
今日はよく眠れそうだ。そして僕は、明日香と約束していた一週間を乗り切った。だが、これで終わりではなく、もう少し続くようだった。
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