第16話
七日目
「でも、お兄はそれでいいの?」
薄暗い夕暮れに、歩道が無く狭い道を美玖ちゃんと会話しているようだ。美玖ちゃんがお兄と呼ぶのは、この世界に一人しかいない。
「いいさ。俺がどう思ってるかを伝えたところで、何も変わらないばかりか、迷惑をかけちまうからな。」
何の話だろうか、いやそれよりも、この夢はまさか。
「でも、それじゃあお兄がかわいそうだよ。お兄の幸せは私の幸せだから、私はお兄には幸せになってほしいよ。」
「そうは言っても難しいよ。」
すると、後ろからすごいスピードで迫ってくる無灯火の自転車がいた。自転車が美玖ちゃんにぶつかるギリギリのところで、美玖ちゃんの前に立ち、庇った。自転車にぶつかった体は、そのまま地面に頭を打ち付けられる。
「お兄!しっかりして、お兄!」
美玖ちゃんの悲痛な叫び声がどんどん聞こえなくなっていき、完全に聞こえなくなった時、僕は目覚めた。
僕の夢が、自分に関係する人物の死ぬ瞬間を見ると気付いたとき、いつかはこの日が来るのかも知れないと思っていた。今日死ぬのは僕の唯一の友人、俊哉だ。俊哉が死ぬ夢を見るくらいなら、自分の死ぬ夢を見た方がましだ。このままだと、月曜日は墓前にこれまでのすべてを告白することになってしまう。僕は起きてすぐに、俊哉に連絡を入れる。今日会えないかという簡素な一文を送った。
「それで、雫ちゃんはいつまでうちにいるの?」
「ちゃんと今日帰るよ。なんか舜兄さんは私に早く帰ってほしそうだね。」
「そんなことないけど、気になっただけ。」
「ねぇお兄、今日帰ったら、またしばらく会えないだろうから、思い出に買い物行きたいなー。」
「ごめん、今日は予定があるから、一緒に行けないや。」
雫ちゃんの意見を切り捨て、一人で外出する。俊哉が死ぬと分かっていて、家の中で待っていることなんてできなかった。
俊哉が事故に遭うのは、もう陽も暮れるころだった。まだかなりの時間はあるとはいえ、美玖ちゃんと出かける前に伝えられた方が良いだろう。だが、俊哉からの返信は返ってきていない。
目についたコーヒーショップに入る。コーヒーを飲んだところで気持ちが落ち着くとは思えなかったが、それ以上に自分を落ち着かせられる可能性があることはなんでもしていたかった。それくらい僕にとって、俊哉が死ぬということは冷静でいられなくなることだった。
席に座り、穴が空くほど自分のスマホを見つめる。着信音が鳴り、急いで店を出て、スマホを手に取った。
「もしもし、今どこにいる?」
「どこって、家にいるけど舜、何かあったの?」
電話に出たのは俊哉では無く、明日香だった。
「あれ、明日香?どうしたの?」
「ちょっと伝えたいことがあったのだけれど、私よりも舜の方が緊急そうね。当然、どうしてそこまで焦っているか教えてくれるわよね。」
有無を言わせぬ迫力があった。
「実は今日、俊哉を死ぬ夢を見たんだ。それで、一刻も早く俊哉に会って、全部話そうとしてるところだよ。」
「それで、私と白沢くんと間違えて電話に出たという訳ね。」
「その通りだよ。朝一で連絡したけど、まだ連絡が返ってきていないんだ。明日香からも俊哉に連絡してくれないか?」
「それは良いけど、白沢くんは舜からの連絡を無視するような人間じゃないと思うわ。何か事情があるのかもね。」
「ちょうど今、俊哉から連絡来たから、切るね。」
「こっちの話が終わってないのだけど。」
僕は通話を強引に終了する。待ちに待った俊哉からの返信は、今日は妹の相手をするから、月曜日にして欲しいとのことだった。今日じゃなければ駄目だということを伝えて、向こうの返信を待つことにした。すると、俊哉から電話がかかってきた。
「おはよう、俊哉。」
「ああ、それで美玖とは前々から約束していて、それを破る訳にはいかないから、午後でもいいか?」
「分かった、時間は三時でいいか?」
「じゃあ、三時に俺たちが初めて会った場所に行くよ。」
この時期の日が暮れる時間ということは、夢で見たのはおおよそ七時くらいだろう。三時に伝えることができれば、十分間に合うはずだ。約束の時間まではまだ時間はあるが、どうやって時間をつぶすか考えていると、再びスマホが鳴り始めた。画面を見ると、警察の人からだった。
「はい、亀崎ですけど。」
「おお亀崎くん、徳重だけど突然で申し訳ないのだけど、今日って話聞くことできるかな?」
バスジャックの時や印場に襲われた際に聴取を受けた刑事である徳重さんからの連絡だった。
「午前中なら大丈夫ですけど、もう印場莉愛は亡くなっているから、この事件は終わりじゃないんですか?」
「警察は被疑者が死亡しても、ちゃんと事件については調べないといけないからね。こちらが調べたことについてもう少し聞きたい。一緒にいた富貴さんが、今日なら大丈夫って言っていたのだが、亀崎くんも署のほうに来てくれないかな?」
さっきの明日香の連絡はこのことだったのだろう。僕は警察署へと向かった。
「なんで。聴取のこと教えてくれなかったんだ?」
署で先に待っていた明日香に尋ねた。
「舜が私の話を聞かなかったのが悪いわ。」
「揃ったようだな。じゃ、早速聞いていくか。」
僕らの当日の行動と犯人の行動を照らし合わせていく。新しいことを聞くというよりは、確認という側面が強かった。
「つまり君たちは、印場が誰かと接触したのは見なかったのだな?」
「えっと、その誰かって誰のことを指しているんですか?」
「今日呼んだのは、どちらかというとそちらについて聞こうと思っていたんだ。あまり公にはできないのだが、どうやらこの町で危ないものを色々売っているやつがいる。具体的には、違法薬物や銃などだ。何か知らないか?」
「全く知りませんよ。というか僕らが知ってるはず無いじゃないですか。」
「私も、何も知らないわ。」
「それがだな、これは本当に他言無用な事だが、君たちが以前遭遇したバスジャック犯いるだろ?そいつも、その売人から銃を買ったらしいんだが、その銃の取引を、君たちの通っている学校のすぐ近くで行ったらしいんだ。ただ、その売人は目だし帽にフードを被っていて、顔などは分からなかったが、背丈が低く子どもかと思ったらしい。」
僕らの学校の生徒にその売人がいると予想しているのかもしれない。
「それは、二つともの事件に関わっている僕らを疑っているということですか?」
「流石に高校生が銃なんかを売りさばいているとは思えなかったんだが、一応警察も、君たちのことを疑っていて、しばらくの間尾行していた。もちろん不審な行動は見られなかったし、何より昨日違法薬物の所持で捕まえた男が、金曜にその売人にクスリを売って貰ったという証言から、君たちへの疑惑は晴れたんだ。」
まさか自分が、警察から張り込みの対象になっているとは思わなかった。
「僕らより学校の近くに張り込んだ方が良かったんじゃないですか?」
徳重さんに毒づいた。
「そう思って昨日から張り込んではいるんだけどな。学校でそういう噂は聞いたことないか?」
「全く無いですね。」
明日香も同じ回答だった。
「印場莉愛は二十二歳だし、昨日捕まえた男も二十歳で、若いやつばかりとその売人は取り引きしているんだ。そうなると、その売人もそいつらと同年代という可能性も否定できない。とにかく、何か気付いたことや、売人についての情報が入ったら、どんな些細な事でもいいから連絡してくれ。あと、悪いけど白沢くんは少し残ってくれるか?」
明日香を帰らせ、一人残された。
「それで、僕だけ残された理由をお聞かせ願えますか?」
「赤池舜って知っているか?」
刑事から思いもよらぬ人物の名前が出てきた。
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