第15話
ようやく、僕らは目的の川へと着いた。テーブルを組み立て、バーベキューの準備にとりかかる。母と雫ちゃんが食べ物を用意するとのことだったので、僕と明日香で火を起こすことにした。
「そういえば、これはデートじゃないのか?」
「デートじゃないわ。千春さんと親睦を深めに来たのであって、舜はおまけよ。」
「でも、待ってるって言ったのに、自分から会いに来てるじゃん。」
「だって、舜も絶対死ぬと思っていたわ。でも、舜は違った。舜のまた明日は、本当にまた明日会えた。」
最近の夢について、明日香には何も伝えていない。このことはずっと僕の心の中に留めておこうと思っていた。
「死なないって約束したからね。」
「舜と同じことを言う人は今までにもいたから、全然信用していなかったわ。」
「じゃあこれから先、僕の言う事は全部信じてくれるんだよね?」
「内容に寄るわ。あと、今日の舜はどこか落ち込んでいるみたいだけど、何かあったの?」
「何もないよ。ほら、もっとうちわで扇いで。」
木炭が弾ける音が流れる。
「そんなすぐに、信じられないこと言うとは思わなかったわ。舜は、女の子に嘘をつかないんじゃなかったの?」
「男同士の問題は女の子には言えないかな。」
「その言い方ってことは、白沢くんと何かあったのね。それで、喧嘩の原因は何なの?」
諦めずに明日香は聞いてくる。それに僕も折れ、昨日の出来事を話し始めた。
「それは、白沢くんが怒るのもしょうがないかもね。ところで、舜は夢でその子どもが死ぬ夢を見たの?」
「いや、僕が見たのは、子どもを助けようとして俊哉が身代わりになる夢だよ。僕は俊哉を助けたい一心で、無意識に体が動いていたんだ。」
僕が自分の死ぬ夢を見ていることは明日香には言えずに、また嘘を付いた。
「もう、白沢くんに全て話すしかないでしょうね。」
「でも、これは僕と明日香の問題じゃないか?」
「そう言ってられないほど、既に白沢くんを巻き込んでいるじゃない。白沢くんは、あなたの一番の友人じゃなかったの?その関係をこんなに簡単に途切れさせてもいいの?」
「良くないよ!それは僕も分かってる。分かってるんだよ。」
「じゃあ、なんで話さないの!話すのが筋ってもんでしょ?」
「あの、大丈夫ですか?」
雫ちゃんが言い争っている僕らの前にやってきた。
「ごめんね、雫ちゃん。見苦しいものを見せてしまって。」
「ほんとよ、夫婦喧嘩は犬も食わないんだから、もうやめなさい。」
母さんもこちらに来ていた。四人で肉や野菜を焼き、食べる。満腹になると、雫ちゃんが川に入りたいと言い出した。
「川は本当に危険だから、やめた方がいいよ。」
今朝の夢のこともある。とてもじゃないが賛成は出来なかった。
「えー。せっかく川に来たのに入らないなんてつまんない!」
「そうね。雫ちゃんの気持ちも分かるから、舜がちゃんと見ていてあげて。」
「いや、水流に足を取られたら、もう助けようがないんだって。」
「舜は怖がりすぎよ。さ、雫ちゃん。私と一緒に川で遊ぼっか。」
僕の反対もむなしく、二人は川に入っていった。この流れはまずい。
「じゃあ、せめてくるぶしが浸かるくらいの所までね。」
雫ちゃんにそう言い聞かせる、これならば、溺れる可能性は低いだろう。
「水着じゃないんだから、そんなに深くまで入らないよ。」
雫ちゃんが川で何かを探しているようだった。その姿を僕と明日香は並んで見ている。そして、会話は先ほどの内容に戻った。
「それで白沢くんには伝えるの?」
「うん、だって言わないと明日香は怒るでしょ?」
「怒るわね。」
「それなら、伝えるしかないよね。可愛い可愛い彼女を怒らせるのは、彼氏としてはあってはならないことだろうから。ちゃんと月曜日に全部話すよ。」
僕はおどけるようにそう言った。
「それならいいわ。あと、もう一つ気になっていることがあるんだけど。」
「何?」
「私の考えすぎならそれでいいんだけど、もしかして今日はこの川で誰かが死ぬの?」
僕は言葉に詰まる。
「何も言わないってことは、そうなのよね。舜は都合が悪い事があると、すぐ黙ってしまうもの。」
明日香にはお見通しのようだ。観念して話すことにした。
「確かに今日見たのは、川でおぼれて死ぬ夢だよ。だから、今日川に行くって言われて気が気じゃなかった。この中の誰かが死ぬなんて考えたくもない。」
夢で死んだのは男だったが、それは言わないでおいた。
「舜がそんなことを必死に思っている中、私は能天気に過ごしていたのね。」
明日香は少し落ち込んでいるようだった。
「明日香が気にすることじゃないよ。それに毎朝見る夢のおかげで、僕は明日香のことをもっと知ることができたし、明日香の隣に居続けられるんだから。」
僕の素直な思いを言葉にする。そして、僕らは見つめあう。明日香の漆黒の瞳に、僕は吸い寄せられる。
「駄目よ。月曜日まではおあずけだから。」
明日香はそう言って、僕の体を手で押し返した。
「あー!舜兄さん今、明日香さんにキスしようとしたでしょ!」
雫ちゃんは川に入っていて少し遠かったのだが、見られていたようだ。
「そんなことないよ。ただ見てただけだって。」
「ほんとかなー?ってわぁあ!」
雫ちゃんは何かに驚いて、体勢を崩してしまったようだ。僕はすぐに雫ちゃんのもとに行こうとするが、今朝の夢が思い起こされる。ここで川に入ると、雫ちゃんの代わりに僕が死ぬのだろうか。そう考えると、足が上手く動かない。雫ちゃんは昔から懐いてくれていて、妹みたいな存在だ。見殺しになんてできない。それなら、どうして僕は昨日、踏切で少年を見殺しにしたのか。理由を付けるとするなら、雫ちゃんはよく知っていて、昨日の少年とは初対面だ。命に順序を付けているのだと気付き、僕はまた落ち込んだ。
「雫ちゃん!」
動かない僕をよそに明日香が雫ちゃんのもとに向かった。まだ、川の浅い場所だったようで、雫ちゃんは無事だった。
「もう、中まで、びちゃびちゃだよー。」
「とにかく、怪我が無くて良かったわ。」
「舜兄さんより、明日香さんが先に助けてくれるなんて思わなかったよ。ありがとう、明日香さん。」
「気にしないでいいわ。ほら、大丈夫だったでしょ。」
僕の夢のことを言っているのだろう。服が濡れてしまった雫ちゃんが帰りたいと言い出したので、片づけをして撤収した。
「舜の夢が外れることもあるのね。」
帰りの車は僕と明日香が、後部座席に座ったので、明日香に小さな声で話しかけられる。
「夢の通りにならなかったことは今まで一度も無かったから、もしかしたら何かが変わったのかもしれない。それが何かは全く分からないけど。」
「このまま、夢も見なくなればいいのにね。」
もう、夢に惑わされることも無くなるのかもしれない。そう思ったのは甘い考えだったのかもしれない。
「ラジオでも聞こうかしら。」
母親はそう言って流していた音楽を止め、ラジオをかけ始めた。ラジオではちょうど今日のニュースを読み上げている。
「本日午前一時頃、◯市の川で、十七歳の赤池舜さんが川に流され、死亡が確認されました。赤池さんは友人と川遊びをしていたようです。」
名字こそ違うが、年齢と名前が同一の人間が死んだというニュースが流れてきた。
「やっぱり川は危険ね。私たちは何もなくて良かったわ。」
母はそんなことを言っていた。恐らくだが、今日の夢はこの人の死ぬ瞬間だったのだろう。
「どうして、舜はそんなに震えているの?」
僕は無意識に体を震わせていた。明日香に聞かれ、小声で話し出す。
「分からない。ただ、パラレルワールドというものが、もしあるのなら今日死んだのは、パラレルワールドの僕なのかもしれないと思った。」
「それはフィクションの話じゃないの?」
「僕もそう思いたいよ。だけど、とてもじゃないが、無関係とは思えないんだ。」
「考えすぎはよくないわ。全てが舜に関係している訳じゃないもの。」
だが、今までの夢で見たものは全て、何かしらの形で、僕と関係していた。今日の男とはどういう関係があるのだろうか。慰安の僕にはまだ分からなかった。
「ここで、大丈夫です。」
明日香はそう言って、車を降りた。そしてどうやら、雫ちゃんはうちに泊まっていくらしい。
「一緒にお風呂入ります?」
「冗談でもそんなこと言わないでくれ。明日香に怒られちゃうからね。」
雫ちゃんにからかわれる。
「そういえば聞きそびれてたんだけど、明日香さんとはどうやって付き合ったの?」
「普通に告白しただけだよ。」
その後も雫ちゃんに寝るまで質問攻めにされた。雫ちゃんから解放され、自分の部屋へと戻る。今日も自分が死ぬと思って行動してきたからか、体に疲労が溜まっていた。外へ出かけなければ、家にミサイルでも降ってこない限り、身の安全は保障されるだろう。明日はゆっくり過ごしたいと、この時は思っていた。
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