第13話
恐らく、この帰り道の踏切で電車に轢かれるのだろうが、僕が走り出さなければ死ぬことは無いはずなので、死を回避するのは簡単だろう。俊哉と話しながら帰ることにする。
「それで、最近富貴さんとはどうなの?昨日は一緒に帰ってたみたいだけど。」
「どうもこうも無いよ。来週までは進展はないつもりだし。」
「そうなんだ。夏休みになったら、なんかあんの?」
「夏休みだからってよりは、来週の月曜日になったら、正式に明日香と付き合うって約束したんだよね。」
「あんなに仲良さそうだったのに、今までは付き合ってなかったとかマジか。」
僕や明日香のことについて、俊哉に話していないことが多すぎる。ただ、いつかは俊哉にも全てを話す時が来るのだろう。それが、明日のことなのか、それとも来年のことなのかはまだ、僕には想像できなかった。
「ああ見えて、恋情は僕からの一方通行だったんだけど、最近やっと両想いになれた気がするんだ。」
「ちくしょー。初めて会った頃は人類全てに興味が無いみたいな雰囲気を出してた舜が、俺にこんな青春を見せつけてくれるとはね。」
からかっている俊哉の顔を楽しそうだった。
「僕だけからかわれるのは納得いかないから、早く俊哉も彼女作ってよ。」
「その話で言えば、緒川先生が助けた女の子いるじゃん?」
「ああ、確か僕らと同級生だよね?」
「そうそう。その子にあの事件の後、付きまとわれてるんだよね。」
「付きまとわれているって、どういうこと?」
「俺が部活終わるのを待ってて一緒に帰ろうとしてきたりとか、家にいるときにずっと連絡してきたりとかだよ。」
「もうその子と付き合えばいいんじゃないかな?」
「でも俺には、美玖と俊哉がいるからなあ。」
「美玖ちゃんはともかく、僕を含めないでくれ。」
とうとう、踏切の近くまでやってきた。絶対に僕は、踏切に入ってくる子どもを助けない。誰に薄情と思われようが、僕は生きる。そう覚悟してここに来たつもりだ。帰る道を変えなかったのは、せめて僕の代わりに死ぬ人から目を背けることのないようにするためだ。
踏切まで来ると、踏切を挟んだ向こう側に男の子が現れた。男の子はゲームに夢中で、電車が近づいているのに気づかない。
「おい、こっち来るな!」
だが、子どもは俊哉の声すら耳に届かない。そこで、俊哉は男の子を助けようと、踏切の中へと入っていこうとする。このままだと、俊哉が僕の代わりに死ぬ。そう思った僕は無意識に俊哉の服を掴んだ。
一瞬の出来事だった。服を掴まれ、俊哉の動きは止まり、電車の急ブレーキの音が、けたたましく鳴り響く。僕らに目を覆いたくなるような光景が飛び込んでくる。力いっぱい握った手を放すと、俊哉がこちらを向いた。目を真っ赤にして、体は震えていた。
「どうしてだ!どうして俺を止めた!」
こんなに怒っている俊哉を見るのは初めてだった。僕は何を言えばいいのか分からず、口をつぐんだ。
「舜!なんとか言え!」
突然のことだった。アスファルトに体が打ち付けられた時、僕は俊哉に殴られたことを理解した。そのまま俊哉は僕を見つめ続ける。
「あの子の痛みはこんなもんじゃない!助けられた命だ。お前があの子を殺したんだ!」
「ごめん。」
僕はそれ以上何も言えなかった。
「さっきのゲーセンで、将来俺は人を救う仕事がしたいって言ったよな。それを舜も応援してくれるって。あれは嘘だったのかよ!おい、俺はあと何度自分を責めれば人を助けられるんだ!なぁ教えてくれよ、舜!」
「ごめん。」
「謝るだけじゃ何も変わらないし、変えられないんだよ!」
俊哉の目に大粒の涙がこぼれだす。しばらくして、警察が来て聴取を受ける。
「また君かね。それに、その頬はどうした?」
俊哉に殴られた場所が赤く腫れている。
「何でもないです。」
「そうか、それにしても君の周りで事件が起こりすぎじゃないか?お祓いにでもいった方が良いぞ。」
事件性は無く、そこまで聞かれることもなく聴取は終わった。その間、俊哉との会話は一つも無かった。
「舜がそんな奴だと思わなかった。もう俺に話しかけて来ないでくれ。」
友達を救った気になった僕は、この日友達を失った。
「あら、今日は遅かったわね。それで、そのほっぺはどうしたの?浮気でもして明日香ちゃんにビンタでもされた?」
家に帰ってきて、リビングに行くと僕の顔を見た母が聞いてきた。
「喧嘩しただけ。明日香は関係ない。」
「喧嘩しただけか。舜は、あの時もそんなこと言っていたわよね。もしいじめならお母さんに教えてね。私も加勢するから。」
「いじめじゃない。」
そう吐き捨てて、自分の部屋に戻った。今まで、俊哉と喧嘩なんかしたことが無かった。どう謝ればいいのかも分からないし、謝って許されることなのかも分からない。何も分からない僕は、ふと俊哉と初めて会った日のことを思い出していた。
「お母さん、仕事で見に行けないけど頑張ってね。いってらっしゃい。」
僕が俊哉と初めて会ったのは高校の入学式の日だった。毎日見せられる夢のせいで、人の死を見続けてきた僕は、人生を諦観していた。そして、誰かと関わることも避けてきた。小学校、中学校とずっと一人で過ごしてきた僕は、高校でも同じように一人で過ごすものだと思っていた。クラス分けが発表され、入学式が始まる。校長の長い話を聞き、各々のクラスへと戻る。担任が高校とはどんなところか話しているが、僕の耳には何も入ってこなかった。その間僕は、今日見た夢のことを考えていた。
この日の夢は、橋の下で六人の男が、一人のイケメンを囲んで戦い始めるが、イケメンに返り討ちにされるというものだ。そしてイケメンに突き飛ばされた男が、地面に後頭部を強打し、しばらく手足の痺れが続いた後、死に至ったようで、そこで目が覚めた。
僕が考えていたのは、この一連の出来事は僕の知っている場所で起こったので、本来関与するはずが無かった僕が関わった場合、どうなるかが分かるかもしれないということだ。僕の予想では、夢とは違う未来になると考えているが、歴史の強制力という言葉もあるので分からない。僕は、夢で見た夕方になるのを今か今かと待っていた。
陽も沈みかける頃、橋の下の近くで隠れていると、夢に出てきたイケメンが女の子と一緒にやってきた。
「あの先輩、こんなところまで連れてきて何があるんですか?」
女の方はイケメンの先輩らしい。
「うん、私も乗り気じゃなかったんだけどね。」
女がそう言うとわらわらと男たちが出てきて、イケメンを取り囲んだ。
「えっと、先輩の知り合いの人たちですかね?」
「おい、白沢。俺の芽依に手出してんじゃねえぞ!」
怖そうな見た目の男がイケメンに威圧する。どうやら、イケメンは女に嵌められたようだ。
「そういうことですか。それで、何が望みなんですか?」
「物分かりがいいじゃなねえか。取り敢えず、持ってる金は置いてけよ。」
「なんか、子分いっぱい連れてるのが、雑魚っぽいですね。」
イケメンが男たちを煽る。
「すぐに金出せば、殴るだけで許してやろうと思ったが、もう許さねえ。体中の骨ボキボキにしてやるよ。」
六人でイケメンに襲い掛かるが、夢で見た通り、イケメンは強かった。ただ、夢ではイケメンは事故とは言え、襲い掛かったうちの一人を殺してしまった。夢では死ぬはずだった人間が死なないようにすることはできるのか僕は試すことにした。
「ちょっと、あんたたち!やられてるんじゃないわよ!」
「おい、あれ出せ。」
そう言うと男の一人が懐からナイフを取り出した。それを見たイケメンが男たちとの距離をじりじりと離した。逃げようとしているのかもしれない。僕はナイフを持っている男の後ろに気付かれないように近づき、蹴り飛ばした。
「なっ!」
ナイフが地面に転がる。全員の視線がこちらに向く。
「六対一は卑怯だと思いますよ。」
「何だお前?正義の味方のつもりか?」
結論から言うと、僕は六人にボコボコにされた。殴り合いなんて生まれて一度もしたことなく、頬も真っ赤に腫れていた。結局、イケメンが六人全員を倒してくれた。
「確か、同じクラスだよな。どうして俺を助けようとしたんだ?」
「え、そうなんだ。知らなかったよ。」
「知らない人なのに助けようとするなんてお人好しだな。」
「そんなんじゃないよ。」
「俺は白沢俊哉、俊哉でいいよ。お前は?」
「僕は、亀崎舜。」
「喧嘩なんてしたこと無さそうなのに、助けてくれてありがとな、舜。」
「助けられたのは僕の方だけどね。」
次に日から俊哉と話すようになり、今に至るという訳だ。思い返していると、俊哉と仲良くなったきっかけも夢だった。ただ、このまま僕との関係が無くなれば、俊哉が危険な目に会う事はないのかもしれない。これ以上、僕の不幸に巻き込むのは、もうやめたほうがいいとさえ思えてくる。落ち込んだ雰囲気のまま、僕は眠りについた。
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