第12話
五日目
「でも俺には、美玖と俊哉がいるからなあ。」
舜と帰り道を歩いているようだった。いつもとは道が違うので、どこかに寄り道したのだろう。
「美玖ちゃんはともかく、僕を含めないでくれ。」
会話の内容から、間違いなく僕が死ぬ夢なのだろう。
ふと、すぐ前方の踏切に眼をやる。あの踏切は、僕の住む町で唯一の警報機と遮断機が存在しない踏切だ。
「あれ、もしかして!」
小学生くらいの男の子が向こう側から、歩いて渡ろうとしている。だが、電車も踏切に近づいてきている。
「まずい!」
僕の体が、咄嗟に動き始めていた。そして、少年の体を突き飛ばす。そこまでは良かったのだが、もう僕と電車は零距離に達しようとしていた。
「舜!」
俊哉の割れんばかりの叫び声が空を切る。
そして、僕は目覚めた。もう、僕が死ぬ夢を見ることは何も思わなくなってきた。今日も、どうやって回避することを考えることから、僕の朝は始まる。
「テストっていつまでなの?」
「もう終わったから、今日からまた弁当作ってよ。」
「そういうことは昨日のうちに言いなさい。今日は五百円あげるから、これで何とかしなさい。」
母親と他愛もない会話をした後、学校に向かう。
「お、今日も眠そうな顔してるな。」
「おはよう、俊哉。今日って部活無いの?」
テストが終わった今、俊哉は部活があるはずなのだが、今日の夢では、帰宅部である僕と一緒に帰っていた。
「ああ。確かに無いけど、なんで舜がそんなこと知ってるんだ?」
「あ、いや。もし部活無いんだったら、帰りどこか寄らないかと思って誘うつもりだっただけだよ。」
「それならちょうどよかったな。テストも終わったし、今日はがっつり遊ぶか!」
「テストと言えば、赤点は取ってないよな?」
「それは俺の運次第だな。」
「運だけで赤点回避できるなら、もう僕が勉強教える必要はないね。」
「嘘嘘嘘!冗談だって、舜のおかげで今まで赤点回避できているんだから、これからもお願いしますよ。」
両手を擦りながら、そう言ってくる。
「でも今回、赤点取ったらもう教えてあげないから。」
「そんなこと言わないでよ、親友じゃないか。」
「獅子は我が子を千尋の谷に落とすって言うし、助けない方が勉強になるんじゃないか?」
「獅子?初めて聞いたけど、何それ?」
「ことわざよ。かわいい子には旅をさせよと大体同じ意味だわ。」
後ろから明日香に話しかけられた。
「ごめん、そっちも分かんないや。」
この学校は県下でも偏差値の高い高校のはずだが、俊哉はどうやって受かったのだろうか?
「本当に谷に落としたほうがいいかもね。」
「そんな、富貴さんまでそんなこと言うの?」
恋人と友人と過ごすこの日常を死神なんかに壊させやしない。
「ほら、教室行くよ。」
朝のホームルームが始まる頃に教室に入ってきた担任の名和先生は、いつもと違う様子だった。
「まず、皆さんに伝えなければならないことがあります。先週の事故で入院されていた、緒川先生が亡くなられました。私自身、緒川先生には、大変お世話になっていて。」
名和先生は涙で次の言葉が出てこないようだった。名和先生が鼻をすする音だけが、僕らの教室にこだまする。クラスメイトもどう声をかけていいかが分からず、沈黙が続いていた。
「学校全体での、緒川先生のお別れ会を計画しているので、その時に最後のお別れをしましょう。皆さんも忘れないでください、人は生きていて、死んだらもう二度と友人や家族に会えなくなることを。これで今日のホームルームは終わります。」
そう言って、先生は去っていった。すぐに一時限目の授業が始まる。
「それじゃあ、テスト返すぞー。順番に並べー。」
古典の教師から、テストを返却される。
「亀崎、せっかくテストの点数が良いのだから、授業態度はどうにかならんのか?」
「考えときます。」
一度も態度を改めようと思ったことは無いが、波の立たないような返答をしておく。もちろん、そのあとの記憶はない。いつの間にか、放課後になっていたので、俊哉に話しかける。
「それで、結局どうする?」
事件が起こった時、俊哉は一番に緒川先生に駆け寄って、手を尽くしたのだ。朝は遊ぶ約束をしたが、緒川先生の訃報を聞いた今、遊ぶ気にならなくてもおかしくないだろう。
「どうするって、遊ぶかどうかってこと?俺は遊ぶ気満々だったんだけど。」
「いや、その、俊哉が大丈夫なら良いんだ。行こうか。」
「もしかして、緒川先生のことなら舜が気にすることじゃないよ。色んな手を尽くしたけど、駄目だったんだろうから、仕方ないと思ってるし。さ、行こうぜ。」
俊哉の希望で、ゲームセンターに行くことになった。高一の時はよく行っていたが最近はご無沙汰だった。
「富貴さんは誘わなくてもいいのか?」
「だって、ゲームセンターとか行かなそうじゃない?」
「確かに、不良のたまり場みたいに思ってそうだな。」
ゲーセンで僕らのすることと言えば、音ゲーだった。各自が好きな音ゲーに勤しんでいる。しばらくして、遊び疲れたので俊哉と合流した。
「ほら、あのサメ、可愛くないか?」
俊哉が指差したのは、一メートルはある大きなサメのぬいぐるみだった。
「可愛いとは思うけど、部屋にあったら邪魔じゃない?」
「そうじゃなくて、富貴さんに渡したら良いんじゃないかと思ったんだよ。」
「僕のイメージでは、明日香はぬいぐるみを部屋に置かないタイプなんだけど。」
「そうか?女の子はだいたいぬいぐるみ好きだぞ。美玖なんてベッドにぬいぐるみしか無いしな。」
「それなら、俊哉が美玖ちゃんのために取ってあげたら?」
「それはいいや。あいつを甘やかしすぎると、将来兄離れできなくなりそうだしな。」
既に手遅れだと思ったが、それは黙っておいた。
「あと、緒川先生のことだけどな、他の生徒と違って、俺は昨日知ってたんだ。」
「え、そうだったの?」
「あの日のあと、緒川先生のご家族にお礼言われてな。それで、先に連絡してくれたんだ。」
「うん。」
「ただ、あの日もっと俺にできることは無かったのかと自分を責めることはあるよ。でもそんなことしたって、死者が蘇るわけじゃない。だからこそ俺は人を救いたいって思ったね。将来何になりたいかは今まで考えてこなかったけど、あの事件のおかげで俺は、人を救う仕事をしたいと思ったね。」
「俊哉なら、絶対なれるよ。応援してる。」
「ありがとな。さ、もう帰るか。」
「そうだね。帰ろうか。」
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