第11話
「不安だから、明日香を家まで送っていってもいいかな?」
帰り道に印場と出会わないとも限らないので、僕は明日香に提案した。
「犯人に遭遇するのは、川の近くのはずでしょ?その場所以外で、事件が起こることは無いんじゃないの?」
「そのはずなんだけど、それはあくまでも僕の経験に基づいた予測でしか無いから、細心の注意を払いたいと思ってるんだ。」
「私のことよりも、自分の心配をした方がいいんじゃないかしら?来週の月曜日にデートするんでしょう?」
明日香も来週の月曜日を楽しみにしているのかもしれない。
「これは、デートじゃないの?」
「ただの散歩よ。それに亀崎くんが付いてきているだけだわ。」
あれ、この会話って。
「まるで僕がストーカーみたいな言い回しだね。」
「ずっと私のこと考えているみたいだから、それはもうストーカーよ。」
いや、だけど場所は変えている。
「明日香も、僕のこと考えているならそれは、両想いって言うんじゃないかな?」
「私があなたことを考え続けている証拠なんてないでしょう?」
嘘だ。嘘だと言ってくれ、曲がり角で僕らの目の前に女性が現れた。
「見つけた。やっと、見つけた。」
顔がかなりやつれていて、手配書とは少し異なるが、夢で見ていた僕にはすぐにわかった。どうする、戦うか逃げるか?
「走るよ!」
明日香の手をとって、走り始める。明日香は戸惑ってはいたが、僕の様子が明らかにおかしいことから、危機を察したらしく、二人で急いで逃げた。しばらく走り続け、後ろを振り返ったが、女は追ってきていなかった。僕らは、近くにあったカフェで休むことにした。
「それで、さっきの女が殺人犯ってわけね?」
「公表されているものと顔が大分違うけど、僕が夢で見た人物と同じ顔だったから間違いないと思う。」
「それにしても、あんなにいきなり逃げることも無かったんじゃない?あれだと、不審に思われて、持っている銃で発砲されることだってあったかもしれないわ。」
「銃はバッグの奥に入ってるから大丈夫だと思ったんだよ。」
「あと、まだ何か私に隠していることあるでしょ?明確に、私と殺人犯を会わせたくない理由とか。」
夢で見たことを正直に話すべきか?いや、それではまた彼女にあの眼をさせるだけだ。
「あの殺人犯は私に関係があるのよね?そして、それを舜は夢で見ている。」
もう確信しているようだ。どう伝えるべきか。
「明日香は察しが良いね。ただ、僕も明日香と印場莉愛にどんな因縁があるかは分からないんだ。それに、夢の中の明日香もそれを知らなかった。」
「向こうが一方的に私のことを恨んでいるということね。それで、夢の中で印場莉愛はなんて言っていたの?」
「智明をたぶらかしたと、あなたがいなければ智明はいなくならなかった。その二つしか言われてなかったよ。」
「そんな名前の人、私の記憶には無いわね。私のせいで智明という男性がいなくなったというのは、こじつけにしか聞こえないけど。」
「でも、智明って人が誰かは分かったよ。」
僕はそう言って、明日香にスマホの画面を見せる。画面には印場莉愛について書いてあったまとめサイトだった。梅坪智明二十七歳、印場莉愛と交際していたが、梅坪の浮気が原因で印場が梅坪を刺殺した。
「なるほどね、智明という名前は知らなかったけど、この顔は見たことがあるわ。確か、今年の春頃に話しかけられて、あまりにもしつこかったはずだけど。」
「それを印場に見られて、言い争いの末にって感じかな。今日はもう帰ろうか。勿論、送っていくよ。」
明日香の家を見るのは初めてなので、少し緊張する。あと、警察からの連絡が無いので、未だに印場は捕まっていないのだろう。特に話すことの無いまま、いつもと違う電車に乗る。
降りたことの無い駅で降り、少し歩いたところにある大きな豪邸の前で、その人物はいた。
「なんで、お前がここにいるんだ?」
僕は声を震わせる。
「ああ、やっと帰ってきた。もしかしたら今日は帰ってこないのかと思っていたの。」
「私に用があるのよね?」
そう、そこには印場莉愛がいた。
「そうよ。あんたが憎くて憎くてしょうがないの。あまりの憎しみにあんたのこと隅から隅まで調べちゃった。智明も、死神のあんたにさえ関わらなければ、死ぬことも無かったのに。」
「殺したのはあなたでしょ。私に罪を押し付けないで。」
明日香は毅然とした態度で立ち向かう。
「これを見てもそんな態度を取れるかしら。」
印場はバッグを漁り始めた。ここだ、ここしかない。僕は印場が僕らから目を離した隙に印場を突き飛ばした。バッグの中身が散らばる。
「キャッ!」
銃が無ければ、死なないと信じたいが、あまりにも予想していない展開の連続だ。何が起こっても不思議ではない。
「許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない。」
印場は壊れたスピーカーのように喋りだす。そして、散乱しているバッグの中身の一つであるガラスの瓶のふたを回し、中のカラフルな錠剤を口に入れた。
「ふっひひひひひひ、あっははっはははははは。」
狂っている。そして、突然電池が切れたかのように、笑い声は途切れ、印場は地面に倒れこんだ。
「何が起きているの。」
明日香は一連の出来事に脳がついていけていない様子だった。
「オーバードーズだろうね。」
「オーバードーズ?」
「うん、日本語にすると薬物の過剰摂取だね。薬や銃をいったいどうやって手に入れたのかは分からないけど、なんとか助かったね。」
「そ、そうだ。警察に連絡しないと。」
近隣住民が既に連絡していたようで、警察はすぐに来た。
「あれ、君たちは確か、バスジャックの時にいた二人じゃないか?」
印場が救急車で運ばれた後、残された僕らに刑事の人が尋ねる。バスジャックの時に僕らの聴取を行った刑事だった。
「そうです。お久しぶりですね。」
「君たちと印場はどういう関係なの?」
「本当に何も関係無いですよ。印場容疑者の逆恨みです。」
事の顛末を警官に話した。警官は僕らの話を、真剣に聞いていた。
「それで、今回も感謝状を受け取るつもりは無いのかな?」
「そうですね。結構です。」
僕も同じ返答だった。
「そうか、また事件について協力を願う事があるかもしれないけど、その時はまたお願いするよ。」
そう言って聴取は終わり、二人きりになる。
「それにしても、大きい家だね。」
明日香の家は、大きな庭もある豪邸だった。
「無駄に広いだけよ。変われるものなら、舜の家と交換したいくらいだわ。」
彼女はぶっきらぼうにそう言った。
「呼び方。いつの間にか戻ってるね。」
「た、たまたまよ。月曜まであと三日はあるわ。」
「大丈夫だよ。僕は明日香のもとからいなくならないから。じゃあね、また明日。」
明日香が玄関を開けるのを見送った後、帰ることにした。ただ、今日起こったことは、今までの夢で起きていたこととは異なっていることが気がかりだ。
今までならば、夢で僕が死ぬはずだった時間に、あの川で別の人が被害にあっているはずだ。しかし、僕らより前に印場に襲われた人間がいるという話は、警官から聞かなかった。つまり、時間や場所を変えても死を回避できない可能性もあるということだ。不安を胸に抱えながら、歩いていると、ポケットから着信音が聞こえてきた。
「もしもし、母さん?どうかしたの?」
「おばあちゃんが階段から足を踏み外して、骨折しちゃったらしいのよ!本人は大丈夫って言っているんだけど、心配で今病院に向かっているから、帰りは遅くなるわ。お腹空いたら、カップ麺でも食べてて。」
僕が事件に会ったことはまだ連絡が行っていないようだ。祖母の家から一番近いとなると、あの総合病院だろう。僕もお見舞いに行ったほうがいいだろうか。そう考えていると、また一つ今までの考えが間違っていることに気付いた。
総合病院までは、自転車で十分程度だ。あの病院はこの辺りでも一番の規模の大きさだし、患者の数も多いだろう。患者の数が多いということは、つまり、死ぬ人数もある程度はいるはずだ。
「おかしい、どうして僕はあの病院で死ぬ患者をほとんど見ていないんだ?」
僕はずっと、死を体験する夢は自分の位置から一番近い場所にいる今日死ぬ人物だと思っていた。今までに数回はあの病院で死ぬ患者の夢を見てきたが、明らかに少なすぎる。本当に自分から一番近い人物が死ぬのであれば、年間の半分以上はあそこの病院で死ぬ夢で無いとおかしい。死を見る夢は無作為に選ばれているのだろうか。いや、だがそれだとここ最近、僕が死ぬ夢を見続けていることと整合性が取れない。
今までの夢を思い出す。見てきた夢に、何か法則はあるはずだ。僕はそう決めつけた。記憶を遡るなかで、明日香に初めて会った始業式を思い出していた。あの時の夢は確か、浮気性の男が死ぬ夢で、
「浮気なんてする智明が悪いのよ。そう、私は悪くない。」
「落ち着け、莉愛。あれは気の迷いなんだ。本当だ。俺が好きなのは莉愛だけだよ。」
言い争いが激化して男が殺された。殺した女は確か、
テレレレレレン、テレレレレレン。
スマホの着信音だ。母親とは異なる電話番号だった。
「すみません、私、警察のものですが、亀崎舜さんのお電話で間違いないでしょうか?」
「はい、亀崎舜は僕ですが。」
「印場莉愛の死亡が確認されました。事件のことについて当事者に聞くことが不可能になってしまったので。再度捜査に協力して頂けないでしょうか?」
「えっと、学校が終わったあとなら大丈夫だと思います。はい、詳しくは後でまた連絡します。」
もしかしたら、今までの僕が見てきた夢は全て、僕に関わる可能性がある人間が死ぬ瞬間なのかもしれない。そして、僕の代わりに死ぬ人間も、僕に関わったことのある人間である可能性も高い。ただ、僕はそれで落ち込むことは無く、父の言葉を思い出していた。
「たとえ人生が、一度や二度、やり直せたってたな、愛すると決めた人は変えては駄目だ。」
僕は、夢のおかげで人生を一度やり直すことができる。だからこそ、愛すると決めた人を愛し続ける。死なんかに僕らを邪魔させない。そのためなら、誰が敵になろうと関係ない。
帰り道に病院に寄ると、ちょうど病院から母が出てきたので、一緒に帰る。
「病院でニュース見たけど、逃げ回っていた殺人犯、捕まったのね。これで一安心だわ。」
「それのことなんだけどさ。」
まだ、知らないようなので、今日のことをすべて話した。母は、驚くというよりは、呆れている様子だった。
「舜は二年生になってから、面倒事に巻き込まれることが増えたわね。舜のやりたいようにやらせろってお父さんは言っていたけど、お母さんは心配なんだからもう少し、大人しくしてほしいわ。」
「僕も望んで事件に関わっている訳じゃないよ。」
「それならいいわ。ほんとに気を付けなさいね。」
とは言っても、明日も事件に巻き込まれないとは限らない。絶対に死なないという明日香との約束を胸に、この日は目を閉じた。
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