第10話

 四日目


 川のほとりを明日香と歩いている。明日香に帰りを共にする友人は一人しかいないはずだ。今日死ぬには僕なのだと確信した。どうやら、会話の最中なようだ。


「これは、デートじゃないの?」

「ただの散歩よ。それに亀崎くんが付いてきているだけだわ。」


「まるで僕がストーカーみたいな言い回しだね。」

「ずっと私のこと考えているみたいだから、それはもうストーカーよ。」

「明日香も、僕のこと考えているならそれは、両想いって言うんじゃないかな?」

「私があなたことを考え続けている証拠なんてないでしょう?」


 僕はそこで口をつぐんだ。あの日のキスから、僕はもう二度も死んでいるはずだったとという言葉は出てこなかった。


「見つけた。やっと、見つけた。」


 そこへ、お世辞にも綺麗とは言えない格好をした女性が僕らの前に現れた。


「あんたが智明をたぶらかした女ね。相変わらず、ムカつく目してるわ。」

「すみません、あなたとは初対面です。それに智明という男性も知らないのですが。」


 明日香が女性に言い返す。


「あんたさえいなければ、私から智明がいなくなることなんて、無かったんだ。そうだ、全部あんたが悪いんだ。」


「あの、何があったかは分かりませんが、様子がおかしいですよ。」

 女性は目の焦点もあっておらず、言動も奇妙なものが多い。

「そうだ、あの女にも私の気持ちを分かってもらえばいい。」


 女は自分の鞄の中を漁り始めた。


「あった、あった。」


 どこか嬉しそうな声を出した後、僕らの目に入ってきたのは、拳銃だった。


「ふっひひひひひひひ。」


 恐らく、拳銃の扱いには慣れていないのだろう。至近距離で心臓目掛けて引き金を引いても、真っ直ぐ当たることは無く、右のふとももに当たったようだ。


「ああ!」


 右太ももだとしても痛いものは痛い。明日香は立ち尽くすことしか出来ていないようだった。


「今度は外さない。」


 それがうずくまっていた僕に聞こえてきた最後の言葉だった。


「舜、もう起きてるのー?」


 扉の向こうから母の声がする。


「今起きたよ。」


 返事をして着替え始める。今日の夢は、よく分からないやばい女に銃で撃たれるものだった。ただ、そんなに簡単に銃を手に入れられるものなのだろうか。


 そして、僕はどうやって生き残るかだ。明日香が一緒にいたということは、僕だけじゃなく、明日香も別の場所にいる必要がある。そして、あの女は明日香を探しているような口ぶりだったことから、また違う日に明日香を襲う可能性もあるということだ。その場で、あの女を捕らえることが解決法ではあるが、リスクが高すぎる。

 考えがまとまらないまま学校へ向かう。僕が銃で撃たれるのは恐らく、テストが終わって家に帰宅するときだろう。行き道で明日香と通り道でも無い河川敷を歩くなんてことは無いはずだからだ。それまでにどうするかを決めておかなければ。坂に差し掛かるあたりで俊哉に話しかけられる。


「おはよう、舜。」

「おはよう、俊哉は大丈夫だったか?」

「俺?まあ、俺は大丈夫だけど、その話はすんなって教師が口止めしてきたよ。」

「やっぱりそうだよね。」

「それにしてもお互いに運が良かったよ。あんなに近くにいたら巻き込まれていてもおかしくなかったし。」


 僕は事故が起こるのを分かっていたとは言えなかった。


「知っているかもしれないけど美玖ちゃんがさ、俊哉のことを心配してたよ。」

「昨日、帰ったら泣きながら抱き着かれ続けたよ。ブラコンすぎるのも考え物だよ。あ、あとこの辺で殺人犯の目撃情報があったって話、聞いたか?」

「誰かが言ってた気がする。」

「その殺人犯は、付き合っていた彼氏を殺して逃亡してるんだとよ。薬とかも使っている話も聞くから、絶対に関わるなよ。」


「僕だって、関わらなくて済むなら関わらな、あれ?」


「どうした舜?もしかして、会ったことあるとか?」

「会ったことある気がしたけど、気のせいだったわ。さ、教室着いたし勉強しないとなー。」


 そう言って、自分の席へ座る。女、不可解な言動、銃。あまりにも僕の推測を肯定するものが多い。そして、スマホで逃亡中の殺人犯の顔を調べ、それは確信に変わった。夢で見た顔とは細部が異なるが、顔のパーツ自体は同じだった。そう、今日僕を殺すのは、この女だ。


「それじゃあ、始め!」


 テストが開始した。僕は頭の中はそれどころではない。どうやって、僕らの安全を確保した上で、あの女を捕まえるか。まず疑問なのは、犯人のことを明日香は知らないと言っていた。それなのに、犯人が明日香に対し恨みを抱いているということだ。もう少し、犯人のことを調べないと分からないのかもしれないが、テスト中でそれも出来なかったので、問題を解いた後、眠りについた。


「舜、舜。起きろー。」


 俊哉の声で眼が覚める。


「テストでも相変わらずの熟睡だな。」

「もし、俊哉が殺人犯に襲われることが分かってたら、どうする?」

「そりゃ、警察呼ぶだろ。何、あの殺人犯に殺害予告でもされたの?」

「そんなんじゃないけど、ちょっと考えてみていただけだよ。」

「まぁ、俺なら自らの拳でねじ伏せるってのもあるけど、舜のヒョロヒョロの腕では、女性相手でも勝負にならなさそうだしな。」

「実際、いい勝負だろうね。」

「でも、それだと大事な時に、大切な彼女を守れないかもよ。」

「これからは、筋トレでもするよ。」

「舜は富貴さんのことになると、やる気が段違いだな。って、やば!この時間に物理の問題集の答え覚えとくんだった!」


 物理は答えを覚える科目ではないので、俊哉はこの科目も赤点ギリギリくらいの点数しか取れないのだろう。

 期末試験の最後のテストが始まる。相変わらず、テストに集中できそうにはない。明日香との約束の一週間までは今日で半分が経った。来週の月曜日まで僕は生き残れるのだろうか?そして、その先もずっと死が付きまとい続けるのだろうか?先のことを考えてこんなに不安になることは初めてだった。今まで、将来について特別な感情を抱いたことは無かった。だが、今は朝に自分が死ぬ夢を見て、それをどう回避するかを考える。回避しても誰かが傷つく。そしてまた、次の日の死が待つという繰り返しだ。僕はそこまでして、明日香が好きなのだろうか?


「後ろから回せー。」


 テストが全て終わり、いつもなら開放感から騒ぎだす生徒もいるが、緒川先生の件もあり、学校全体が暗い雰囲気になっていた。緒川先生の話題は禁句とされ、容体なども僕ら生徒に伝えられることは無かった。


「明日香、今日一緒に帰らないか?」

「今日は散歩するつもりだから、それに付いてくるくらいならいいわ。」


 明日香と帰りを別々にし、明日香のもとに犯人が来る場合が最悪のケースであるため、一緒に帰ることを提案する。なんとか、一緒に帰ることはできたので最初の関門は突破した。


「散歩って、道は決めているの?」

「暑くなってくると、川のせせらぎでも見ようかという気分になってくるわね。太田川にでも足を延ばしてみようかしら。」


 太田川は、ここから三十分くらいのところにある河川の名前だ。そして、恐らく殺人犯に遭遇する場所だろう。なんとかして、明日香を川に近付けないようにしなければ。いつもなら、時間を変えれば一先ずの危機を脱することはできるのだが、本日の天候はあいにくの曇り空だ。太陽が出ていないと、時間の予測ができない。


「ほら、もうお昼だし、この近くでご飯でも食べないか?」


 とにかく食事中に次の案を考えようとする。


「私はお腹空いていないから、亀崎くんが一人で行けばいいんじゃないかしら?」

「明日香がお腹空いていないかなって心配したんだよ。というか、まだ明日香は僕に素っ気ないままなんだね。」

「元々、私と亀崎くんはこれくらいの距離感じゃなかったかしら?」

「全然違うね。二人で愛を囁き会った気がするよ。」

「それは、本当にしてないわ。夢と現実を間違えてるんじゃ、あ。」


 言い切る前に明日香は、どれほど望んでも、僕が普通の夢を見ることができないことに気付いたのだろう。


「冗談でも良くなかったわ。ごめんなさい。」

「気にすら留めてなかったよ。恋人なんだから、もっと言ってもいいくらいだよ。」

「今は違うわ。」

「隠さなくても明日香が僕のことを好きだってことは分かってるよ。」

 そうでなければ、これほどまでに僕が死の危険に会うことはなかったはずだから。

「それで、いつまで私に付いてくるの?」

「実はさ、明日香に伝えなきゃいけないことがあるんだけど。」

「どうしたの?改まって。」

「今日の夢で、太田川が出てきたって言えば、もう分かるかな?」


 明日香は僕の夢を知っている。今日死ぬはずなのが誰かは言わなくても、察してくれるだろう。


「ちょっと待って、まずどうして私が太田川に行くことを知っているの?」

「死ぬ直前に、遠くで明日香を見かけたんだよ。」


 これなら、不自然に思われないだろう。


「なるほど、それで私が事件に巻き込まれないように、太田川に行くのをやめさせようとしている訳ね。」

「そういうこと。しかも夢の中では、銃を持っていた女性によって殺されたから、近くにいると、流れ弾が当たるかもしれないからね。」

「銃で殺されるって、そんなこと日本であり得るの?」


「僕も信じられなかったんだけど、俊哉に今日教えてもらって気付いたんだよ。」

「何を気付いたの?」

「指名手配中の殺人犯が銃を撃ったってことに。」

「つまり、印場莉愛が銃を持っていて、河川敷で発砲したということね。」


 印場莉愛、それが殺人犯の名前だった。何故か、名前を聞いたことあるような気もする。


「警察も印場を探しているはずだし、それらしき人がいるって通報すればいいんじゃないかしら?」

「河原に警察を呼ぶってこと?」

「それが一番いい解決法じゃないかしら?」


 河川敷に、印場容疑者らしき人がいることを警察に連絡した結果、直ぐに向かうこと、僕らはその場から離れることを指示された。


「もうあとは、私たちができることは無いわね。」


 連絡をした後、帰ることにする。

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