第8話
二日目
「うっ!」
とてつもなく胸が痛い、床に倒れこむが何も喋ることはできない。まず、ここはどこだ?家の中なのは間違いないが、僕の家ではない。そもそも手がしわで覆われているし、女性らしい丸みがある。もう目も閉じてしまっているが、遠くで何か聞こえる。
「おばあちゃん!おばあちゃん!」
「もう、やめてくれ。」
この声、聞いたことがある。そして、そこで目が覚める。僕から最も近くで死ぬ人間の夢を見るはずなので、今日僕が危険な目に会う事はない。
学校へ向かうと案の定、俊哉たちに話しかけられる。
「おっす、昨日は出そうなとこ教えてサンキュな。」
「いいよ、僕も少しは勉強になったし。」
「あの、今日の舜さんはいつもの眠そうな顔ですね。」
「そう?テストの日は授業中寝れないから、つらいんだよね。」
そんな話をしながら、教室に向かう。
「今日は、テスト二日目ね。今日もみんな精一杯頑張ってね。」
朝のホームルームが始まる。そうだ、この声だ。朝聞いたのは、名和先生の声だったんだ。つまり、今日死ぬのは名和先生の祖母だろう。もう少し早く先生が来て救急車でも呼べば助かるのだろうか。だが、結局それをどうやって信じてもらうかだ。
テストが始まる。名和先生は教師の中でも生徒から一、二を争う人気を集めているが、最近はどこか元気が無い様子だ。何とかしてあげたいという気持ちはある。
一人では何も思いつかなかったので、一時限目のテストが終わると、明日香の机へと歩を進める。
「僕の夢のことで相談が、あるんだけど。」
「もしかして死ぬ夢でも見た?」
「違うよ。名和先生についてだ。」
今日の夢そして、少し前に見た名和先生の祖父の夢の話をする。そしてどうやって名和先生に伝えるかを困っていることを相談した。
「話は分かったわ。私に任せてもらえるかしら?」
どうやら、策はあるのだろう。自分の机に戻り、テストを受ける。三教科分のテストが終わり、生徒たちは帰路に就くなか、明日香は名和先生に話しかける。僕はそれを盗み聞きすることにした。
「あの、先生は私が周りに、なんて呼ばれているか知っていますか?」
「富貴さんとは去年に続いて今年も担任を請け負っているから、私のほうにも耳には入っているわ、死神よね。えっと、今日はそのことで、相談かな?」
「違いますよ。私は本当に死神なんです。」
「えっと、富貴さんがいじめられているという訳ではないの?」
名和先生は少し戸惑っているようだが、生徒に対し真摯に向き合おうとしているようだ。
「違いますよ。私には人の死が分かるんです。」
「そう、なんだ。それで話の本題はそのことなのかな?」
「はい、今日の夜、名和先生のお婆様は突発性の心臓病で死にます。」
「人の祖母に無責任に死ぬだなんて言うのは、良くないわ。富貴さんはそんな人じゃないでしょう?」
そう言われるのは想定内だ。明日香は二の矢を継ぐ。
「先週の月曜日、名和先生のお爺様はこの近くの総合病院で亡くなっていますよね?」
「なぜ、それを。どうやって調べたのかは分かりませんけど、それがどうかしましたか?」
「そしてお爺様は、最期に名和先生に何かを伝えようとした。だけど、伝える前に亡くなってしまった。もっと早く病室に来ていればと後悔したんじゃないですか?」
病室には名和先生の家族しかいなかったはずだ。つまり、このことを知っている人間はあまりにも限られていることが名和先生にも分かったようだ。
「これ以上、人の死で出まかせ言わないで。」
「出まかせなんかじゃないです。名和さんのお婆様の家には四人掛けの白いテーブル。その床には壺が置いていませんか?」
僕があらかじめ明日香に伝えておいた、夢で目撃したことから得られる情報のすべてを羅列する。すると、名和先生の表情がみるみる変わっていき、信じられないものを見ているような顔になった。
「本当に、富貴さんは死が分かるの?」
「ええ、間違いなく、今日死ぬのは名和先生のお婆様。今日は早く帰ってお婆様のそばにいてあげてください。それでは。」
そう言って、明日香はその場から去る。そして、曲がり角に隠れていた僕を見つけた。
「名和先生は私の言う事を信じたでしょうね。」
「恐らくね。それよりも、明日香にこんな役回りさせてごめん。」
「私が死神なのを信じて、人を救えるのなら、この名前にも意味があったということだわ。」
「そうだとしても、僕はまた君にその名前を名乗らせてしまった。」
「来週の月曜日までは私のものよ。それじゃあ、また明日。」
「ああ、明日も絶対に明日香に会うよ。」
いつもは、夜遅くにしか帰ってこない父が今日は日の入り前に帰ってきていた。リビングに入ると、父に話しかけられた。
「母さんは、会社の飲み会だそうだ。カレーを用意してあるから好きに食べてくれだとさ。」
「そう、分かった。」
父とは仲が悪いわけではないが、あまり話すのが好きではないと思っているので、特に話しかけなかった。カレーを温め、皿によそう。
「彼女がいるんだってな。」
「ゴホッゴホッ!」
全く予想していなかったことを聞かれて、むせてしまった。
「それもえらく美人らしいじゃないか。」
「まあ、そうだけど。」
父に恋愛の話を振られるとは、思っていなかった。
「たとえ人生が、一度や二度、やり直せたってたな、愛すると決めた人を変えては駄目だ。父さんはあと何回やり直しても母さんと結婚するだろうしな。」
両親の惚気話などこれっぽっちも聞きたくはないのだが父の言葉は、まるで僕が夢をもとに行動を変えているのを見透かしているようだ。
「じゃあ、父さんは母さんの為なら、その他大勢を敵に回せるの?」
「舜と母さんは比べられないけど、その他なら、誰が敵になったっていいさ。」
「そっか。」
「舜も、それくらい彼女のことが好きなんだろう?」
「うん、今やっと決心できた気がする。ありがとう。」
「礼を言われるほどのことじゃない。」
それから父は黙々とカレーを食べ始めた。
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