第5話
昼食を終え、ショーを見るために席に座って待つ。
「今日は、舜のこと忘れてイルカに夢中で、悪いとは思っているわ。」
「気にしなくてもいいよ。だってまだ、明日香は僕のこと好きじゃないだろ?」
「そんなことないわ。異性の中では一番好きだし。」
「これはあくまで、僕の推論でしか無いんだけど、明日香を好きになった人が死ぬんじゃなくて、明日香が好きになった人が死ぬんだろう?」
考えてみれば、当たり前なのだが、これだけの美人だ。一目惚れだって数えきれないほどされてきただろう。ただ、それだと都市伝説程度で済まされないほどの人数が死ぬことになる。明日香はしばらく考える素振りをした後、口を開いた。
「そうよ。私が舜のことを好きになったら、あなたは死ぬ。」
また君にその眼をさせてしまった。吸い込まれるような瞳の奥の深淵。僕はもうその眼を見ないつもりだったのに。
「いつかはイルカより僕のことを好きになってね。僕は死なないで待ってるから。」
「さて、みなさん!お待たせしました。イルカショーの始まりでーす!」
ちょうどそのタイミングでイルカショーが始まった。隣に座る明日香はさっきの話など無かったかのようにショーを満喫していた。
「ありがとうございました!」
ショーが終わる。明日香はまたイルカのところに行くのだろうか。
「舜はペンギン見た?」
「いや、まだ見てない。」
「じゃあ、一緒に見に行きましょうか。」
その後は、二人でペンギンをしばらく眺めた。
「今日は、イルカを長い間見ることができてて楽しかったわ。ありがとう、舜。」
「また、イルカ見たくなったら行こうね。」
「それだと、毎日行くことになってしまうけれど。」
陽もだいぶ落ち始めたので、帰ることにする。すると、水族館の入り口にバスが止まっていた。
「水族館が運営しているバスみたいね。イルカのラッピングがされているわ。」
多分、遠回しに乗りたいことを伝えているのだろう。
「じゃあ、帰りはあれで帰ろうか。」
「ま、まあ舜がそういうなら。」
二人でバスに乗り込む。一番後ろの席が空いていたのでそこに座る。
「中にはイルカはいないのね。ちょっとがっかりしたわ。」
中に装飾などは無く、よくあるバスとなんら変わりは無かった。しかし、僕はバスの内装を見て、何かを忘れているような感覚を覚えた。
最後に男性がギリギリのところで乗車してきた。
「あの人、もしかしたらそうじゃない?」
明日香が僕に小声で話しかける。
「どうしたの?」
「ほら、一番前に座っている人、ボクサーで元ライト級チャンピオンの一ツ木進じゃない?」
「あんまりテレビとか見ないから、誰か分からないな。」
「そうなんだ。現役時代はすごい強かったわ。今はテレビなんかにたまに出ているくらいね。」
元プロボクサーか。もしそんな人に殴られたら、ひとたまりも無さそうだと思った。あれ?
「このバスは、この先―。」
止まるバス停のアナウンスだ。だが、この声で全てを理解した。理解したからこそ、僕の体は震え始めた。
「どうしたの、舜?ちょっとクーラーが効きすぎているかもしれないけど、震えるほどなの?」
「違う、そうじゃないんだ。」
僕はかすれるほどの声でそう言った。上手く言葉にできそうになかったので、咄嗟に僕は明日香に文章で見せた。
『今日、このバスで人が死ぬ夢を見た。』
「な、それって」
慌てて明日香の口を塞ぎ、周りの人に軽く頭を下げる。明日香は僕にメールを送ってきた。
『それってあなたが死ぬの?』
『違う。死ぬのは僕じゃない。そもそも僕は明日香との約束があるから絶対死なない。』
『じゃあ、誰が死ぬって言うの?』
『あの、元ボクサーだ、間違いない。』
それから、今日見た夢を事細かに明日香に伝えた。
『つまり、バスジャックされて勇敢にも犯人を捕らえたが、隠し持っていた刃物で刺されたという訳ね。犯人はもう既にバスの中にいるはずよね。』
『多分ね。ただ、誰が犯人か特定出来たところで、バスジャック起こさないでくださいって言って聞くような人間では無かったよ。自暴自棄なところがあったし。』
『そうなんだ。じゃあ、私たちは一ツ木さんが死ぬのを黙って見ているしか無いの?』
『僕自身、見た夢に遭遇するのは、今までで二度しかない。夢とは別の行動を起こしたときに、そのまま夢の通りに進むのか、それとも違う未来が待っているのかは、まだ分からない。』
『パラレルワールドが存在するのかという話ね。そしてつまり、一ツ木さんが死なない可能性もあるということね。それで以前、夢と同じ状況になったときはどうだったの?』
『その時は、自分の行動で死ぬはずだった人間を助けられたんだけど、今回も上手くいくのかは分からない。』
だが、助けられるかどうかは一発勝負だ。二人で案を出し合う。
『警察に連絡するとしても、電話じゃないとまとも取り合って貰えないんじゃない?』
車内でバスジャックが起こるから助けてくださいなどと言えば、真っ先に殺されるのは僕らになるだろう。
『そうね。いったいどうすれば、』
明日香が僕に送信した瞬間、僕らの二列前に座っていた男が立ち上がった。まだ停車駅では無いのに立ったのを不自然そうに周りは見ていた。
そして、男は前方の乗車口まで行く。
「お客さん、どうされましたか、気分でも悪くされました?」
運転手は男に声をかける。
「気分なら、今最高潮だぜ。」
そういうとバッグの中から目だし帽と拳銃を取り出した。そして左手に持つ拳銃の銃口を僕らに向けた。
「おら、騒ぐんじゃあねえぞ。騒いだやつから脳天ぶち抜いていくからな!」
そこから、車内はパニックに陥った。叫び出すもの、泣き始めるもの、そして目を瞑り天に祈るもの。収拾がつかない状態と化していた。
「うるせえ!黙れって言ってんのが聞こえねえのか!」
目だし帽の男の怒号が飛ぶ。
「手始めに一人やっとくかぁ?」
目だし帽の男がこちらに歩き始める。僕の見ていた夢では一ツ木さんは後ろを振り返っていない。つまり、先頭に座る一ツ木さんからはバスの後方で何人死んでいるのかは分からないということだ。こんなことになるなら、バスジャックされたすぐから夢を見たかった。
男は一番後ろまで来ると、明日香に目を向けた。
「お前、可愛いな。それに隣に彼氏もいて何不自由無く暮らしてますって感じか?そういう奴を俺は一番殺してえんだよ。」
「私はあなたが思っているほど、幸福な人間ではないわ。」
明日香は男に言い返した。
「へえ、この場で俺に言い返すとは中々肝が据わってるな。だが、ガキが大人に歯向かうとどうなるか教えてやるよ。」
男は明日香の頭に銃を向ける。僕はどうすればいい。
「あの、ちょっといいですか?」
「あん?なんだ彼氏面か?お前から先に死にてえのか?」
「なんで、左手で銃を持っているんですか?」
論点をずらして銃を撃たれないようにするために思いついた、僕が感じた違和感について聞いてみる。
「ああ?そんなことがお前に関係あんのか。」
「ただ気になっただけです。だって、お兄さんは右利きじゃないですか。」
「腕時計を付けている訳でも無いのに、なんでそんなことが分かるんだ?」
「今日の占いで言っていたんですよ。目だし帽を被り、右利きなのに左手で拳銃を持つ人は元ボクサーに殴られて殺されるって。」
「そんな占いあるわけねえだろ!大人をおちょくるのも大概にしとけよ!」
「もうすぐ、バス停に止まりそうなんですけど、どうしますか。」
もちろんハッタリだ。僕は初めてこのバスに乗ったし、次の停留所まであとどれくらいなのかなど全く知らない。頼む、運転手の方に行ってくれ。
「命乞いか?まあいい。次戻ってくるときがお前の死ぬときだ。」
そう言って、男はバスの前方へと向かっていった。
「おい、いいか!他の乗客どもも間違っても誰かに連絡しようとなんてすんじゃねぇぞ!そんなことしようもんなら、命は無いと思え!」
「あと運転手、このまま走り続けろよ。少しでも停まろうとすれば、乗客を一人ずつ撃っていくことになるからな。」
「は、はい。そ、それで、あなたは何が望みなんですか?」
ここだ、遂に夢で見たところがやってきた。
「金と言いたいところだが、別に金なんてもうどうでもいいんだ。そうだな、強いて言えば、人間が怖がるのが見たいって感じだな。」
「しかし、バス停に止まらなければ、いずれ会社から連絡が来る。だから、もうこんなことはやめてくれ。」
「あぁ?そうなったら、この中にいるやつ全員殺すだけだよ。」
「な・・・。」
バス内の空気が一気に冷え込んだ気がした。そして、夢と全く同じ展開だ。どうすればいい。僕はどうすれば、一ツ木さんを助けられるのか。
「そうか、そんなに君は人を殺したいのか。」
「お、どうしたオッサン?ちょうどいい、一番前に座ってるしオッサンからいくか。」
そう言って銃を構える。その瞬間、僕は席から立ち、走り出していた。
「ほら、怯えろよ。そんで命乞いしろよ。どうか助けてくださいってよお!ハッハハッハッハ。」
一ツ木さんは立ち上がって男の顔に右ストレートを当てる。そして、そのまま馬乗りになる。ここまでは夢で見た流れだ。ここで男はナイフを取り出すはずだ。その動きを少しでも遅らせるために、僕は後ろポケットの長財布を倒れている男目掛けて投げつけた。
「ぶっ!」
投げた財布は男の顔に直撃した。そして、一ツ木さんが目だし帽の男を何度も殴りつけ、男は気を失った。
それから、警察を呼び男は逮捕された。乗客の中でも犯人逮捕に協力した僕と一ツ木さんは、事件のことについて、詳細に聞かれた。
長かった警察の調書も終わり、僕らは解放された。
「それで、君は未来が予知できるのか?」
一ツ木さんに話しかけられる。
「だから、警察の方にも言いましたけど、それは咄嗟に出てきたことですよ。あなたのことだって、彼女が教えてくれて初めて知りましたし。」
「どうも俺には、君がこのバスジャックが起こるのを知っていたように見えたものでね。すまん、失礼だったな。それじゃあ。」
そう言って、一ツ木さんは去っていった。僕らも二人で帰り道を歩き始めた。
「とにかく、あなたの夢の通りに良かったわね。」
「そうだけど、明日香がいきなり犯人に言い返すから、隣の僕は気が気じゃなかったよ。」
「でも、私の死ぬ夢を見なかったってことは私が何やっても死なないってことじゃないの?」
「同じところで二つ事件が起こっても見る夢は一つだけだと思うし、死なないなんて言いきれないんだからね。」
「分かったわ。もうこんな危ないことはしないと思うわ。あ、でもどうにかして私を助けようとする舜はかっこよかったからやっぱりまたしちゃうかも。」
彼女はおどけるように言う。
「勘弁してくれよ。」
最寄り駅へとたどり着き、僕らの長かったデートは終わった。
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