第4話

 今日の夢で出てきたのは、知らない町の風景だ。夜のランニングだろうか。そうか、今日はこの人が死ぬのか。夢の中で僕のできることは何もない。それに鏡なんかが無ければ、どんな人なのかも分からない。ただ、僕はこの人が死ぬまでの幾ばくかの時間をこの人の視点で見続けるだけだ。すると突然、金属バットで殴られたような衝撃を頭に受けた。地面に倒れこみ、なおも強烈な頭痛は続いた。あまりの痛みに声にならないうめきを上げる。

 そこで目が覚めた。まだ頭が痛いような気すらしてくる。恐らく、くも膜下出血で死ぬ人の夢だろう。


「なんか、俺について誰かになんか聞かれた?」


 朝、学校前の坂で会った俊哉に恐ろしく抽象的な質問をされた。大方、昨日の女子三人組に言ったことだろう。


「俊哉と明日香の関係を誤解しているようだったから、それを正しただけだよ。」

「それなら、いいんだが。」

「もしかして、お誘いの連絡がいっぱい来たとか?」

「知ってるってことは、やっぱ舜がいらないこと吹き込んだんじゃん。」

「吹き込んだっていう言い方よ。僕はただ、女の子にアドバイスしただけだよ。」


「それで、舜が私と付き合っていることはその人たちに言ったの?」

「相変わらず、僕らの話を盗み聞きするのが得意だね、明日香。言ってないよ。だって、明日香は誰かに知られるのが嫌なんでしょ?」

「別に嫌ってわけじゃないけど、言わないで温めといた方が良いと思っただけよ。」

「アツアツの関係になってから周りに言うってことか。」


 俊哉が茶化すように言った。


「上手い事言ったつもりかも知れないけど、どや顔は余計かな。」

「そうか?とにかく俺は誰とも付き合う気はないから、舜ももう余計なことは言わないでくれよ。」


 分かったよ。そう言って僕らは教室へと向かった。授業の記憶は全くないが、昼休みになったので、三人で机を囲んだ。すると、教室のドアをノックする音が聞こえてきた。


「あの、すみませーん。」


 小柄で目がくりくりとしている女の子だ。


「あ、お兄いた!」

「わざわざ、俺の教室まできて何か用か、美玖?」

「お兄が死神と一緒にご飯食べてるって聞いて、いても経ってもいられなくなったの!」

「美玖、次その名前で富貴さんを読んだら、怒るぞ。」


 俊哉には、富貴さんがもう死神と呼ばれないようにするために、付き合ったと教えてある。俊哉は僕の代わりに怒ってくれた。


「どうしたのお兄。ごめんなさい。そんなつもりじゃないの。」


 美玖さんは今にも泣きだしそうだった。


「俺に謝るんじゃないだろ、美玖。」

「え、うん。あの、富貴さん。ごめんなさい。」

「全然気にしてないわ。むしろこんなに可愛い子を泣かせる白沢くんは後で説教ね。」

「えー俺?」


 その場はそれで丸く収まった。だが、俊哉が、富貴さんをかばったことにより、また二人の噂が流れ始めた。


「舜といつも一緒に帰っているのに。白沢くんとの噂が立っているのもおかしな話ね。」

「明日香は俊哉と付き合いたい?」


 二人は美男美女だし、並んで歩くと絵になるだろう。思わず聞いてみてしまった。


「あなたが、私を死神じゃなくしてくれるって言ったから、付き合ってるいのにそんなこと言うんだ。」

「ごめん、冗談でもそんなこと言っちゃ駄目だ。お詫びってわけじゃないけど、今度の休みに二人きりで出かけないか。」

「初デートね。いいわ。どこに行くかは決めてあるの?」

「ちょっと遠いけど、水族館なんてどうかな?」

「良いセンスしているわね。私、イルカ好きなの。」


 あんまり動物には興味無いと思っていたので、快諾されることは意外だったが、約束を取り付けることは出来た。

 とうとう、明日は明日香と水族館に行く日だ。朝に慌てないように、小さなバックに必要なものを揃え、就寝した。

 今日の夢は何だろう。キツイ内容でないといいのだが。



「おい、いいか!間違っても誰かに連絡しようとなんてすんじゃねぇぞ!そんなことしようもんなら、命は無いと思え!」


 目だし帽を被った男がバスの中で叫ぶ。男は手に拳銃を持っていた。男は前方の乗車口付近に立つ。男との距離は一メートルもないだろう。


「運転手、このまま走り続けろよ。少しでも停まろうとすれば、乗客を一人ずつ撃っていくことになるからな。」

「は、はい。そ、それで、あなたは何が望みなんですか?」


 運転手が質問する。


「金と言いたいところだが、別に金なんてもうどうでもいいんだ。そうだな、強いて言えば、怖がるのが見たいって感じだな。」


 バスジャックに遭遇していること、そして今、バスの最前列にいるこの男が死ぬことだけは分かった。


「バス停に止まらなければ、いずれ会社から連絡が来る。だから、もうこんなことはやめてくれ。」


 運転手が目だし帽の男にそう告げる。


「あぁ?そうなったら、この中にいるやつ全員殺すだけだよ。」

「な・・・。」


 バス内の空気が一気に冷え込んだ気がした。こんな恐ろしい人間がいるのか。


「そんなに君は人を殺したいのか。」


 僕は口を開いていた。勿論、僕の意志ではなく、僕が今体験している人間の意志で言ったことだ。


「そうだな、一番前に座ってるし、オッサンからいくか。」


 そう言って銃を構える。


「ほら、怯えろよ。そんで命乞いしろよ。どうか助けてくださいってよお!ハッハハッハッハ。」


 優越感からか、上を向いて高笑いしたタイミングで、僕は拳を握っていた。そして素早く立ち上がり、男の顔を殴りつける。


「な、」


 男は突然のことに声を上手く上げられないまま、吹き飛ばされる。その衝撃で手に握っていた拳銃を手放していた。その隙を見のがさず、男の上に馬乗りの体制になって殴る。だが、男は懐からナイフを右手で取り出し、腹部目掛けて刺した。

腹部が焼けるように熱い。最後の力を振り絞って、男の顔を殴る。腹部から流れ出す血は留まることをしらない。


 そこで目が覚めた。時刻は午前五時。起きるには早いが、再び寝れるとは思えなかった。人に刺される夢は久しぶりに見た。見るたびに自分の体を確認してしまう。当たり前だが、僕の腹部には何の傷も無かった。

 明日香と約束していた時間の電車に乗り、合流した。


「なんか、眠そうね。私とのデートが楽しみすぎて寝れなかったとか?」

「珍しい夢を見て早く起きただけだよ。決して遠足前の小学生みたいなことではないね。」

「そこは、嘘でも話を合わせておくところよ。」

「僕は、女の子には嘘をつかないことを信条としてるからね。」

「へえ、じゃあもし私に嘘を付いたら、何でもしてくれるのね。」

「僕ができることならなんでもするよ。」

「楽しみにしてる。」


 明日香の顔は、本当に楽しそうに笑っていた。


「さて、そろそろかな。」


 次で水族館の最寄り駅に着くようだ。降りる準備をする。


「高校生二人分ください。」


 チケット売り場で入場券を買い、中に入る。最初に目に入ってきたのは、海獣エリアだ。


「もう私、ここだけでいいかも知れない。」


 明日香はそう言って、イルカを眺める。


「明日香はイルカのどういうところが好きなの?」

「見た目よ。見た目がとにかく好みなの。」

「そうなんだ。あっちにはベルーガもいるけど、ベルーガも好きなの?」

「ちょっと、舜は黙っていて。私は真剣にイルカを見ているんだから。」


 僕の存在はイルカ以下だった。明日香はイルカの水槽から一歩も動きそうには無かったので、一人で中を見て回ることになった。


「見てみて、クラゲかわいいー。」


 水槽を見ていると、隣のカップルが楽しそうに見ている。それに比べ、僕らは互いに見たいものだけを見て、後で見たものの話をする。どちらの方が良いということでは無いが、僕らの方が珍しいことだけは確かだろう。


「午後一時から、メインプールにてイルカショーを行います。」


 そんなアナウンスが聞こえてきた。もうお腹も空いてきたころなので、明日香にいる場所を聞くと、まだイルカの水槽の前にいるとのことだった。


「よく、そんなに見続けて飽きないね。」


 僕は少し呆れたように話しかけた。


「まだまだ、見てられるわ。」

「時間的にも、お昼食べに行かないか?」


 明日香を誘い、施設内のレストランに向かう。まだ見ていたいから一人で食べてきてと言われなくて良かった。


「一時からイルカショーあるらしいね。さっき放送で言ってた。」

「早く食べて、よく見える場所に座りたいわ。」


 先に教えていたら、本当に一人で食べることになってかも知れない。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る