第3話

 夏のあの日、僕たちは付き合い始めた。月曜日が来て、今日も高校の前の坂を上る。


「よう、舜。今日はいつもとなんか違うな。なんかあったか?」

「細かいところによく気付くね、俊哉は。昨日の帰り、富貴さんに告白した。」

「へえ、それで?」

「驚かないんだな。無事付き合うことになったよ。」

「おー、遂に舜にも彼女ができるとはね。これで、俺も気兼ねなく彼女を作れるって訳だ。」

「別に、僕に構わずいくらでも作ってくれてよかったのに。それにしても、もっとなんか無いの?」

「なんかって、あれか?お前死ぬつもりか、とか言った方がいいのか?」

「むしろ、僕はそれを言われると思っていたんだけど。」

「俺が友人の好きな人にケチ付けるわけないだろ?周りの奴がどれだけ、舜たちを批判しようが、俺は絶対祝福するからさ。」


 俊哉のこういうところが好きだ。恥ずかしいようなセリフを全く恥ずかしがらずに言う。僕も昨日恥ずかしいセリフをたくさん言った気がするし、似たもの同士なのかもしれない。


「今日も二人でイチャイチャしてるの?」


 すぐ後ろから、明日香がやってきた。


「おはよう、明日香。まるで僕が男を好きみたいな言い方はやめてほしい。」

「富貴さんってそういうのが好きなんだ。」

「違うわ、でも舜は私より、白沢くんと付き合った方がいいと思っただけよ。」

「冗談でもキツイからやめてくれ。」

「俺は邪魔者っぽいから、先行くわ。」


 そう言い残して、俊哉は走っていった。


「気を遣わせちゃったかな。」

「そういえば、白沢くんには夢のことは話していないの?」

「話していないね。人に言っても気味悪いやつだと思われるくらいで良いことないし。」

「白沢くんがそんな印象持つ人じゃないことくらい、舜が一番分かっているんじゃないの?」


 もちらん、俊哉はそんな人間では無いと頭では分かっているが、どうしても言いづらかった。


「そうだね。機会があったら話してみるよ。」


 校内では、いつも通りにしてほしい。それが、付き合う際に明日香から言われたことだ。それだと、いつまで経っても、死神のイメージを払拭できないから嫌だと言ったが、どうしても譲れないとのことだった。


 休み時間、僕は、いつものように俊哉と話していると、

「別に一目を気にせず、抱き着きに行ってもいいんだぞ。」


 僕が明日香のことを意識していることを見越してか、そんなことを言われた。


「僕がそんなことするように見える?それに、校内では普通に過ごすって決めてるんだから。」

「ふーん。そっちがその気なら俺にも考えがあるけどな。」


 そう言って、俊哉が明日香の机に向かった。ここからでは二人が何を話しているのか聞こえない。しばらくして、俊哉が戻ってきた。


「何を話してたの?」

「安心しろって、舜から彼女取ったりはしないから。」

「別にそんなことを危惧してる訳じゃない。いいから、質問に答えてくれ。」

「彼氏としての余裕かー。まぁそれは置いといて、昼になったら教えるよ。もう次の授業始まるから俺は席戻るな。」


 チャイムが鳴る。俊哉たちの会話が気になって、授業に集中できない。


「三角関数の合成は、模試で出やすい!ここから落ちていくやつは置いていくからな!」


 数学教師の緒川は、暑苦しく体育会系のノリでこちらに接してくる。


「亀崎、俺を話ちゃんと聞いてるのか?そうだ、ここの問題を解いてみろ。」


 授業をちゃんと聞いていないことがバレたようだ。仕方なく、出された問題を黒板に解いた。


「な、せ、正解だ。だからって、俺の話を聞かなくていいという訳ではないからな!」


 だが、その言葉が僕に響くことは無く、ずっとどんな話をしていたのかを気にしていた。


「それで、もう教えてくれるよね?」


 昼休みになり。俊哉を問い詰めた。


「分かった、分かった。取り敢えず、飯食おうぜ。」


 俊哉と机をくっつけて、弁当を広げる。すると、

「私もいい?」


 明日香が僕らのもとに来た。


「なんだ、そんなことだったのか。」

「逆に、舜はどんなことを想像したんだ?」

「そうね、気になるわ。」


 校内では、三人で行動しようという話だった。


「俊哉たちが喜ぶような答えをすることはないよ。ただ、俊哉は良いのか?僕らと一緒にいると、彼女を作りづらいんじゃない?」

「今すぐ彼女が欲しいわけじゃないしいいよ。まぁ美玖には、根掘り葉掘り聞かれるだろうけど。」


 美玖というのは、俊哉の妹だ。この学校の一年生で、重度のブラコンだ。俊哉に彼女がいないのは、美玖が原因だったりする。


「妹さんとは結婚できないけど、海外でも行くの?」

「あのなぁ、それは美玖が勝手に言ってるだけだって。俺自身は美玖のこと妹としてしか見てないから。」

「こんなかっこいいお兄さんがいたんじゃ、しょうがないかもね。どうせ、舜は一人っ子でしょ?」

「どうせって言い方がなんか気になるけど、その通りだよ。」

「あと、さっきの授業の時思ったんだけど、舜って頭良かったんだ。あの問題結構難しかったけど、すらすら書いていたじゃない。」

「舜は成績だけなら、学年トップテンに入るんじゃないか?ただ、授業態度が悪いことでも有名だけど。」

「わざわざいらないことまで、解説してくれてありがとう俊哉。でも、そういう明日香だって頭良いだろ?」

「私は努力しているもの。それに比べて、舜は努力しなくても頭良いタイプでしょう。」

「いるよな、そういう奴。え、これも分かんないの?みたいなこと言ってきて、俺らのこと下に見ることだけを生きがいとしてるやつ。」

「そのイメージが誰なのかは聞かないでおくけど、僕は人を下にみるようなことはしないね。むしろ、全員上に見ている。」


 その後も、たわいもない話で盛り上がった。俊哉と二人のときよりも話は弾み、あっという間に昼休みが終わった。午後の授業は寝ていたら終わったので、帰ることにする。俊哉はいつものように、部活に行き、明日香は用事があるから先に帰るといって、すぐに教室から出ていった。


「あの、亀崎くん。ちょっといい?」


 三人の女子に声をかけられた。


「えっと、どうかしました?」

「あの、その。」

「ほら、早く聞きなよ。今がチャンスだよ!」

「めぐちゃん、ファイト!」


 一人が言いよどんでいるのを両隣の二人が応援していた。って、これはまさか、


「あの・・・富貴さんと白沢くんって付き合ってるんですか?」


 うん。まあ、そうだよね。気になるよね。


「あの二人は付き合ってないし、これから付き合うことも無いと思うよ。」


 流石に僕に何の断りもなく、そんなことをするような人たちではない。


「本当ですか!良かったー。じゃあじゃあ、どうしていきなり三人でご飯食べるようになったんですか?」


 僕と明日香の関係をカモフラージュするために一緒に食べているのだが、そのまま伝えるとしている意味が無くなってしまう。どう答えるべきか。


「それは、そう、噂だよ、噂。富貴さんの死神っていう噂を本人聞いていたら、いつの間にか仲良くなったんだよね。」

「あの、それで絶対に白沢くんに富貴さんのことを好きにさせないでくださいね!彼女のことを好きになった男はみんな死んじゃうんですから!」


 やはり、その噂は誰でも知っているようだ。というか、そんなこと僕に頼まないでくれ。


「富貴さんのことを好きになる前に、別の人から想いを伝えられたら、富貴さんなんて目に入らなくなるんじゃないかな。」

「え、あ、わ、分かりました。頑張ってみます。」


 そう言って三人は去っていった。もしかしたら、これで俊哉に告白ラッシュが来るのかもしれないが、それは僕の知ったことでは無かった。

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