第2話
死神の噂が校内に広まってから、富貴さんに告白する男はいなくなった。そして、少なかった同性の友人も、噂を恐れて一人また一人と減っていった。
「なんか、校内一の美人の周りも物静かになっちまったな。」
「僕からしたら、噂程度でいなくなるような友達なら、最初からいらないと思うけどね。」
「そういうことをスパッと言えるところが舜のいい所だと思うよ。まぁその性格のせいで俺以外の友達がいないわけだけど。」
「そうだね。ただ、もう一人友達になれそうな人を見つけたよ。」
「それって、まさか・・・。」
僕は、机に座り本を読む彼女の前に立った。
「何か用かしら、亀崎くん。」
「俊哉以外の友達が欲しくなったから、友達になってほしい。」
クラスの皆がこちらに注目する。
「それは、私じゃなければいけないのかしら?」
「多分、駄目だと思う。」
「そう、なら友達になりましょうか。」
表情は変わらないが、あの時のような悲しそうな眼では無かった。
「富貴さんは帰宅部だったよね。友達なら、一緒に帰らない?」
「友達ね、いいわ。帰りましょう。」
放課後、富貴さんと一緒に帰る。舜は部活があるらしく、富貴さんと二人きりだった。
「二人きりだからといって、変な気は起こさないでね。」
「友達にはそういう感情は持たないもんだよ。」
「そう。」
二人の間に沈黙が流れる。
「「あのっ」」
同じタイミングで喋り出した。
「富貴さんの方からどうぞ。」
「そう、それであなたは私が怖くないの?私のことを好きになった男は死ぬと言われているのよ。」
「ああ、そんなことか。全く怖くないね。どうせ、偶然富貴さんの近くで起きたことを誰かが仰々しく言っているだけだと思ってるくらいだ。」
「全然、大げさじゃないわ。」
突き放すように彼女は言う。
「富貴さんは自分のことをわざと恐ろしく言って、僕を遠ざけようとしても、僕は富貴さんの前から逃げないから。」
「そう、それは頼もしいわね。じゃあ、次は亀崎くんが話したかったことを教えてくれる?」
「僕の聞きたいことは単純だよ。僕ら、以前どこかで会ったことない?」
「会ったことないと思うわ。亀崎君はどうしてそう感じたの?」
「富貴さんの眼を見たことあるんだ。悲しそうに遠くを見つめる眼を。」
「気のせいね。私があなたに会ったのは高二の始業式の日だわ。それじゃあ、私はこっちだから。」
駅に着き、富貴さんは反対側のホームを指さした。
「それじゃあ、富貴さん。また明日。」
「死なないでね、亀崎くん。」
それだけ言い残して、去っていった。
家に帰り、パソコンを立ち上げ、富貴さんについて調べる。ネット上にはアクセス数稼ぎと思われる、死神少女の噂などといったタイトルで、あることないこと書かれているようだった。しかし、書かれているどの情報を見ても、僕はピンと来なかった。あの眼を一体どこで見たのだろうか。全く思い出せないまま、いつの間にか夢路を辿った。
「ばあちゃん、何か僕らに伝えておくこととか無い?」
「無いわ。もう十分生きた。」
「ほら、ばあちゃんの山とかさ、どうすればいいかな?」
「あんた、遺産のことしか考えてないわけ?ばあちゃんはガンと戦ってるのよ!」
「醜い。」
ピッピッピーーーーーー
「18時24分、死亡が確認されました。」
今日の夢は末期ガン患者か。僕の見る夢は、ほとんどは病院で死ぬ人の夢だ。人に刺されたり、交通事故で死んだりといった夢を見ることは稀な部類だ。
今日も学校へ向かう。梅雨も終わり、夏が近づいてきた。いつも通り授業を受け、富貴さんと帰る。しばらく、この生活が続けていたが、僕の身に危険が訪れることは無かった。
「やっぱり、噂は当てにならないもんだな。」
今日も俊哉と坂を上る。僕が富貴さんと仲良くしていても何も起こらないことを指しているのだろう。
「僕は元々信じてなかったけどね。それより、今度の日曜暇?」
「ああ、部活は休みだから遊べるぞ。」
「じゃあ、三人で遊びに行かないか?」
「三人って富貴さんも一緒に?」
「質問を質問で返すなと言いたいところだけど、もう一人は富貴さんだよ。」
「分かった。じゃあ日曜空けとくな。」
放課後、富貴さんを同様に誘う。今まで、帰り道を一緒に歩くくらいの関係だったので、断られると思っていた。
「日曜は特に用も無いし、いいわ。それで、どこに行くとかは決めてあるの?」
「俊哉が映画好きだから、映画でも見に行こうかなと思ってたんだけど。」
「映画ね。この辺りだと、隣駅のショッピングモールにある映画館になるかしら。」
「その予定だけど。別の場所の方がいいとかある?」
「別に問題ないわ。それじゃあ、日曜の十時に集合で。」
そう言って、富貴さんとは別れた。ショッピングモールに何かあるのだろうか。そういえば一度、隣町のショッピングモールの近くで死ぬ夢を見たことがあった。確かあれは、横からいきなり車に轢かれたはずだ。ただ、何かを忘れているような気がする。その場所に行けば、思い出すことができるだろうか。
約束の日曜日。今日の夢はあまり気分のいいものでは無かった。ただ、もう何千回と死ぬのを見てきた。今更特別な感情は無い。それよりも、今日の用事に遅れないように、身の回りの準備を進めた。
「今日は、友達と遊んでくるから、昼はいらないよ。」
「そう、夜ご飯いらないなら、早めに教えて。」
母にそう告げ、家を出た。夢について母に話した時、気味悪がられた。人の死を見る子どもなんて恐ろしいに決まっている。それから、僕は母と夢の話をすることは無かった。
電車に揺られ、ショッピングモールへと向かう。コーヒーショップで待っていた富貴さんを見つけた。
「ごめん、待たせたかな。」
「待つのはいいけれど、連絡先が分からなかったから、待っている場所を伝えるのが困ったわ。」
「そうだね、じゃあ教えるよ。」
富貴さんと連絡先を交換した。
「俊哉はだいたい遅れてくるから、もう少しここで待っていようか。」
「分かったわ。それで今日見る映画はどんな内容なの?」
「誘拐された女の子が誘拐犯の味方になる話らしい。」
「ストックホルム症候群ね。面白そうだわ。」
「二人とも早いね。そんなに楽しみだった?」
「僕らが早いんじゃなくて、俊哉が遅いんだ。」
「そりゃごめん。ほら早速行こうぜ。」
併設されている映画館に向かう。そういえば、ショッピングモールに来ても、忘れていた何かを思い出すことは無かった。映画を見ている最中もそのことばかり気になっていた。思い出すことに必死になっていると、周りが明るくなっていた。
「ほら、舜。エンドロールも終わったし、もう行くぞ。」
「あ、ああ。ごめんごめん。ボーっとしてた。」
「面白かったわね。特に最後の『あなたに殺されても、まだ私はあなたが好き』ってセリフが特に良かったわ。」
「まぁ。あそこは女の子が好きそうなところだな。舜はどこが良かった?」
「え、えっと僕も富貴さんと同じところかな。」
映画の内容など全く覚えていなかった。
「えー、舜もかよ。俺は、主人公の感情の機微を追っていたんだけど、どちらの仲間になるかで揺らいでるところの心理描写が良かったんだけど。」
「あーそうなんだ。それより、お腹空いたし、お昼食べない?」
「絶対、面倒くさいと思ってるだろ!」
三人で食事を摂り、しばらく服でも見ていたら、夕方になっていた。
「じゃあ、俺は自転車だから、ここでお別れだな。今日はありがとな。じゃあな。」
俊哉と別れ、富貴さんと駅までの道を歩いていく。
「あれ、富貴さん。そっちの道だと駅まで遠回りじゃない?」
「そう?でも私はこっちの道で帰りたいわ。亀崎くんはそっちの道で帰るのでしょう?」
わざわざ遠回りだと分かっているのに、選ぶのは不自然だ。何か遠回りをしたい理由でもあるのだろうか。
「せっかくのデートなんだし、できるだけ一緒にいたいから、僕も富貴さんと同じ道で買えるよ。」
「デート?今日のはそんなんじゃないわ。それに白沢くんもいたでしょう。」
「それでも、デートだよ。」
「私を好きにならないでって、前にも伝えたはずよ。。」
「富貴さんは自分のことになると、すぐにその眼になるよね。悲しそうな遠くを見つめる眼に。」
「そうかしら。とにかく、私を好きになると亀崎くん、あなたは死ぬわ。」
「死なないように気を付けるよ。」
「そう言う事では無くて、ってもう駅に着いたわね。それじゃあね。」
そう言って、富貴さんが去ろうとしたときに、本来通るはずだった道にポツンと置かれた花が目に入った。
「ちょっと待って。」
富貴さんの手を握った。
「どうしたの、亀崎くん。まだ何かあるの?」
「そうだよ、絶対そうだ。」
「いきいなりどうしたの?」
僕の疑問が全て繋がったのだ。富貴さんは遠回りをしたかったんじゃない。あの道に嫌な思い出があって通れなかったんだ。そしてあの眼だ。あの眼が僕に向けられていた。
「ちょうどこれくらいの季節だった。中学二年の夏の夕方、富貴さんの彼氏は白いワンボックスに轢かれたんだ。」
富貴さんの表情は全く変わらなかった。
「そうよ。あの人が轢かれたのは、ちょうど三年前の今日よ。わざわざ、車の種類まで調べたんだ。でもそうよね。死神と友人になんて、本当はなりたくないわよね。大方、私と仲良くしているのを面白おかしく友人にでも話しているんでしょう?」
「まず、何から伝えればいいのか分からないんだけど、ネットにはそんなに詳しくは載ってなかった。信じてもらえるか分からないんだけど、ちゃんと話したい。」
「ちゃんとって何を話すことがあるの?私はもう帰りたいのだけど。」
「僕はあの日のことを富貴さんと同じくらい知っていると思う。だからこそ、伝えたいことがあるんだ。」
「そう、じゃあそれが本当かどうか、あそこの公園で話してもらっていいかしら。」
公園のベンチに並んで座る。
「まず、僕の話を信じてもらうために、多分富貴さんしか知らないことを言うね。」
「私しか知らないこと?」
「うん、最期の言葉。俺の十倍生きてくれ。」
僕にこの言葉の意味は分からない。ただ、名前も分からないこの人が富貴さんに向けた最期の言葉。
「なんで、それを。」
それより先の言葉は富貴さんから出てこなかった。ただ、ぼろぼろと涙をこぼしていた。
「とりあえず、これ使って。」
ポケットからハンカチを取り出した。富貴さんが落ち着くのを待ってから、話を続けた。
「これを母以外に話すのは初めてなんだけど、僕は毎日、夢の中で人の死を経験するんだ。」
「人の死を体験する?」
「うん、その日僕から一番近い人が死ぬ瞬間に遭遇する。夢の中で、あの夏の日に僕は、富貴さんに会っていたんだ。」
「そう、なんだ。」
「だから、本当の死神は僕かも知れない。毎日、誰かが死ぬのを分かっていて、それを見過ごしているから。」
「そう、あなたも死神なんだ。」
笑ってくれた気がした。
「つまり、その。富貴さんの死神っていうあだ名は僕が請け負うよ。」
「それってどういうこと?」
「亀崎舜は富貴明日香と付き合いたいっていうことだよ。」
僕の率直な感情だった。もう、彼女のあの眼を見ないために僕がするべきことだと思った。
「私のことを好きになったら死ぬって伝えたでしょ。しかもそれがまぎれもない事実だって、亀崎くんは身をもって知っている。それでも私と付き合いたいの?」
「うん、僕が新たな死神になってみせる。だから、もう富貴さんは死神になんてならなくてもいい。」
「そんなに簡単になれるものなの?」
「分からない。だけど、もうこれ以上、富貴さんが死神だなんて不名誉な名前で呼ばれて欲しくないんだ。」
「富貴さんじゃなくて、明日香。」
「分かった。明日香は今日から死神じゃない。それを証明するために僕は生き続ける。」
「死んだら許さない。死んだら殺すよ。」
「うん、いくらでも殺してくれ。死神の僕を殺せるのなら。」
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