御礼訪問
ここがクレイエール・ビルだな。ここはアカネでも知ってるエレギオンHDの本社ビル。そりゃ、世界三大HDの一つだもんね。エレギオン・グループからの仕事も多いから失礼ないようにしとかないと。
今日は及川氏からカレンダーの件で話がしたいとのこと。かつて及川氏が社長や会長だった頃にカレンダーが出来上がるごとに加納先生とこうやって会食してたみたいで、アカネも同じように呼ばれたで良さそう。
えっと、えっと、エレベーター・ホールはあそこで、レストランは最上階のイタリアンだったよね。それにしても楽しみ。ここのイタリアンは有名で、ロケーションもイイから一度来てみたかったんだ。店に入って、
「えっと及川さんの・・・」
「承っております。渋茶の泉先生ですね。御案内します」
だから渋茶は余計だ。テーブルに案内されて、
「本日はお招き頂きありがとうございます」
「おお、良く来てくれた。アカネ君じゃなかった、アカネ先生と呼ばなきゃいけないないな」
「アカネでけっこうです」
これが若い格好のイイ男だったら申し分はないんだけど、そこまでは贅沢か。それにしても噂通りシックで高級感あふれる店だよねぇ。ちなみに今日のアカネはローマでツバサ先生に買ってもらった一式でフル装備。ヒールが辛いけど頑張って歩いてきた。シャンパンがサーブされて、
「カンパイ」
うん、料理も美味しい。ローマの時のも美味しかったけど、こっちの方が日本人向きにアレンジされてるのか、もっと美味しい感じさえする。
「アカネ君の仕事には大変満足しておる。まさにあのカレンダーが甦ったみたいだった」
「御満足頂けて光栄です」
「岡本や、岩崎、二谷や岩本と祝杯をあげさせてもらったよ」
聞くとカメラ・プロジェクトのメンバーで、今でも及川氏と親交のある方々でイイみたい。
「ところでカメラなのですが」
「ちゃんと動いてくれたかな」
「もちろんですが、あれほどのカメラをもらって良いのでしょうか」
「なんの話かな」
「アカネ2です。あれは本物のルシエン、それもイメージセンサーが新型に交換されている改造機。レンズだって加納志織モデルではないですか」
及川氏が悪戯っぽく笑って、
「あれは確かに私の手元にあったものだが、岡本に売ったんだよ」
「えっ」
「岡本も悔しがってな。あれが本物のルシエンであり、さらに改造までされてると気づかなかったみたいだ」
「そんなことが」
「そのうえレンズまで見落としてしまったとな」
そんなことが起るはずがないじゃありませんか、岡本社長がそんな初歩的な見落としをするわけが、
「そういう話になっとる。棺桶までカネを抱えていっても空しいだろう。カネは使ってこそ生きるものだよ。君は単に岡本から格安の中古カメラを買っただけだよ」
「そんなぁ」
「その代りにカレンダーが甦ったのだ。みんな夢が叶ったと喜んでおった」
ありがたくもらっておこう。
「それにしても、よく新型センサーが組み込めましたね」
「うむ、ちょっと悪戯をしていてな」
聞くとルシエンには製作時にグレード・アップを容易にする設計が盛り込まれたんだって。イメージセンサーと画像処理エンジンをアセンブリー交換することにより、機能アップを可能にするぐらいかな。
「今でもそうだが、イメージセンサーや画像処理エンジンはいくら最高のものを作っても十年もすれば陳腐化するじゃろ。当時なんてもっと早かった。だからそこを交換することでカメラの寿命を伸ばそうと思ってな」
新型センサーの規格をルシエンの及川CMOSと交換可能なものにして作ったそうなのよ。
「画像処理エンジンは?」
「あれは試作品じゃ」
及川電機では新型センサー開発と並行するように画像処理エンジンの開発も進められてるみたい。ロッコール・ワン・プロは良いカメラだけど、画像処理エンジン抜きのロー画像専用カメラだから、一般向けとしては無理があるのよね。だから画像処理エンジンを組み込んだものが熱望されてるのだけど、そのための布石で良さそう。
「それもアセンブリーの規格はルシエン」
「そうじゃ、それぐらいは決められる立場にあったからな」
「そうなるとアカネがもらったあのカメラは、ロッコールの次期新型カメラの原型機」
「原型機というより試作機かな。どうだアカネ君、使ってみた感想は」
「最高でした」
及川氏は悪戯を話す少年のように楽しそうです。
「発売するのですか」
「それはない。ビジネスとしてやはり無理があるのは二十年前に取締役会で否定されておる。あの時は悔しかったが、経営判断としては正しかったと思っておる」
「だから取締役会の決定を受け入れられた」
「そういうことだ。アイツの手腕じゃ無理の判断だ」
淡々と話されてるけど、悔しかったんだろうな。
「ところで加納先生とお付き合いは長いですよね」
「うむ、麻吹先生がバラしたか。もう時効で良いと思っておる」
「どうしてあきらめられたのですか」
「勝てる見込みがなかったんだよ」
聞かせて頂いてビックリした。やはり及川氏が加納先生を口説かれたのは最初のカレンダーの仕事が成功してから。
「そこに後の旦那さんの山本先生が現れたんだ。シオリの様子があきらかに変わったのが嫌でもわかった」
あっ、及川氏が『シオリ』って呼んでる。
「山本先生が現れた途端にシオリの心は根こそぎ持っていかれたよ。どうしようもなかった」
「それで加納先生は旦那さんと結婚」
「結果はそうなんだが・・・」
これも信じられない話だけど、加納先生の結婚は一直線にゴールインみたいな単純な話じゃなかったみたい。
「強力なライバルがいてな」
「あの加納先生にライバルですか?」
「そうじゃ、それも二人じゃ。シオリは女神様と呼ばれるぐらい美しかったが、相手は天使と菩薩様じゃった」
なんだ、なんだ、そのキャスティングは。宗教戦争かいな、
「争った末にまず勝ったのは菩薩様じゃ」
「加納先生じゃないのですか」
「うむ、しかしすぐに亡くなってしまった」
その後の展開も想像を絶するのだけど、菩薩様亡き後を女神と天使がシノギを削って争ったっていうから、加納先生の旦那さんってどれだけなのよ。
「恋に燃えるシオリはドンドン変わって行ったよ」
「変わる?」
加納先生が及川氏と恋人関係になったのは三十一歳の時。この時の加納先生は及川氏によると二十代後半の若さに見えたってなってる。それがラブ・バトルを繰り広げられるうちに若返っていかれ、二十代半ば過ぎになっちゃったって言うのよ。
どういうこと。加納先生が不老だったのは知ってるけど、及川氏の話を信じれば三十一歳ぐらいまでは歳相応に老けていたってことになるじゃない。そりゃ、少しは若く見えたんだろうけど、それぐらいはいくらでもありうることだもの。
そうなると、そこから若返っただけじゃなく、固定され死ぬまで変わらなかったことになる。及川氏がウソを吐く必要がないもんね。
「そんなことが・・・」
「信じられないのは無理もないが、私が加納先生に最後に会った七十五歳の時までまったく変わらなかった」
「なにか原因があるのですが」
「シオリもあまりに自分が歳を取らないので不思議に思ったのだ」
そりゃ、そうだろ。
「そしたら、シオリだけでないことがわかったのだよ」
「他にもおられるのですか」
「うむ、シオリが調べた限りでは確実なのが二人、おそらくそうだろうが一人」
「三人も!」
この世には信じられないことが起るっていうけど、不老現象が加納先生も含めて四人もいるってどうなってるんだ。異常体質で納得するにも無理があるやんか。一度、会ってみたいもんだけど、加納先生が知ってるぐらいだから無理だろうな。不老現象は歳を取ってからわかるものだから、まだ生きてる可能性は低いものね。でもひょっとしたら、
「まだ生きておられる方はおられるのですか」
「おられる」
えっ、えっ、
「どこにおられるのですか」
「ここだよ」
「ここって?」
「エレギオンHDだ」
どういうこと、どういうこと。
「エレギオンHDはクレイエールから発展して出来たのは知っているね」
そうだったんだ。だからクレイエール・ビルにエレギオンHDの本社があるのか。
「エレギオンHDのトップは女性だ。それもトップ・フォーと呼ばれている四人はすべて女性だ。この四人はエレギオンHDが出来た時からトップであり、立花小鳥副社長はお亡くなりになられたが、残りのお三方は今でも御健在だ」
女性がトップ、それもトップ・フォーが全部女性って格好イイやん。でも、どう考えても若くて七十代か八十代にはなってるだろうな。
「今から四年前になるが、ホテル浦島で小山社長と香坂常務にお会いしたことがある」
それって、ツバサ先生が大暴れした時、
「まさか、そのお二人が」
「エレギオンHDのトップ・フォーは異常に若く見えるので有名なんだが、実際にお会いさせて頂いて驚いた。シオリそのものだった」
「では加納先生が見つけられた三人はエレギオンHDのトップ・フォー」
「正確には少し違う。三人には香坂常務と結崎専務は入る。もう一人はシオリの同級生であり、旦那さんを争ったライバルでもある、クレイエールの元専務の小島知江氏だ」
「小島さんは」
「もう亡くなっておられる」
頭がこんがらがりそうだけど、加納先生は自分同様に不老である女性として、小島さんと、結崎専務と香坂常務を見つけたでまず良さそう。でも及川氏の話によると小山社長も不老って言うじゃない。
「亡くなられた立花副社長はどうなのですか」
「お会いしたことはないが、異常に若く見えたそうだ」
じゃあ、加納先生以外に五人もいるんだ。それも加納先生以外はクレイエールからエレギオンHDでつながってる。このビルになにかあるのかも。
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