第95話 俺の名前はチビ 三年前(チビ視点)
俺は普通の犬じゃなくなって、今の俺になってからは知羽ちゃんに出会うまで、ずっと野良だった。
まあ俺は普通の犬と歳の取り方もちげーし、大切な人間が出来ちまう事に躊躇してしまっていたんだよな。
大事な人間が出来て、歳を中々取らない俺、死なない俺をみて、今まで可愛がってくれた主人から急に化け物を見る様な目で見られるのも、耐えられる自信もなかったし。
高齢になっている筈なのに元気な俺を見てすごい! なんて天然な事を言うご主人が居たとしても、目の前でまたその主人が死んでいくのを見送るのも耐えられる気がしなかった。
だが、この少女、知羽ちゃんと逢って、俺の心が騒ついた。
普通の犬だった時、俺を大事にしてくれた主人の事を俺は大好きだった。
主人が死ぬ時、辛くて辛くてたまらなかった。
自分も死にそうだったけど、それよりも俺は死んだ後もこの人とまた逢う事ができるのか......?
そんな事を考えてしまう程、主人の事が大事だった。
俺の心の中にはあの時の悲しみ、辛さが今でも根付いている。
ズーンズーンと、石を腹に詰められた様な痛み。
大事な人が居なくなってしまった無力感。
自分の中が空っぽになっちまった様に感じた。
調整人の力を吸い取って、どんなにすごい犬になろうとも、大事な奴を失った俺は空っぽに冷めきっていた様にも思う。
それ以来、俺は大事な奴を極力作らないと心に決めて生きてきた。
『調整人が一人で孤独だった』
そう俺に告げて、俺の側に愚痴りに来ていたのは、何処かで、自分と似ていると感じとっていたからなのかもしんねーな。
だから、今回の事は予想外だった。
大事な人を作るつもりはなかったんだが......。
知羽ちゃんが何処も打っていない事を確認した後あの綺麗な女性である知羽ちゃんの母親が、俺を抱えて車に乗せ動物病院に連れて行ってくれた。
もちろん始めに一応知羽ちゃんも病院に連れて行っているみたいだった、その時は俺がしんどくない様に車の前の窓を少しだけ開けてくれていた。
病院から戻り、俺を一緒に知羽ちゃんの家に入れてくれた。
身体が大きい俺を家の中に入れてくれた事がまず驚きだった。
俺は久方ぶりに家の中というものに入り、部屋の中の明るさ、温かさに感動していた。
俺は自分の心を守る為、ずっと外で過ごしていた。
変な力が備わってからは体力も増え、問題なく過ごす事が出来ていた。
俺はそんな風にちょっと特殊な身体をしていたから、そんなに食べなくても生きていける。
だけど腹が減らねー訳じゃねー。
腹も減るし痛覚もある。
知羽ちゃんとその母親は目の前に美味しそうな白い液体を出してくれた。
「牛乳だよ? 飲めるかな?」
知羽ちゃんが俺を覗き込み心配そうに見ている。
もちろん牛乳は知っている。
だけど、特別な人を作らなくなって、食事をとる事も久しぶりだった俺は、自分の胃がびっくりするんじゃないかと、ソーと顔を容器に近づけた。
ペロリと牛乳を一舐めした。
ウメー。
俺は牛乳を噛みしめる様にゆっくりゆっくりとペロ、ペロ、と舐めた。
「もっとゴクゴク飲めば良いのにね、警戒してるのかな?」
「本当ね、男の人がチビチビとお酒を飲むみたいにゆっくり飲んでるわね」
心配そうな知羽ちゃんの声に笑いながら母親が答える。
母親の笑い声に少し安心した様に知羽ちゃんは頬を緩ませて、閃いた様に呟いた。
「チビ、チビ.....。チビ。この子、チビって名前が良い。お母さん、この子、家の子にしても良いでしょう?」
知羽ちゃんがそう呟いた時、俺はびっくりして飲むのを止めて知羽ちゃんの顔を見た。
知羽ちゃんはニコニコしながら俺と目を合わせるともう一度お願いする様に母親を見た。
「そうね、助けてくれたものね、これも何かの縁よね。だけど、こんなに大きいのにチビなの?」
「お母さんがチビチビってさっき言った時、なんかピンときたんだよ」
そう、知羽ちゃんは言った。
俺は実は大事だった昔の主人にチビと呼ばれていた。
あの頃、俺が普通の犬だった時、主人と初めて会った時、俺は身体も小さかったから主人はそう名付けたんだろうと思う。
そう、知羽ちゃんも俺をチビと名付けたんだ。
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