第90話 お願いよ......。もう少しだけ時間を頂戴......。 (女学生の幽霊 視点)
私はもう、長い間、一人だった。
肉体がない私は、一人という表現もおかしいのかもしれない。
今日、すごく久しぶりに私の姿に反応してくれる人が現れた。
常に地面を見ているのではないかというぐらい腰が曲がっていて、歩く動作もゆっくり。
歩行器を持ちながら、ふらつき歩くおばあさん。
彼女は私の横で私の話に耳をかたむける。
おばあさんの表情はとても優しい。
頬が少し赤いのは長く歩いてきたからなのか、それとも寒いからなのか......。
私は、現在の気候や、空気感などは分からない。
今の私はこの世界に存在していないから。
寒い、痛いは身体がないから実際感じている訳ではないけど、だけど、でもなんというか、身体がない分、心の奥に響くように、痛かったり寒かったり暑かったりする。
それは、身体があった時よりも強い痛みなのかもしれない。
辛い。
その思いが大きければ大きいほど、心に、魂に傷が直接つくからなのか、分からない。
感情をなるべく殺せば痛みも減る。
そう思えば思うほど、私自身が私ではなくなる様な気もしてしまう。
おばあさんは優しい表情で私を見つめている。
心配そうに見ている目も、哀れみではなく、本当に心から心配してくれている事が分かる。
だからおばあさんの言葉はこんなに心に響く。
感情が消えかけ、全て諦めかけた私の心が揺れる。
少しずつ少しずつ、身体が気持ちを取り戻す。
人形の様だった魂が、近い未来、悪霊にかわるかもしれなかった私の魂が、前の、温かい心を知っている魂に戻れてきた様な錯覚をしてしまうほど。
私が流した涙も、少しだけ温かい気がした。
もっとこのおばあさんと話したい。
話をしたら何かが変わるかもしれない。
永遠に続いていた。いや、止まっていた時間が、動き出すかもしれない。
そんな風に思った。
その時。
何か、空気が変わった気がした。
肉体が無いものが近いてくる。
そんな気配がした。
私はびっくりして後ろを振り返った。
そこには数人の方々がいた。
小学生ぐらいの霊体三名(男の子一人と女の子二人)と守護霊様のオーラを放つ方、そして、死神様。
みなフワフワと飛んでいる。
正確には守護霊様らしき人が女の子の霊体の内の一人を抱き抱えている。
霊体なのに、自分で飛ばないなんて......ちょっと不思議な光景......。
今日は......一体どんな日なの?
今まで多くの方々から見て見ぬ振りをされてきたのに。
だけど、この方々は私に用事があるとは限らない。
死神様もおられるし、もしかして......。
私は隣にいる優しく心配してくれる、キョトンとした表情のおばあさんを見た。
そんな風に思っていたら前から騒がしい足音がした。
可愛いらしい妖精さんがフワフワとこちらに飛んでくる。
猫ちゃんとその後ろからすごい勢いで、走ってくる男の子。
猫ちゃんと男の子は霊体ではない。
この子達ももしかして、おばあさんを探していた?
一体何が始まったの?
私はもう少しだけおばあさんと話がしたいだけなの。
ここから動けない事はどうしようもないって分かってる。
だけど、こんなに自分の心が熱を持つ様に温かくなったのは本当に、本当に久しぶりなの。
諦めたくない。
おばあさんともう少し、もう少しだけ。
お願いよ......。
もう少しだけ時間を頂戴......。
おばあさんを連れて行かないで。
そう思い私の表情はまた能面の様に冷たく強張った。
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