第82話 この子の笑顔が見てみたい(茶子おばあちゃん 視点)


 女の子は落ち着いてきたのか少し震えが止まったようだった。



 

 だけどセーラ服は相変わらず濡れていて、痛々しさは変わらない。



 「名前を聞いても良いかい? 長い事ココに居るのかい? さっきの話の感じだと誰にも声をかけられなかったのかい?」


 人見知りする私だが、なんとなく少女の人となりが掴めてきたのか、落ち着いて会話する事が出来ていた。



 


 私の話しかける声に少女の表情は少しだけ明るくなった。



 


 

 恨みがあるのか、未練があるのか分からないが、長い時間、一人で、しかも前にも勧めない。



 


 

 孤独で地獄のような時間じゃったよな。



 

 時間も経っているのに自分の周りだけは変わらない。


 この少女はいったいどんな思いをしてきたのじゃろう。



 


 

『ずっと……、ずっと一人な訳ではないの。

この世界の、こちらの世界の方なら私の事は見えるから。

だけど、だけど……、守護霊様にしても、妖精、精霊さんにしても、死神さんにしても他にも色々な方達が居るけど、皆、自分の仕事が忙しい。


自分の事でいっぱいいっぱいで、他の浮遊霊さん達もそれぞれ自分自身の事で悩んでいるから、他人の私を気にかける暇はないの』


 そう言いながら、少女は寂しそうに表情を曇らせる。



 


 

 そうなのかい。あの世の世界はそんなに忙しいのかい。



 

 私はこの世を全うした後、死んでからは葉助さんに迎えに来てもらって、ゆっくりのんびり過ごすつもりだったのに。



 

 そう上手くはいかないのかね。



 


 

 そう言えば葉助さんはあの世では、亡くなったそのままの年齢なのかね?



 

 もしそうなら孫とババぐらいの歳の差になってしまうね。


 もしかしてあの世では見た目なども変化させれたりするのかね? 





 ありゃ、私の返事を待っているのか、少女の表情が止まってしまっているよ。



 ごめん、ごめん。


「名前は言えないんじゃね。どうしてお嬢ちゃんはそちらの世界に行っても、そんな暑い格好をしているのかい? 服とかは変えられないのかい? 濡れたままじゃ気持ち悪いじゃろ?」



 私の言葉を聞いて少女の表情が戻った。


 こうして言葉を交わせる事が嬉しそうに、僅かだが表情が動く。


『衣服は思いのままなのかもしれない。

だけど私は思いが死ぬ直前の気持ちに捕らえられているから、このままなの。

自分じゃなかなか、気持ちは変えられない......。

名前も言えない訳じゃないの。


嫌な記憶ばかりが頭の中を渦巻いて中々思い出せないの。

だけど、だけど。

おばあさんと話していると......。

少しづつ、少しづつだけど、記憶の色というか、カケラのようなモノが見えてきた気がするの』



 少女は少し寂しそうに笑った。




 うわー。



 先程まで、冷たそうな表情だったのになんて可愛らしい優しい表情だね。



 本当はこんなに柔らかく、優しい笑顔を持っているんだね。



 


 と言っても、今の笑顔は寂しそうで、心からという訳ではない。



 私は心から楽しそうに笑った、この子の笑顔が見てみたい。



 そう思った。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る