第61話 知羽君、知羽ちゃん、どこに行ったんだよ?! (優 視点)



 授業は無事終わった。


 知羽君はまだ保健室から戻ってきていない。



 優さんが波留さんに、「知羽君の事がちょっと心配だから様子を見てくる。先生には気分が悪いから保健室に行っていると言っておいて」と話していた。


 波留さんに少し冷やかされて、俺のと言うか優さんの頬が引きつる様にピクリと動いた。



 優さんは冷やかされたりするのがすごく嫌みたいだ。


 怒っているのが伝わってきた。



 波留さんにも伝わったのか、慌てて「ごめん。冗談だよ」と謝っていた。




 そうしてようやく保健室まで来た。



 三回ノックをすると中から少ししゃがれた女性の声の返事が聞こえた。


 引き戸を開けると消毒薬の匂いがした。



 



「失礼します」


 そう言いながら優さんが保健室の中に入ると、六十歳ぐらいの見た目の女の人が、知らない男子生徒の手当てをしていた。



「あらっ、笹山さん、どうしました? 顔色はそんなに悪くありませんが......。」


 手当てをする手を止めて女性がこちらをみた。




 女性は高木先生だ。


 俺達の世界の保健室の先生と、同じ先生。



 独特な見た目、少し怖そうで保健室の先生に見えないその見た目は向こうの世界と同じだった。




 俺は向こうの世界ではそんなに保健室には行ってはいなかった。



 たまに、友達の付き添いで顔を出す程度で高木先生ともそんなに親しく喋った事がない。



 でも、優さんは違ったみたいだ。



「今日は、少し、気分が優れなくて......」


 そう答える優さんは、堂々としていて、迷いがない。

 優さんの話口調やそれに答える高木先生の声と表情も柔らかい。


 優さんは身体が弱いから、保健室の先生とは親しいのかもしれない。


 言いながら優さんは保健室の中を見回した。



 ベッドには誰も寝ていない。




 保健室には優さんと高木先生と男子生徒しかいない。





 やはり知羽君は保健室には居なかった。




「ちょっと調子が優れなかったんですが、先生と話していたら元気が出ました。教室に戻ります。あの、松川君って来ましたか?」


「いいや、来てないですよ? どうかしたのですか?」


 なんでもないですと、優さんの事も知羽君の事も心配する高木先生を上手くかわしながら、優さんは保健室を出てゆっくりドアを閉めた。




 優さんの動悸が早くなる。




 俺も落ち着かない。




 知羽ちゃん、やっぱりいなかった。





 だけど、知羽君をどうやって探そう。



 優さん、携帯にかけてみてよ。



 俺は優さんにそう言ったが、スマホを教室に置いてきてしまったみたいだ。



【どうしよう。

大丈夫だろうけど、

確かに巻き込まれているのかもしれない。


やっぱり心配。


知羽君、いないし、スマホ置いてきちゃったら探せない】



 いつも冷静な様に見えていた優さんなのに、焦っているのが俺にも伝わった。




 優さんは、少しだけ足を早めたが、先生に見つからない様に歩かなければならない。



 廊下は静かだ。



 授業は始まっているのだろう。


 

 時おりどこかの教室の中から先生らしき人の声が聞こえる。

 

 


 その度、優さんの心拍は早くなる。


 保健室は一階、職員室は二階だ。


 だけど見回りしている先生もいるだろうし、各教室の廊下側の窓は擦りガラスだけど、出入り口の引き戸の窓は透明だ。


 むやみやたらに走り回ったりしたら、先生に見つかってしまう。



 だけど、知羽ちゃん、何処にいるんだ。




 




 俺は走り出したい気持ちでいっぱいだった。



 



 






 


 

 


 

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