第51話 心臓の音、うるさすぎる(優 視点)

 長い髪が風に揺れて顔にあたる。


 目線の高さも変わらない。



 俺は優さんの中に無事に入れたんだな。


 中に入るという事はどういう事かと思っていたが、感覚なども自分自身という感じなんだな。



 斜め前にスキップしながら弾む様に歩く男の子が見える。



 日の光が男の子の短めの髪の毛に反射してキラキラして見えた。


 知羽君だ。


 顔の作りは、そのまんま、知羽ちゃんだ。



 だけど、色々な事が面白くてしょうがないと言った様子で表情もくるくる変わる。



 幼い頃の知羽ちゃんが、そのまま成長したらこんな感じになっていたのだろうか?


 なんだか俺は少し胸が痛かった。



【知羽君。朝から元気ね。疲れないのかしら? 今日は体調は悪くはないんだけど、なんだか可笑しな感じなのよね。頭の中で、はっきりとではないのだけれど、男の子の声が聞こえてくるの。幻聴かしら】





 !!




 えっ?



 これ、優さんの心の声だよね?



 まっ、まさか俺の声、聞こえているのか?



【私、少し疲れているのかしら? 頭の中で誰かが話しているとどうしても思ってしまう。それに、この声が聞こえ出してから何かおかしいのよね。知羽君がいつもと何かが違って見えるの。日の光が髪に反射して、キラキラ見えるし。なんだか、知羽君がいつもの行動となんら変わりがないのに、無邪気で可愛く見える。私、目がどうかしちゃったの?】



 優さん、俺の声、聞こえちゃっているみたいだな。


 具体的な内容まで聞こえてしまっているんだろうか?



 知羽ちゃんの考えている事も、あの無邪気そうに笑っている知羽君に聞こえているんだろうか?



 それはなんだか面白くないな。


 俺の声に答える様にムクさんの声がした。


『大丈夫よ。貴方の声が優さんに聞こえてしまっているのは黄泉の水の影響で、優さんに貴方のパワーが分け与えられたからなの。知羽さんの言葉は簡単には知羽君には届かない筈よ。優さんが弱ったらいけないと思って貴方に黄泉の水を飲ませたのだけど、やはりまずかったかしら? 貴方のパワーの種類もまだ謎だし、貴方の気持ちがかなり優さんに影響を与えているみたいね。ああ、ちなみに私の声は優さんには届いていないわ』


 ムクさん、ちゃんと一緒に来てくれたんだな。

 良かった。


 俺一人だったら優さんから出る方法も分からない。


 でも、そうか、知羽ちゃんの声は知羽君にはこんなには聞こえないんだな?



 っと言っても俺の心の声はどの程度、優さんに聞こえているんだ?


 ん? また優さんの心の声が聞こえてきたぞ?

 何か考え事をしているみたいだな。


 考え事ができると言うことは俺の声は聞こえているけど、煩いというほどでもない感じなのか?


 


【知羽君は好奇心旺盛で、色々な事に首を突っ込むし、お人好しすぎる所がある。毎回、フォローするのは私。ほっといても良いんだけど、ほっとけないし。大事な幼なじみだから。そうそう、昨日、困った手紙を受け取ったのよね......。】



 困った手紙?



 あっ、そう言えば俺も貰ったな。


 ラブレターかと思ってびっくりしたんだよな。


 知らない女の子に図書室で手紙を渡されたんだよな。


 誰もいないと思ってたのに、角の方に知羽ちゃんが座っているの見つけてびっくりしたんだよ。


 途中から、女の子の話はあんまり耳に入らなかったよ。


 それより知羽ちゃんに誤解されてないか、ハラハラしたんだ。



 帰って手紙の内容見たら、自分の幼なじみに友達がいないから(その女の子の幼なじみとという事かな? )そいつと友達になって欲しいなんて、そんな内容だったんだよな。



 その幼なじみはどいつだよ。

 男なのかよ、女なのかよ。


 まどろっこしいんだよ。

 

 普通に告白だったら、ちゃんと断れるんだけどその場合はどうしたらいいんだ?



【さっきから何? 私の中で、何をごちゃごちゃと喋っているの? そうじゃなくても、手紙の事でも悩んでいるのに】


 優さんの大きな心の声にびっくりして、俺は周りを見た。


 あれ? 俺が見ている範囲内に、知羽君がいない。


 優さんが前を向いているからそんなに周りが見えないけど、見当たらない。


『知羽君、近所のお爺さんと立ち話をしているわね置いていってしまってるみたいよ?』


 ムクさん!

 


 な、なんだと?


 優さん!


 ストップ。


 周りをちゃんと見て、知羽君来てないよ?


 俺は優さんに届く様に訴えかける様に言った。


【もう、何? 何がさっきから喋っているの? 幽霊? それとも私の頭がおかしくなったの? えっ?!】


 俺の言った事を理解したのか優さんが振り返った、その瞬間、知羽君が今にも転びそうだった。



 あ! 危ない!【危ない】



 俺の声と優さんの心の声がハモった瞬間、俺は走った。


 走って走って、知羽ちゃんに、いや、知羽君に駆け寄った。

 


 そして、なんとか知羽君を支える事ができた。


 俺の息遣い、というか優さんの息遣いはかなり荒かった。


 知羽君を胸に抱いたまま、優さんが固まってしまった。


 俺、というか、優さんは何とか落ち着こうと息を整えた。


 良かった。


 危なかった。


 転んだら知羽ちゃんも痛いかもしれないもんな?


 でも、話と違うくないか?



 今、俺の意思で走れてなかったか?


 優さんも同じ気持ちだったから身体が動いたのか?


 だけど、良かった。


 転ばなくて本当に良かった。




 知羽君の身体は男にしてはフニャフニャと柔らかく感じた。



 知羽君からはお日様のような心が温かくなる様な匂いがした気がした。



【私、こんなに早くいつもなら走れないのに、でも間に合って良かった。............。何? 知羽君が転びそうになるのを助けるのなんていつもの事なのに、なんでこんなにドキドキするの? 急に走ったからかしら? なんか、凄く顔が熱い。ね、熱でも上がったのかしらね?】


 優さんが言う様に俺の身体も熱くなってきていた。


 俺は、男には興味はないんだけどな。


 やはり知羽ちゃんが、中に入っているからだろうか?


 本当、ありえないぐらい身体が熱い。



 俺の心臓のドキドキと、優さんの心臓のドキドキが重なる。



 ドキドキドキドキ。


 知羽君の顔が赤い。

 知羽ちゃんと同じ顔。


 中性的に見えるからか、色っぽく見えてきた。


 ドキドキドキドキ。



 うるさい、うるさい。



 俺と優さん、二人分響いているからか?



 心臓の音がうるさすぎる。



 



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