第33話 俺は気づいていなかった(優 視点)
「優君」
そう、知羽ちゃんが声をかけてきた。
知羽ちゃんの声、すごく久しぶりに聞く気がする。
知羽ちゃんの声は高すぎず低すぎず、心にズシンとくるというか、すごく心地良いんだよな。
お爺さんの話を、少し聞き取りづらい低い声を、長く聞いていたから余計にそう感じた。
でも、今は俺、知羽ちゃんの事、直視できない。
お爺さんの話だと、今、知羽ちゃんはあの不思議な出来事を夢の事の様に思っているはずなんだ。
だから、こんな顔が耳まで赤くて、意識しまくっている俺を見て、不審に思うかもしれない。
「何?」
俺はそれだけ答えて、家に向かった足を早めた。
長く居ると、誤魔化せないかもしれない。
知羽ちゃんは、あのお爺さんには会っていない。
美少年と会った。あの不思議な光景。
あそこで記憶が止まっているはずなんだ。
俺なら夢だと思う。
それに、お爺さんは心配していたが、俺はちゃんと聞いていた。
お爺さんは後継者を探していると言っていた。
それって、知羽ちゃんにどんな事をさせるつもりなんだ。
危ない事をさせるつもりなのか?
お爺さんは、あの美少年と違って、優しかったし、俺も何か出来る事があったらしたいとは思っている。
だからこの、怪しげなスマホも受け取ったんだ。
俺は腰に巻かれた上着をめくった所にあるズボンのポケットの膨らみを軽く触った。
俺のじゃない。
あのお爺さんから受け取ったスマホが少しだけ、ポケットからはみ出して見えている。
僅かにピンクの淡い光が漏れている気がして俺は腰に巻いていた上着を少しずらして隠した。
危なかった。
この光、他の人にも見えているのかな?
それなら本当に不便だな。
それとも見えているのは俺だけなのかな?
そう言う説明も聞きたかったよ。
取り扱い説明書も貰ってないぞ?
ハアー。
だけど、知羽ちゃんが夢だと思っているなら夢と思わせた方が良い。
後継者なんて、手伝いなんて。危ないかもしれない。そんな思いをするのは俺だけで良い。
なんで、こんな事に巻き込まれてしまったんだ?
俺は知羽ちゃんと、なるべく一緒にいる事だけが望みだった。
他の奴に邪魔をされたくない、そう思い始めてから少しずつ、何かがズレていった気がする。
知羽ちゃんと、昔の様に一緒に居たい。
そう思った事で、こんな事に巻き込まれてしまったんだろうか?
「ゆ、優君、ま、待って」
その言葉に反応して俺は慌てて、早く動かしていた足を緩めた。
気が焦ってしまって、どんどん歩いてしまっていた。
そうじゃなくても知羽ちゃんは、よく転びそうになるのに。
「ごめん」
俺は知羽ちゃんに声だけでも誠意を伝えたくて、なるべく優しいトーンで謝った。
あー。
ちゃんと目を見て謝りたいのに。
俺はチラッチラッと、横目で知羽ちゃんの様子を見た。
俺の耳には知羽ちゃんの必死な息づかいが聞こえる。
頬も赤く、一生懸命、歩いたからか、目元も少し潤んでいる様にも見える知羽ちゃん。
「息が切れている感じ、必死な感じ、頬が赤くなってるし、可愛い。俺が絶対守るんだ」
俺は思わず心の声が漏れたが、すごく小さな声で言ったから絶対知羽ちゃんには聞こえてない筈だ。
そんな風に色々な考えを巡らせ、なるべく知羽ちゃんを見ない様に歩いていたら、いつの間にか知羽ちゃんのアパートの前に着いていた。
「じゃあ、また明日な、階段、気をつけて。転ぶなよ」
俺はそれだけ告げて、軽く手をふり、家に向かって走り出した。
帰ったら部屋に入ってお爺さんから貰った携帯を調べてみよう。
知羽ちゃんに危ない思いをさせないように、まずは状況把握と、内容を整理しないと。
そう思い俺は走っていた。
だけど、夢の様に思ってしまう。
その現象が少し俺にも起きている事に、この時俺は気づいていなかった。
知羽ちゃんの手の中に何か不思議なモノを入れられていたあの事実を忘れてしまっている事に気づいていなかったんだ。
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