第29話 話を聞きたいのに......。なんてミラクル! お、落ち着け俺(優 視点)

『可愛らしいんじゃろ? 自分の心の中に入り込んでおるものは、どんな仕草でも心が揺れて、夢中になってしまうものよの』


 お爺さんの声に俺は腰かけたまま、お爺さんの方に身体を少しだけ、乗り出した。

 

 俺はお爺さんの言葉に頷きながら、お爺さんの話を聞く体制を取ろうと思っていた所だったが、俺が動いた事でチビが、また動き出した。

 


 チビが知羽ちゃんとお爺さんの間に無理やり入りこみ、知羽ちゃんの脇辺りの匂いを嗅いでいたのだ。


 


 チ、チビ、そんな所の匂いを嗅ぎやがって、う、うらやま、じゃない。

 チビ、知羽ちゃんが寝ているからって、して良い事と悪いことがあるぞ。


 


 チビは俺の言っている事が聞こえているかの様に、こちらを振り向き、ハアハアとなんだか嬉しそうに息継ぎをする。

 その表情は得意げにも見えてきてしまう。


 


 チビが知羽ちゃんにちょっとだけ寄りかかり、それにより知羽ちゃんが傾き、俺の膝の上に知羽ちゃんの顔が着地、なんてミラクルな事が起こった。


 うわー、ま、真面目に話を聞こうと思っていたのに、これでは集中できないじゃないか。


 


 話が進まないと、知羽ちゃんをいつまでも待たせる事になってしまうし、そんな長い間、心を眠らせたままでも、だ、大丈夫なんだろうか?



 


 お爺さんは大丈夫だと言って呑気に話しているし、今なんて何処から取り出したんだか、水筒の蓋に湯気が立ち昇る熱そうなお茶を入れて、すするように、飲んでいる。


 の、呑気な。



 うー、また足が熱くなってきた。


 知羽ちゃんの綺麗な髪の毛が目の前にある。

 風に少し揺れていて、良いシャンプーの香りが俺の頭を麻痺させてきやがる。

 お爺さんの光効果で更にキラキラして見えて、なんだか俺を誘っているかの様にも思えてくる。


 サラッとした横髪から、ちょっと見える耳朶も、なんて、ぷっくりしてて可愛らしいんだ。


 幼い頃はこんな無防備な姿も当たり前に見れていたが......。

 


 だけどあの頃の俺はもっと純粋だった。

 一緒にいれて楽しい。

 もっと、もっとずっと一緒に遊んでいたい。

 この時がずっと続けば、それだけで良いと思っていたんだ。


 だけど、人っていう生き物は、自分自身の心も思うようにならないと言うか、だんだん欲張りになっていくものだよな。


 


 知羽ちゃん。

  

 目の前の知羽ちゃんの頬に、リードを持っていない方の、手が伸びそうになり、俺は慌ててその自身の掌を強く握りしめて自分の後頭部の後ろに添える様に置いた。


 そして少しだけ上を向き、気を紛らそうとするが、チラッと目の前の知羽ちゃんの横顔に自分の目線が動いてしまう。

 

 知羽ちゃんの頬が少しだけ、赤い。


 眠っているんだろうけど、ちゃんと健康的そうな色。

 知羽ちゃんは肌の色が白いから、そのちょっとの肌の赤みがやけに色っぽく見えた。



 


 また考えが暴走しそうだった。


 俺は、なるべく、知羽ちゃんの可愛らしい部分を見ない様に目を伏せて(と言っても何処を見ても可愛らしく見えてしまうんだか)お爺さんにチビのリードを持ってもらい、知羽ちゃんの身体を起き上がらせ、先程の様に岩にもたれさせた。


 ふー、何とか、俺は勝ったぞ。

 危なかった。



 さて、今度こそ、しっかり話を聞こうか。


 俺は、隣の柔らかい表情で眠っている知羽ちゃんを気にしながら、再度、身を乗り出し、お爺さんの話を聞く体制をとった。

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