第27話 糸目で間抜けな その物体

 私は自分の右手を見つめます。

 半分飛び出た球体。

 

 柔らかく丸みをおびて、糸目でぽやぽやしています。

 チビは相変わらず、私のその右手についている不思議な物体の匂いを嗅いでいます。


 球体はチビに匂いを嗅がれていることで、口を波の様に歪めていて、更に間抜けな顔? と言って良いのでしょうか? になってます。

 

 今日あった出来事は夢ではなかったという事ですよね。


『夢ではないです。だから、くすぐったいですよ』


 その球体の声に私は、右手をチビの口元からちょっと届かない様に離しました。


『フー、助かりました。それでですね。僕はですね、ええと、アナタのお名前何でしたっけ?』


 今更、じ、自己紹介ですか?


「え、ええと知羽です。松川 知羽。アナタは? 名前はあるの?」


『知羽さんですね。僕の名前ですか? はて何でしたっけ? 好きな様に呼んで下さいな』



 球体はのんびりした口調で喋ります。

 かなり、非日常な事が起こっていますが、このノホンとした糸目は、かなり見た目が間抜けで可愛らしく、恐さも無くなってしまいます。


 私は体制が苦しくなったので、自分のベッド上にに移動しました。チビも尻尾を振って上ってきて私の横を陣取ります。


『では知羽さん。丁度良い位置に移動して下さったので、本題に入りますよ? 気持ちの準備は良いですか?』


 私はベッドに仰向けになりながら、自分の掌の球体を見つめます。


 準備? 心の準備?


 そんな事しなくちゃいけないの?



 あっ、そうだこのコの名前。


 うーん、キュウちゃん? あっマルちゃんにしよう。


「呼び名、マルちゃんで良い?」


 気に入らないのかマルちゃんがちょっと口元を歪めています。


『そのままですね。......。まあ良いでしょう。それでですね。僕はですね。本来、役目は聞いての通り、ポジティブな気持ちを貯める事です。運命の調整人の道具である僕ですが、調整人は長い間、ずっと一人でその仕事をされていて、結構な力があり僕を使わずとも本来力を貯める事が、作り出す事が、出来ていました』



 なんだかこの玉、ええとマルちゃん。流暢に喋りだしたけど、私、お風呂入らなきゃだし。


 部屋から私以外の、声がしたら、お母さんが入ってきちゃうんじゃないかな?


 そんな事を思っていたら、またマルちゃんが口元を波打たせています。


『考え事してないで、ちゃんと聞いて下さい。大丈夫です。僕が長く喋りだす前に、この部屋以外の時間を止めています。だから知羽さんのお母さんは心配しません。折角、本題に入ったのですよ。まったく』


 そう言ってマルちゃんは溜息をつきます。


 え? この部屋以外の時間、止まっているの?


 


 その話を聞き私はまたちょっと恐ろしくなりました。

 私は弱虫です。

 出来ることも少なくて、能力も乏しいです。 


 その時、マルちゃんから低いブーと言う音が鳴りました。

 


 な、何?

 今の音。

 良くない事?

 

 



 先程の出来事も、側に優君がいるから恐くなかったんです。

 いや、怖かったけど我慢できたんです。


 私は怖くてチビにしがみつこうとした時、


『ちょっと待った!』


 とマルちゃんの普段はのんびりした口調なのに珍しく鬼気迫る様な声がしました。

 


 そうでした。

 私がチビにしがみついたら私の掌の上に半分飛び出しているマルちゃんが潰れてしまいますね。


『フー、危なかった。僕は潰れてもダメージは無いし、すぐに掌に入り込めますが、ちょっとは痛いんですよ』



 その内容を聞き私は少しびっくりしました。

「そうなの? 痛いの? ごめん。気をつける」


『まあ良いです。気をつけてくださいね』


 マルちゃんがまたのんびりした口調に戻ったので私は少し安心して、マルちゃんを潰さない様に自分の右手を気にしながらチビにくっつきました。


『それでですね、何処まで話しましたっけ? 途中でさえぎるから分からなくなってしまいましたよ』


 マルちゃんは考えるように私の掌の中で球体である自分の身体? 顔? を揺らしています。


 く、くすぐったいです。



『ちゃんと僕の話、聞いてますか? さっきの僕の音、低いブザーの様な音です。あの音、聞きましたか? 分かってますか? ネガティブな考え事しましたよね? 覚えてますか? ネガティブな気持ちは力が減ってしまうのです。今、僕の中はパワーがマイナス状態です。知羽さん、僕が出てきたのは知羽さんがポジティブな気持ちを貯めるにはサポートがいると思ったんです。それと、貯めるためには他の人の力もいると思いましてね』


 そう言いながらマルちゃんは悪そうな顔でニヤリと笑いました。


 悪そうと言っても糸目のマルちゃんです。


 やっぱりちょっと間抜けで可愛らしい顔でした。

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