第3話 ワンっ(ご飯はまだ?)

 男の人の事は聞けませんでした。

 

 お母さんに話したいこと、いっぱいあったのに、なんだか言えなくなっちゃいました。


 

「お母さん、やり残した仕事があるから、また職場に行ってくるわね、冷蔵庫に晩ご飯、作ってあるから」


 そう言って、私の部屋から出ていきました。


「あっ、おかぁ......さん」

 

 私の喋りかけた声は、小さすぎてお母さんの大きな足音で消されてしまいました。



 私の側に寄ってきたチビ、顔を少し傾げています。

 大きな黒目でこちらを見ます。


 私と目が合った事が嬉しいのか尻尾をまた、ブンブン振っています。


 チビは何か私に訴えているように「ワンっ」と大きく吠えました。



 時間は夕方5時を過ぎていました。


 私はずいぶん長くボーッと考えていたみたいです。


 時間とチビの顔つきで、チビの言いたい事が分かりました。


 ご飯と散歩です。



「ワン」

 チビがもう一度吠えました。


「分かったよ。ご飯だね?」



 私はリビングに行きチビのご飯を用意します。

  

 リビングはもう、お母さんの気配はありません。

 部屋はちょっと暗くて少し肌寒く感じました。

 

 私は電気をつけて台所で手を洗いました。


 大きめの犬用のお皿は私が出しやすい様に低い位置にしまってあります。

 私はそれを取り出して、ドッグフードを入れてチビが食べやすい様に犬用の食器スタンドに置きました。


 自分の思いが通じたと、チビはまた、ブンブンに尻尾を振っています。


 そして私をじっと見ます。


「待て、待ってよ」

 

 私の声に期待した眼差しでチビは私を見つめています。


「チビ、頂戴は?」


「ワンっ」

 チビの大きな声が響きます。


「頂戴、ちょーだいだよ?」


「ワン、、ワォーワイ!」


「よしっ」


 私のかけ声を聞いたチビが凄い勢いで食べ始めます。


 気持ちの良い食べっぷりです。


 私はチビが食べている所を見ていると、先程までうだうだと考えていた事がどうでも良くなって自分の顔が緩んでいくのが分かりました。



 チビ、食べたら散歩に行こうね?



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