防御領域・逆禍【スクトレア】を斬り裂く刃


「これで、また1枚! えーっと今、何枚目だっけ――まあ、いいや。どうせ全部ぶった斬っちゃうんだから、現時点で何枚断ち切ったとか関係ないか」


 レシノミヤの街と巨虚砂兵マグナフィーネとの間に挟まれるようにして生い茂る森。その木々を掻い潜り、目にも留まらぬ速さで疾走するクリーム色の瞬馬ラピエクス


 その背中に跨った小柄な少女――ミズホは、疾すぎる瞬馬ラピエクスから振り落とされないようバランスに注意しながら、ぶっきらぼうに言い放っていた。


 顔を上げて少女は次の目標を見定める。少し先に見えるのは、遙か上空から伸びて巨虚砂兵マグナフィーネを取り囲むように広がっている、薄茶色を帯びた透明な幕。カーテンのように張り巡らされた幾重ものそれは、防御領域・逆禍敵のバリア


「次のバリアも近いな――お馬さん、頑張ってね」


 そう呟いた少女の役目は、巨虚砂兵マグナフィーネを取り囲むように展開するバリアである防御領域・逆禍スクトレア。その総展開枚数36枚すべての無効化だった。


 その時、少女と瞬馬ラピエクスの遙か頭上を、白と黒とが螺旋状に入り混じった極太の光が迸る。


 まるで、漆黒の夜空を真っ二つに分割するかのような強烈な瞬き。


 それは、3発目の滅閃ラディウスだった。


 少女は遠くにそびえる巨虚砂兵マグナフィーネを見上げた。その口元からは光の粒子が沸き立ち、首筋や胴からは青い稲光が漏れ出ていた。まるで、次の発射のための魔力エネルギー収束チャージしているかのよう。


「――あんな恐ろしいものを、こんなに何度も連発できるなんて――」


 ゴォンという轟音。ミズホは思わず振り返り、街の方向をちらりと見やる。


 ミズホの遙か頭上を通り過ぎた滅閃は、その先にあるレシノミヤの街へと到達する寸前のところで、街を包み込む透明な紫の領域によって阻まれていた。


 阻まれて、強引に捻じ曲げられたように歪む滅閃は、やがてその歪みに耐えきれなくなったように弾けると、幾重もの細い光の筋へと分かれて、散り散りになって周囲の山や木々に降り注いでいく。


「――ひえぇ――アレを完全に防ぐって、どんだけ――おっと、ゆっくり見てる場合じゃないか。急がないと――」


 自分に言い聞かせるように呟き、ミズホは前へと視線を戻す。


 眼前に透明で茶色のベールが見える。敵の展開する防御領域・逆禍スクトレアの内の1枚が、すぐ近くまで迫っていた。


 ミズホは片腕を振り上げる。その手に握りしめているのは刀。鋭い切先に、僅かに反った刀身。闇夜を照らす月の光を反射したその刃の残像は、冷たく妖しい白銀の色。


 疾走する瞬馬ラピエクスは、カーテンのように広がる防御領域・逆禍スクトレアと並走している。その背に跨ったまま少女は刀を振るい、一息に突き立てた。


 刃が、透明な茶色のベール――防御領域・逆禍スクトレアへと喰い込む。瞬馬ラピエクスは走り続け、それとともに少女の突き立てた刃は、防御領域・逆禍スクトレアを音もなく引き裂いていく。


 ぶんっ、と勢いよくミズホは刃を引き抜く。それと同時に防御領域・逆禍スクトレアは、まるで支えを失った垂れ幕のようにはらはらと地面へと落ちて萎み、消え去った。


「よしっ――また1枚っと! 残りは――えーと、まあいいや。魔術通信テレフォン呼び出しコール、お願いします」


 木々を掻い潜り、森の中を駆け抜けながら、少女は高位魔術師シエンから預かっていた小さな光の塊を声で呼び出し、魔術通信テレフォンを繋いだ。



 ○●



「――え? 残り何枚くらいかって? あなた自分で断ち切った枚数を数えてないの? そう――しっかりしてそうで意外に大雑把なのね。え、ええ、そうよ、残りあと少しだがら頑張って」


 シエンは苦笑いを浮かべながら、魔術通信テレフォンを介してミズホへと応えていた。


 そこは、レシノミヤの街で最も高い場所である、ラピスタワーと呼ばれる塔の最上階。シエンとナルの2人の魔術師は、塔の頂上にある狭い領域いっぱいを利用して、直径10メートルはあろうかという大魔法陣を敷いていた。


 大魔法陣は青白い光を放ち、夜の闇に覆われた塔の頂上を仄かな明かりに包んでいる。


 魔術通信テレフォンでミズホと連絡を取りながら、シエンは悪戯っぽい眼差しを近くにいるナルへと向けた。


 ナルは集中したような表情で大魔法陣の中央に立ち、小さな声でぶつぶつと何かを詠唱をしていた。シエンの眼差しに気づいた彼女は顔を上げ、その意図を図りかねたのか小首を傾げる。


「あのミズホって防御領域・逆禍スクトレアを何枚断ち切ったか覚えてないから、残りの目安を教えて欲しいって――しっかりしてそうで、意外に大雑把なのね」

 

 シエンの呟きに、ナルは呆れたように口を開けた。


「んにゃ――あのって結構、反射神経を頼りにして深く考えないとこあるから――最初にこっち異世界に来た時も、無策で四天王に突っ込んでいってボコボコにされてたし――いわゆる脳筋っていうか――」


『――聞・こ・え・て・る・ぞ、ナルさん』


 魔術通信テレフォンから響く、ミズホの心外そうな低い声。


「えっ、魔術通信テレフォン繋がったまんま?! いっ、いや、今のは――」


 どぎまぎしたように言い訳をしようとするナルにおっかぶせるように、ミズホは魔術通信テレフォン越しに声を掛ける。


『そんなことより、ナルさん――準備はどうです? 大丈夫ですか』


 不意の問いかけに、すっとナルの表情が曇る。


「準備は――いける、と思う――けど」


 途切れそうなナルの返答に、ミズホの声が訝しげに淀んだ。


『と、思う――って、なんか大丈夫そうに聞こえませんけど』


 魔術通信テレフォンから聞こえる心配げな声へ応答するナルの声は、普段とは打って変わって小さいまま。


「正直――自信ないかな。今までだって、あたしの魔術は四天王には通用しなかった――炎と鋼の人形イグニスマキナにだって、サソリの鎧男ヴァスティタスバリスタにだって、まったく効いてなかったってのに――いきなり、あんな超巨大な巨虚砂兵マグナフィーネを吹っ飛ばす魔術を放てだなんて、無理でしょ普通――やっぱり、あたしじゃなくて師匠かあさまにお願いしたほうが――」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る