竜式魔術【ルハモマギア】


「あら、属性攻撃魔術に関してだけは、あなたの方が得意でしょ。それに――」


 シエンはさっぱりとした口調で横から口を挟むと、背後からナルに寄り添い、前へと掲げられた彼女の腕をそっと握りしめた。


 ――詠唱の組立てと重なりは十分。魔力の収束チャージもほぼ完了している、か。照反射軸ピントが少し甘いけれど、このくらいなら私が少し微調整すれば事足りるわね――。


 ナルの展開している魔術式を一通りチェックし終え、シエンは柔らかい口調で呟く。


「――なんだ、ちゃんと出来てるじゃないの」


「え、師匠かあさま――?」


「これなら、いける。私なんかが放つより、よっぽど確実な一撃をお見舞いしてやれるわ――なにせ、【最高クラスの実力を持つ、レシノミヤで最も優秀な魔術師】だものね?」


「え――ひえっ!?」


 ナルの戸惑いがちな声は、その瞬間小さな悲鳴に変わった。


「あなた、召喚したお二人にそう自己紹介してたんですって?」


 ひえぇ、と悲鳴を吐き出し終えた金髪の少女は、闇夜に浮かび光る魔術通信テレフォンの素子へと即座に向き直り、小さく牙を剥いた。


「も、もっちー! 師匠かあさまに喋ったな!! あれは実は冗談だから言わないでってお願いしたのに――」


『えっ? な、何の話――? 私、何も言ってないはずだけど――』


 困惑したようなミズホの魔術通信テレフォン越しの返答を取り持つように、シエンは言葉を続けた。


「ヒトの話は最後まで聞きなさい。あなたの言いそうなことなんて大体わかるわ――おおかた、せっかく召喚した子たちに話を聞いてもらおうとして、自分の実力を盛ったとかそんなところでしょう?」


「うっ――、さすが師匠かあさま、全部お見通しってことか――。せっかく召喚できた神秘斬滅ルナイレイズの少女だもの、あたしのこと舐められて元の世界に戻られたら困るなって思ったから、つい――師匠かあさまを差し置いてレシノミヤで最も優秀だなんておこがましいにも程があるよね――」


「いいじゃない――それで」


 ナルの耳元で囁く、柔らかなシエンの声。


 金髪の少女は息を呑み、前へと突き出している自身の腕を、優しく撫でる師匠ははおやの指先を見つめた。


「――それって、どういう意味――」


「レシノミヤで最も優秀な魔術師って名乗ってもいいじゃない。レシノミヤ魔術顧問の私が認めるのだから間違いないわ。だって、あなたは立派に神秘斬滅ルナイレイズの少女を召喚してきてくれた。あなたはもう、今まで誰も成し得なかったことをやってのけているの。もっと自分に自信を持って。そして――」


 短く言葉を区切るシエン。ナルはちらと背後に寄り添う師匠ははおやの表情を伺う。


 肩越しに見たその瞳は冷たく、しかしその虹彩は燃えるように揺らめいて。


「しっかり、あなたの魔術チカラをブチかまして、あのサソリの男を倒しなさい。あなたの故郷を奪った奴を――あなたの両親を殺した仇を――あなた自身の手で、倒しなさい」


 シエンは言い聞かせるように呟くと、不意に唇を尖らせた。


「だいたいね――あのサソリ男、あなたという竜式魔術ルハモマギアの使い手がいるのをわかっていながら、あなたたちに『遠距離攻撃が無いのが弱点』だなんて言っていたのよ。いくら、あなたが人間だからって、戦力外だと認識しているのならあまりにも軽く見過ぎよ――師匠ははおやとして腹立たしいわ」


竜式魔術ルハモマニアって、シエンさんやナルさんが使っている魔術――でしたっけ?』


 魔術通信テレフォンを通じて、風を切る音とともに少女の声が訊いた。


 シエンは魔術顧問らしく、まるで教え子へ教え諭すように、教鞭を執るかのようにすらすらと諳んじる。


「ええ、そうよ。竜式魔術ルハモマギアっていうのはね、太古の昔に竜族ドラコルグスと呼ばれたいにしえの種族が人間に教え伝えた魔術なの。では――何故、彼らは人間にそれルマモマギアを伝えたのか。

 それは竜式魔術ルマモマギアが、古い術式ゆえに細かい制御アレンジが難しい分、簡潔シンプルで強力なものだったから。竜族ドラコルグスがそれを編み出した本来の目的は、詠唱を重ね掛けることよって、よりかつ効率的に世界への干渉を目指したものだから。

 つまり、身体の構造的に魔力の保有量が絶対的に少なく、瞬間的に強力な魔術を行使することができない人間という種族が唯一、時間をかけて詠唱を紡ぐことによって多大な影響チカラを行使することのできる術式だから――」


 高位魔術師はふぅとナルの耳元へと息を吹きかける。驚いて思わず首を竦める弟子むすめの様子に目を細め微笑みつつ、彼女は低い声で告げた。


「もっとリラックスなさい、ナル。あなたにはやるべきことが――」


 シエンが途中まで言いかけたその時、魔術通信テレフォンの向こう側のミズホの声が異常を伝えた。


『――お話中すみません! どうやら後方から敵襲みたいです――これは、サソリの人が乗っていた、でっかい砂のライオンみたいな奴ですね――さすがに敵もこれ以上は放っておいてはくれないみたいです』


 防御領域・逆禍スクトレアへの、これ以上の侵攻と無効化は看過できないということなのだろう。サイカスはミズホへの刺客として砂の魔獣マギアビーストである砂獅子サブルオンを送り込んでいるようだった。


「もっちー! 敵が来たって――大丈夫?!」


 不安げなナルの言葉に、ミズホ即座に答えた。


『大丈夫ですよ! バリアを断ち切る方を優先しますけど、もし追いつかれたら戦闘になると思うんで一旦、魔術通信テレフォン切りますね。それじゃ、ナルさんも頑張って――』


 ――さーて、ライオンさん、もし私の邪魔をするようならぶった斬っちゃうよ!


 魔術通信テレフォンは、少女の雄叫びを途中まで流し、そして途切れた。


 と同時に、何度目かの滅閃ラディウスが空を灼いた。街への侵食を防がれ、弾けバラバラになったその残滓は、街の周囲へと、まるで流星のように降り注いでいく。



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