形なき炎と鉄壁の装甲をもつ魔族【マギアイドラ】


「くっそ、不意打ちには不意打ちを……って思ったけど、全く効いてないなこりゃ」


 まったく効果の無かった自身の水魔術に、ナルは思わず舌打ちをした。


「あの身体……どう見ても鋼と炎の二重属性。炎に水は効いても硬い鋼に打ち消されちゃうし、とはいえ鋼の属性に有効な炎属性は、炎の属性を併せ持っているが故に無効化される」


「それなら、私が行きます」


 ミズホは剣を握り締めた手に力を込め、眼前に立ちはだかる鋼の怪物へと駆け出した。


「ちょっ……! 四天王を甘く見ちゃダメだ! 安易に近づいたら殺される!」


 しかし、ナルの叫びは、怪物の軋むような嗤い声にかき消された。


「グガガガガ……! 笑止……! ニンゲン人間ごときが我に立ち向かうなど、身の程知らずも甚だしき……!!」


 剣を携えて駆ける少女のツインテールが白色へと変化する。


 怪物ドミジウスは隙間だらけの身体から勢いよく水蒸気を吹き出すと、少女の胴体以上もあろうかという太く屈強な鋼鉄の腕を振り上げ、懐まで迫ったミズホの頭蓋を砕かんと振り下ろす。


 少女は素早く剣を振るう。その斬撃は肉眼では捉えられず、白い残像のみが怪物の腕に喰い込むような軌道を描いていた。


「ガ……ゴゴゴごッ!?」


 怪物は驚きの色を含んだ声を発した。


 怪物の腕の先端が宙を舞っていた。ドミジウスの握り締められた拳は、少女の剣によって【断ち切られていた】。


 撥ね飛ばされた怪物の左腕は放物線を描いて草原へと落ちる。鉄の塊を地面に叩きつけるようなドサッという音とともに、その周辺は小さな炎に包まれた。


「ガガガガグッ……?! 我の鋼の腕を……こうも簡単に切断するなど……ナニモノ何者だ……キサマ貴様?!」


「もう一撃っ!! これで決めるっ」


 ドミジウスの問いかけに応えること無く、ミズホは再び剣を振るう。


「ググルルルッ……!! 舐めるなッ……ニンゲン人間ッ!!」


 怪物は叫ぶ。と同時に、その身体の隙間からくまなく噴き出していた水蒸気が止まった。


 ドンッというにぶい音。


「げふっ……!?」


 少女の腹に靄のように白い何かが食い込んでいた。ミズホはその幼い顔立ちに似合わない、嘔吐くような呻き声を上げた。


 ドミジウスの腹の辺りにある隙間から、深く濃い水蒸気が勢いよく吹き出していた。それは拳のような形を作り、ドミジウスの首を刎ねようと懐に潜り込んだミズホの腹と顔とを殴打し、続いて吹き飛ばしていた。


「ガギギギギッ……【蒸気連撃弾ヴェイパーヴェルベラーリ】!! そのヤイバが、我が鋼鉄の腕を断つほどの斬れ味であるならば、そうわきまえた上で動けばいいだけのこと……受け止めようとしなければいいだけのこと……【先に叩きのめしてしまえばいいだけのこと】」


 ドミジウスの不意打ちによって全身を殴打して吹き飛ばされたミズホは、ショウマの目の前で倒れ横たわっていた。周囲の草むらには、彼女のものと思しき鮮血が夥しく飛び散っている。


 いかに【特殊な力】を持っていようとも、その身体は生の子供でただの人間。魔力を帯びて凝縮した蒸気の拳の連撃はひとたまりもなく、痙攣したようにビクビクとその小さな身体を震わせていた。


「き……君……?! だ、大丈夫!?」


 ショウマは仰向けのまま横たわっているミズホへと駆け寄った。少女の返事は無かった。痛みに悶える悲痛な呻きを溢れる血とともに草むらへと漏らすことしかできないでいた。


「もう! だから言ったじゃん!! 【グドリダ大地よりロディス突き上げろクルベルド鉄槌を】!!」


 ナルは早口で詠唱し、その掌を地面へ添える。するとそこを起点に地面が盛り上がり、地割れのように進んでいったかと思うと、ドミジウスの足元で弾けた。


 巨大な土の柱が地面から突き出し、ドミジウスの身体を貫かんと伸びていく。


「グガガガガ……属性の選択は悪くはないな……! だか、しかし……その魔術……圧倒的にヒリキ非力!!」


 ドミジウスは身を屈め、切断されていない方の腕で大地を殴りつけた。拳が突き上がってくる土の柱とぶつかる。ナルの放った土の槌の魔術は、呆気ないほど簡単に打ち砕かれて粉々になってしまっていた。


「だっ……ダメだ……四天王が相手じゃ、あたしの全力の魔力でも……傷ひとつ付けられない……」


 魔力を使い果たしたのか、ナルは脱力したようにその場へとへたりこんだ。


「グギギギギ……絶望するには……まだ早い……フンッ! 【蒸気連撃弾ヴェイパーヴェルベラーリ!!】」


「ガハッ……! あ……ああ……うぅ……」


 ナルはドミジウスの放った水蒸気の拳に腹を抉られるように殴打され、目を見開き、苦痛に顔を歪めて口から涎を垂らしながら、その場に蹲った。


「ハァ……ハァ……。ナル……さん……」


 ミズホは背中を震わせながら上体を起こした。白い肌や口元を真っ赤な鼻血が伝い滴り落ちる。それを気にも留めず、少女は側に落ちていた剣を拾い上げ、ゆっくりと立ち上がると、鋭い瞳で立ちはだかる炎に包まれた鋼の怪物を睨み付ける。


 再びドンッという音。


「カハッ……」


 ミズホは掠れた声とともに血の混じった涎を吐いた。その溝落ちには白い水蒸気の拳が食い込んでいた。少女は膝から崩れ落ち、苦しげに身を捩った。


「グガガガガ……ゆっくり寝ている暇はないぞニンゲン人間。我が鋼の身体、動きは遅くとも、それを補って余りある疾き蒸気の拳ヴェイパーヴェルベラーリがあるのだからな。所詮、キサマ貴様らでは、我ら魔族マギアイドラには勝てぬ」


 ドミジウスは嗤うようにその身体を軋ませ、ゆっくりと歩き出し、倒れて動けないでいる少女達へと迫ろうとしていた。


「では、愚かしきニンゲン人間……その弱く小さきカラダ身体、グチャグチャに潰して焼き溶かしてみるとするか……さて、どのような声で泣き喚くのか……その中身はどのような色をしているのか……その身を肉を灼くときの臭いはいかほどか……」


 ズン、ズン、と重い足音を軋ませながら、ドミウジスは一歩一歩確実に、少女達へと近づいていく。その拳は固く握り締められ、指の隙間から漏れ出る炎は、まるで少女達の血を求めているかのように揺らめいていた。


 倒れていたミズホは、ぜえぜえと苦しげに肩を揺らしながら顔を上げた。迫りくるドミウジスの姿を見やり、そしてショウマの方へと振り向く。


「ショウマさん……逃げて……ください……」


 幼い顔は鼻血と額から流れる鮮血に痛々しく染まり、その瞳には痛みからか涙が滲んでいる。草むらを掴む小さな掌は、不規則に小刻みに震えていた。

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