【絶対覇王】金色の瞳のアシャ
ショウマは立ち竦んだまま動けないでいた。その膝が、指先が、唇が――目前に迫った怪物への恐れによって、死の恐怖によって――際限なく震えていた。
「逃げろって――どうやって――それに――君たちを見捨てて――逃げるなんて――」
震えたまま、動けないまま、ショウマが独り言ちたその時。彼は頭の中で、自分ではない者の声が聞こえることに気付いた。
『貴様――このままでは死ぬぞ?』
頭の中の声は、ショウマにそう語りかけていた。
○●
目の前に迫った恐怖から逃避するかのように目を瞑り、ショウマは自身の頭の中から聞こえる声へと無言で問いかけた。
「君は――僕がこの世界に来る光の中で聞こえた声――?」
『そうだ。あの時、貴様は【俺】の【器】となった。【俺は貴様の中にいる】』
「僕の中に――君が?」
『順序を間違えるなよ【器】の分際で。【俺が貴様の中にいる】のであって、【貴様の中に俺がいる】というのは正確ではない。【俺が貴様を器として使ってやっているのだ】からな』
「う、うん……でも、どうして――?」
『貴様の手首と足首に枷が嵌められているだろう?』
ショウマは自身の四肢にある4つの魔枷の重みを感じながら頷く。
『それは【俺】を縛る魔枷だ。少しワケありでな、【俺】はその4つの魔枷によって封印されている』
「封印――?」
『そう、もうだいぶ昔になるだろうか……【俺】は封印された。永い年月で肉体は朽ち果て、記憶は磨耗したが、それでも尚、【俺が俺である】という意識と【俺を覇王たらしめた4つの力】は未だ存在し、忌々しい【
「その【
『肉体を喪い、意識と力だけになってもなお魔枷によって縛られたまま世界の狭間を漂っていた【俺】に、まず必要だったのは
【俺】の言葉を聞きながら、ショウマは手首足首の枷が重くなるような錯覚に囚われた。
「この枷が――僕ごと君とその力を縛り、封印している――」
ショウマは頭の中だけで呟く。頭の中に佇む【俺】はその呟きを鼻で笑うように小さく息を吐き、そして続けた。
『改めて問おう、我が【器】よ。貴様――死にたくはないのだろう?』
「僕は――」
突然、異界に飛ばされて、いきなり得体の知れない怪物に襲われて。わけのわからないうちに殺されて――それで自分の人生が終わりだなんて――そんなのありえない。
いくら元の世界でだって、楽しいことも、夢中になれることも、友達も、何もかもない自分だけれど、だからってこんなところで終わるのは――嫌だ。
そう。それは、わざわざ言葉に出して答えるまでもないことだった。
それでもショウマは虚ろな視界の中で顔を上げ、まるで目の前にいるかのように近くに感じる、頭の中から響く声である【俺】へ、はっきりと答えた。
「僕は死にたくない。あたりまえだ、死にたいわけなんかない!!」
『そうか――』
その言葉を予期していたかのような【俺】の息遣い。不意にショウマの脳裏をある想像が過ぎった。それは、口元を歪めるような笑みを浮かべる【俺】の姿。
ぐい、とショウマは何者かに両肩を掴まれたような感覚を覚えた。続いて、額のあたりに感じる強い圧力。まるで【俺】がショウマの両肩を掴み、その頭の中へと強引に入り込もうとしているかのような――。
そして【俺】の声が、耳元で囁く。
『ならば、貴様――【俺】に代われ』
声も上げることができず。動くこともできず。ショウマは自分の頭の中へ異物が入り込むような感覚を飲み下すことしかできないでいた。
垂れ流された泥のように、【俺】は額からショウマの中へと流れ込んできて、頭の中で否応無しに広がっていく。
やがて【俺】は、ショウマの意識を覆い、塗り潰していた。
○●
ショウマは静かに目を開いた。
しかし、見開かれた少年の眼は、既にショウマのものではなくなっていた。
「ショウマ――さん――?」
少年の近くで血塗れのまま横たわっていたミズホは、彼の顔を見て驚いたような声を出した。
「その瞳は――?!」
先程までショウマだった少年の、その瞳は、眩ささえ感じさせる金色を帯びていた。
ショウマの身体でありながら、その金色の彩そのものが別の意思をもって彼の身体を動かしているかのような、明らかに浮いた異物のような――しかし、妖しくも魅入られそうな瞳の色。
金の眼をした少年は、無表情かつ無言のまま周囲を一瞥した。
眼前に傷だらけで倒れている青い髪をした剣士の少女。少し離れた場所で苦しげに蹲っている魔術師の金髪の少女。
そして少女たちを踏み潰さんと迫りくる巨大な怪物。
ドスンドスンという重い足音と、ギシギシと金属が擦れるような耳障りな音とを響かせながら近づいてくる、炎に包まれた鋼鉄の巨体――【
「おい、小娘」
おもむろに金の眼をした少年は口を開いた。
「私――ですか?」
突然の少年の言葉に、小娘と呼ばれたことに、ミズホは困惑したような表情を浮かべた。
「他に誰がいる? お前のことだ小娘」
痛みを堪えるようにゆっくりと立ち上がり、ふらつくように肩で息をしながら、ミズホは金の眼をした少年の姿を訝しげに眺め、そして言った。
「もしかして、あなた――ショウマさんではないですね? 理由はわかりませんが、さっきまでとはまるで別人のよう―――いったい、何者ですか?」
「ほう――【俺】に気付くか、小娘。そうだな――うむ、思い出してきたぞ――ならば【俺】のことは、【アシャ】と呼ぶがよい。異界からの召喚者であるお前は知らぬだろうが、この地でその名を知らぬ者はおらぬ――【絶対覇王アシャ】とは【俺】のことだ」
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