神秘斬滅【ルナイレイズ】


 金髪の女の子は走りながら手を掲げた。


「【ギレ捉えよノヒプ縛れキュネレオス固定せよ】!」


 意味不明な言葉の羅列を金髪の女の子が諳んじる。すると青い髪の女の子を取り囲むように白い光の筋が現れた。


 その光の筋は翔真の周りにも現れていた。翔真は困惑してその光の筋を見つめ、そして触れようとすると――


 バチィ!!


「うわっ?! か、身体が――動かない!?」


 光の筋が輪ゴムのように勢いよく弾け、翔真の身体に纏わりつく。彼は再び体勢を崩してその場に倒れた。


 青い髪の女の子も、翔真と同様に光の筋に捕らわれ、拘束される――かと思われた。


 しかし彼女は落ち着き払っていた。腰に身につけていたキーホルダーのようなペーパーナイフのような剣の形をした小さなアクセサリを握り締め、そして光の筋を断ち切るかのように短く振るった。


 光の筋が断ち切られた。円の繋がりを断たれた光は、そのまま萎びたように消える。


 金髪の女の子は青い髪の女の子の様子を見て、興奮したような声を上げる。


「それだよっ! 【神秘斬滅ルナイレイズ】! 魔術を断ち切る力! あなたのその力が必要なの!」


 青い髪の女の子はうんざりしたように眉を潜め、そして翔真へと向き直った。


「大丈夫ですか? こんなことに巻き込んでしまってすみません――今、その拘束を断ち切りますので」


 そう言うと青い髪の女の子は手にしたペーパーナイフを薙ぎ、翔真を拘束していた光の筋を手際よく断ち切った。


 身体の自由を取り戻して、立ち上がった翔真が見上げた先には、金髪の女の子が不敵な笑みを浮かべて宙に浮かんでいた。そして彼女は再び諳んじた。


「隙ありっ! 【ズナ視えよレーン転異のベスモ導きの穴よ】!!」


 翔真と青い髪の女の子の足元に、光が水溜りのように広がっていく。


「ちょっ……しまった!」


 青い髪の女の子が焦ったように舌打ちをする。しかし、既に遅かった。

 

 金髪の女の子が宙を飛び、こちらへと飛んでくる。


 彼女は手を伸ばし、青い髪の女の子の肩を掴むと、ぐいと光の中へと押し込んだ。その拍子に翔真もまた同じように、光の中へと押し込まれてしまった。


「【バァル転送ミルーラ開始】!」


 翔真と青い髪の少女の二人を光の中へと押し込みながら、金髪の少女は叫ぶように詠唱する。


 翔真は足の裏から地面の感覚が無くなるのを感じた。

 

 いや、地面の感覚が無くなったのではなかった。


 そこからは間違いなく地面が無くなっており、代わりに【異界への穴】が空いていた。


 翔真と二人の女の子達は転がるように、異界へと【墜ちて】いった。



 ○●



 光の穴の中を墜ちて行く中で、翔真は声を聞いた。


 【それ】は、目の前にいるかのようだった。手を伸ばせばすぐに【それ】の身体に触れることができそうなくらい、すぐ近くに【それ】の気配を感じた。


 しかし、【それ】の声は頭の中から響いてきた。まるで、【それ】の口が、耳の奥の更に奥にあるかのような錯覚を、翔真は覚えた。


『貴様――別の世界の者か。なるほど、面白いな。名は?』


「天王寺――翔真――」


 おぼろげな意識の中で、翔真は答える。


『ふむ、ショウマか。よかろう。貴様は今から【俺】の器になることを許そう』


「君の――器――? どうして――僕が――」


 頭の中の声はフハハと笑う。


『貴様、この俺を【君】と呼んだな。身の程を知らぬとはこの事か。


 まあよい。理由を問うたな。何故、貴様なのか、と。


 答えは簡単だ。貴様は【この世界において何の役割もない】からだ。


 そこにいる金髪の魔術師は、異界のことを何も知らぬ貴様らを導く【役割】がある。


 そこにいる青髪の小娘は【神秘斬滅ルナイレイズ】の力を持ち、他の世界から召喚された救世主という【役割】がある。そして俺の――いや、それを語るのはまだ早いか。


 しかし貴様は、この世界において【何の力も無く】【何の役割も無い】。

 

 そしてそれは、【俺】にとってとても都合の良い、器となる条件なのだ。


 ふ、そう気負うな――【俺】が、貴様にこの世界での【力】と【役割】を与えてやろうというのだ――』


 そこでショウマの意識は途絶えた。


 ○●


「おーい! そちらのお方! いつまで寝てるんですかー?」


 混濁した意識の中で、ショウマは女の声を聞いた。

 続いて、頬を軽く叩かれる感触とパチパチという軽く乾いた音。


 ショウマは目を覚ました。ゆっくりと起き上がる彼の視界に飛び込んできたのは、透き通るような雲ひとつない青い空に地平線まで無限に続くかと思われる緑の草原だった。


 何処だ。此処は。

 さっきまで僕が歩いていた街並みは――?


「その様子、驚いて声がでないみたいだね」


 先程の女の声。ショウマが声の方を見やると、金髪を三編みにした魔術使いのような格好をした少女が、ニヤニヤしながら彼の方を眺めていた。


「君は――誰? それにここは何処?」


「あたしの名前はナル。王都レシノミヤの魔術使いの中でも攻撃魔術も支援魔術も最高クラスのレベル3に到達する最も優秀な魔術師。その恵まれたスリーサイズや容姿とあわせて街の人々は、あたしをこう呼ぶ――【レシノミヤに咲く奇跡の花】――と」


 うっとりとしたように金髪の魔術師――ナルと名乗った少女は自己紹介のようなものをする。


「はいはい。それはさっき聞きましたよ」


 呆れたような女の子供の声。ショウマが視線を動かすと、青い髪をツインテールにした少女が、草原から突き出た小さな岩に腰掛けながら、不機嫌そうに溜息をついていた。


「こんなことに巻き込んでしまって本当にすみません」


 青い髪の少女はショウマの方を見て、言った。


「私の名前は――ミズホといいます。名字は――忘れました」


「あはは、こっちの世界には【ミョウジ】なんて概念は無いからね」


 ナルが呑気に言う中で、ミズホと名乗った少女は露骨に眉を潜めると、腰につけていたアクセサリーのようなペーパーナイフを手に取り、スッと真横に薙いだ。


「はい、思い出しました。フルネームはツカモト・ミズホと言います」


「わお! 【神秘斬滅ルナイレイズ】の無駄遣い! 流石だわ……」


 ナルは大げさに声を上げる。


「別に減るもんじゃないですから……。【この世界には名字という概念が無い】なんてファンタジーがまかり通るのなら、そんなファンタジーな概念と私との繋がりを【断ち切って】しまえばいいだけの話です」


 ミズホはそっけなく言い、手にしたペーパーナイフを戻すとショウマの顔を覗き込んだ。


「お名前、お聞きしてもいいですか?」


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