神秘斬滅【ルナイレイズ】の少女 ~落ちこぼれな【僕】の封印を断ち切ったら、異世界最強覇王の【俺】が復活してしまった件について〜
月影 梨沙
第1話 覇王を縛りし枷と神秘斬滅の少女
その【俺】は僕であって【僕】でない僕
『貴様――このままでは死ぬぞ?』
僕の頭の中で声がした。
目の前に見えるのは、無限に続く草原とその中で異物のように放射状に広がっていく炎の筋。地面には灼け焦げた跡が爪痕のように刻まれており、頬と鼻を掠めるのは黒煙の混じった熱風。そして――。
炎の筋と黒煙に囲まれるように、二人の女の子が傷だらけの身体で倒れていた。
ひとりは背が高く金髪で、健康的な小麦色の肌をした少女。
法衣を纏い、杖を手にした姿は、まさにファンタジー物の映画かアニメかから、そのまま飛び出してきたかのような魔術師のそれのよう。
もうひとりは、小学生のように小柄な少女。
青い髪のツインテールに、その肌は雪のように透き通った白。金髪の少女とは違い普通の格好をしている中で、手にした中世ヨーロッパ風の剣だけが違和感の塊のように浮いている。
そして、女の子たちの倒れた先に見えるのは――巨大なヒトガタの怪物。
そう、3メートルはあろうかという人の形をした化け物。鉄屑を組み合わせたような歪ながらも硬そうな鋼の身体が、太く逞しい胴体や腕を形作り、歪ゆえに身体中に見られる隙間からは、もくもくと水蒸気とも煙ともつかない灰色の気体が排出されている。
まるで、蒸気機関車を人間のカタチに組み替えてしまったかのような、異形の怪物。
怪物はこちらへと歩いてくる。ズン、ズン、と重い身体を軋ませながら。一歩一歩、確実にこちらへと近づいてくる。
青い髪の女の子が苦しげに顔を上げる。怪物の姿を見やり、そして僕の方へと振り向く。
せっかくの可愛らしい顔が、鼻血に汚れていた。唇の端からは今もまだ血が流れ、その眼には痛みから涙が滲んでいた。
「ショウマさん……逃げて……」
女の子は僕の名前を呼び、少しずつ迫ってくる巨大な怪物から逃げるように言う。
しかし、僕は動けないでいた。恐怖で足が動かなかった。
魔術師の少女と、剣士の少女――僕よりも遥かに強かった2人が、為す術もなくやられてしまったこと。
ただ見ているだけの僕は、【何もできなかった】こと。
僕は目を瞑る。恐怖とショックから、焼き付いてしまったかのようにその足は動かない。
『貴様――死にたくはないのだろう?』
頭の中で声は問いかける。
無意識の内に、頭の中で、僕はその声に答えていた。
【僕】は死にたくない。
あたりまえだ、死にたいわけなんかない!
『そうか――ならば【俺】に代われ』
声は、そう言った。
【僕】の額のあたりを【誰か】が強く圧す。
そして、【誰か】が入ってくる。額をぐいぐいと圧して、そこから【僕】の中へと強引に入り込んでくる。止め処ない、まるで溢れて流れ込んでくる黒い泥のように。
次第に【僕】の意識は、【誰か】に塗り潰されていく。
まるで底無し沼のよう。抗えば抗うほど深みに嵌っていくかのように、闇に満ちた奥底へ沈んでいくかのように、【僕】の意識はゆっくりと薄れて、途絶えた。
【俺】は静かに眼を開いた。
目の前には傷だらけの小娘どもが無様に倒れている。
その奥にはウスノロな木偶の坊が一体、ギシギシと耳障りな音を響かせながら、俺へと歩み寄ってくるのが見えた。
「おい、小娘」
剣を手にした青い髪の小娘を呼ぶ。小娘は困惑したような表情を浮かべた。
「お前、【
困惑し訝しげに眉をひそめたまま、小娘はふらふらと立ち上がる。そして【俺】の顔を見て何かを呟いた。
その雪のように白く小さな顔を眺めつつ、俺は小娘へも同じ問いを投げかける。
「小娘、お前も――死にたくは無いのだろう?」
小娘は観念したように、こくりと頷く。静かに息を吐き、その小さな手に剣を握り締め、構えの姿勢をとる。
俺は右腕と、それを縛る枷とを小娘へと突き出した。さあ――断ち切れ、と。
素早く剣を振るう小娘。小柄で細いその身体から、閃刃が放たれる。
そして――俺の右腕を封じる忌々しき手枷は【断ち切られた】。
ウスノロな木偶の坊は眼前まで迫っていた。奴は木の幹より太い腕を振り上げ、俺へと振り下ろす。
俺は【右腕】でそれを受け止めた。そして、軽く押し返す。
ウスノロの身体が吹っ飛んだ。奴の唯一の自慢であっただろう太い腕は、呆気ないほど簡単に、粉々に砕け散っていた。
「ふ――ふははは! バラバラに砕けおったか。だが、それも当然。最強の覇王である俺に軽々しく触れるなど、万死に値するのだからな――!」
俺は嗤う。そして言い放った。
「我の力は解き放たれた。今宵は貴様ら下級の者どもに、俺の【覇王の力】見せてくれようぞ――!」
○●
――数時間前――
普通の高校生、天王寺翔真はトボトボと帰宅の途についていた。
「はぁ~……今日もツイてないよなぁ……」
宿題を忘れ、テスト結果も芳しくなく、それなりに事前準備していた社会科での発表もクラス全員を前にするとアガってしまいロクに喋ることができないまま終わってしまった。
項垂れたまま自席に戻る際に聞こえた、クラスの女子のクスクスという侮蔑を含んだ笑い声が、今でも背中にこびりついているような気がする。
そして更に悲しいのは、失敗した時の恥ずかしさや悔しさを愚痴ったりするような友人すら、彼にはいなかったことだった。
「はぁ~~……僕って……どうして、こうダメなんだろう」
彼は今日12回めにもなるだろう溜息をついた。
その時だった。
「ちょっと! 待ってよ! あたしの話を・聞・い・て・!」
女の大声が聞こえた。
翔真は驚いて振り返ると、二人の女の子がこちらへと走ってくるのが見えた。
ひとりは青い髪をツインテールにし、透き通る雪のような白い肌をもつ小学生くらいの小柄な少女。彼女は困ったような顔をして、もうひとりの女の子から逃げるように走っていた。
「だ・か・ら! ちょっと待ってってば!」
先程聞こえた女の声。
もうひとりの女の子が大声を出しながら、青い髪の女の子を追いかけている。
翔真とさほど変わらないだろう身長は、女の子としては背の高い部類になるだろう。逃げる少女とは対象的な健康的な小麦色の肌に、金色の髪を三編みにしている。
そして彼女は現代日本ではありえない格好をしていた。ファンタジー映画の世界で魔法使いか魔女か何かが着ているような法衣のようなものを身につけていた。
「コッ……コスプレ?!」
翔真は思わず口走った。
その瞬間、彼は腹に衝撃を感じた。
ドンッ!
青い髪の女の子が全身から翔真へとぶつかった。恐らく逃げるのに夢中で、前がよく見えていなかったのかもしれない。
「うわっ?! ご、ごめんなさい!!」
青い髪の女の子が謝ると同時に、翔真は体勢を崩して尻もちをつく。女の子はくるりと空中で一回転し、体操選手かと見紛うほどの見事な着地を見せた。
金髪の女の子が追いかけながら言葉を放つ。
「ほーら、逃げるからそうなるんだよ! おとなしくあたしに力を貸して!」
「お断りします! 何が悲しくて【異世界】なんかに行かないといけないんですか!!」
「あなたの力が必要だから! 【
「だからって、私をいきなり異世界に召喚しようだなんてメチャクチャです! 私にはこっちの世界での生活や友達や、やらなきゃいけないことがあるんですよ。本人の同意もなく見ず知らずの世界に連れて行って、何かをさせようだなんて――急すぎて、いきなりすぎて、二つ返事で『はい』なんていうようなやつなんていませんってば!」
「往生際の悪い子だね……!」
「いやいや! どっちがですか! その言葉、そっくりそのままブーメランにしてお返ししますよ」
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