第51話 夏と巫女とおみくじ ③


 デート当日の金曜日――。

 舞は神代神社の賽銭箱の前にて柏手を打ったのちに手を合わせる。

 

 どうか今日のデートが上手くいきますように! あと、告白も……


 心の中でそう念じながら、舞はぎゅっと目を閉じて神頼みを。

 

「……よし!」


 気合いは十分、とそう意気込んで境内を後にしようとするところへ祖父が社務所から出て来た。


「おお、舞。朝早くから参拝とは感心じゃな。どこか行くのか?」

「あ、じーちゃん。あたしこれから友だちの家で勉強会するの」

「気をつけてな。あまり遅くなるんじゃないぞ」

「う、うん……」


 嘘をつく後ろめたさにちくりと心に痛みを感じつつ、「それじゃ行ってくるね!」と手を振りながら、神社を出ると駅へと向かった。


 †††


 池袋駅。中央改札口の前の柱にもたれるようにして、舞は改札から利用客が出るたびに顔をそちらのほうへと向ける。

 彼の姿を探すが、まだ来てないようだ。

 腕時計を見ると待ち合わせ時間までまだ少し時間があることを確認して、ふぅと溜息をひとつ。

 待ち合わせ時間より早く来てしまう性分に自分でも几帳面な性格だなと思う。

 もちろん、それが彼女の良いところでもあるのだが。

 あらためて自分の服装を見る。

 半袖の白いブラウスにジーンズといった無難な服装だ。

 友人のアドバイスどおり目いっぱいオシャレしてきたつもりなのだが、はたしてこれでいいのかどうか……

 その時だった。スマホから着信音が鳴ったのは。

 トートバッグから取りだして画面を見ると友人の加奈からだった。


「おす。デート当日だけど、水族館は最後にまわしてまずは映画館行くのがベストだよ」


 下にスクロールしていくともう一件のメッセージが。


「これ、あたし的にオススメのやつね」


 加奈が勧めたのは話題になっている映画のURLだ。


「ありがと。加奈」とメッセージを送るとすぐに返信がきた。


「いいってことよ」


 その下にアニメキャラのサムズアップのスタンプ。

 舞がくすっと微笑むと、いきなり声をかけられた。


「ねぇ、キミかわいいね。ヒマなら俺と遊ばない?」


 そうお決まりのナンパ文句を口にするのは見るからにチャラい服装をした男だ。


「結構です。人を待っているんで」

「そんなつれないこと言わないでさぁ。ていうか、怒った顔もかわうぃーねー」

「いいかげんにしてください!」


 だが、諦めの悪いナンパ男はさらにしつこく迫ろうとする。


「神代さん!」

 

 聞き覚えのある声に舞ははっとして振り向く。

 安藤だ。


「アンジロー!」

「すみません! 待ちました?」


 改札口を出て彼女のもとへと向かう。


「ううん、いま来たとこ」

「なんだ、彼氏持ちかよ」

 

 舌打ちをひとつくれるとナンパ男はすごすごとその場を去る。


「あの、なにかあったんですか?」

「んーん、あの男がしつこくナンパしてきただけ。それより」


 映画館に行こ? と出口を指さす。


「映画っすか。いいですよ。ちなみになんの映画を観るんですか?」

「あたしの友だちが勧めてくれたのがあるの」


 安藤と並んで歩きながら、舞はどくどくと心臓の高鳴りを感じていた。


 彼氏持ちって……いまのあたしたち、恋人同士にみえるのかな……?


 †††


「誤解だ! そんなつもりじゃなかったんだ!」

「私に言わせれば、あなたはただの臆病者よ!」


 そう言って女は脇目も振らずに部屋を出る。後に残されたのは男ひとりだけだ。

 スクリーンに映し出された男女の恋愛劇に観客は固唾を飲んで見守る。

 舞もそのひとりだ。

 手すりの穴に差し込んだポップコーンをつまんで口に運び、もむもむと咀嚼そしゃくした後にごくりと飲み込む。

 そしてちらりと隣の座席に座る男――安藤を見やる。彼の横顔は真剣にスクリーンを見つめている。

 視線を彼の顔からゆっくりと座席の手すりへと。


 ごくり、と唾を飲む音。


 ほんの小さいけれども、彼に聞こえなかったろうかと不安になるくらいの音。

 すっと左手を動かす。彼の視線に入らないようにゆっくりと。

 

 こういうのは男が先に握るものだけど、今回はいいよね……?


 すぅっと安藤の手の甲に自らの手を重ねようと――――

 

 安藤の手が動いたので舞は思わず引っ込めた。どうやらポップコーンを取ろうとしたらしい。


 ……ッ!


 安藤がもむもむと咀嚼するなか、舞は顔を赤らめる。




④に続く。

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