第51話 夏と巫女とおみくじ ①


「ただいま」


 玄関で靴を脱ぎながら安藤はそう帰宅を告げ、洗面所へ向かうとそこでうがいと手洗いを。

 横から母がひょこっと顔をのぞかせる。


「おかえり。せっかくだからそのままお風呂入っちゃいなさい」

「わかった」


 †††


「ふぅ……」

 

 体を洗い終え、湯船に浸かった安藤はひと息つく。


 たまには息抜きも大事だよ、か……。


 浴槽のふちに頭を預け、ぼんやりと天井を眺めながらふと、舞に言われたことを思い出す。

 確かにここのところ、毎日勉強漬けの日々だ。たまには良いのかもしれない。


「……フランチェスカさんなら、どう言うかな?」

 

 いつものように聖書の一節を引用して都合よく解釈したりするんだろうなと、そんなことを考えてふふっと笑い、お転婆で無邪気な見習いシスターの顔を頭に浮かべる。

 

 いま、どうしてるのかな……?

 

 ぼうっとしばし湯船に浸かり、これ以上は逆上のぼせそうになるので、風呂から上がった。


「長風呂だったわね。ご飯出来てるわよ」


 パジャマに着替え、脱衣所から出た安藤に母がそう言う。

 食卓につき、「いただきます」と言ってから夕食に箸をつける。


「そういや、次郎。受験勉強はどうなんだ?」

「うん……まあまあかな」

「お父さん、あんまりプレッシャーかけないで」

「そうか? まあしっかりやれよ」

「うん……」

「もう……あ、そろそろ番組が始まる時間だわ」


 母がテレビのリモコンを操作してチャンネルを変え、画面に番組のオープニングがテーマソングとともに流れてきた。

 

「この番組、面白いのよねー」


 母が好きだと言うその番組は海外から日本にやってきた観光客になぜ日本に来たのかをインタビューするものだ。

 実際、成田空港で番組スタッフが各国からの観光客にマイクを向けている。

 種々雑多な観光客の来日目的は実に千差万別で、単なる観光目的のひともいれば、留学、恋人や家族に会うため、なかには世界大会に参加する団体もいた。


「ホントに色んなところから来てるわねー」

「そうだね」

 

 適当に相槌を打った安藤が茶碗を片手におかずをつまんで口に入れ、飲み込もうとしたとき――

 

「ちょっと! 次郎!」


 母がいきなり大声を上げたので、喉に詰まらせた。


「な、なに?」


 どんどんと胸を叩きながら母を見ると、テレビを指さしていたので、そのほうを見る。

 画面に映っていたのは――――


「この子、フランチェスカちゃんでしょ?」


 スタッフからマイクを向けられたその少女は修道服スカプラリオに身を包み、頭にヴェールを被った彼女は間違いなくフランチェスカだ。

 それを証明するかのように『フランチェスカ(18)』と画面左下にテロップとスペインの国旗が表示された。


 そういえば、前に電話で空港でインタビュー受けてるって言ってたっけ……。


 画面の中の見習いシスターはスタッフからの質問に笑顔で答えていく。


『シスターでも旅行したりするんですね?』

『まぁね。“疲れた者、重荷を負う者は、だれでもわたしのもとに来なさい。休ませてあげよう”(マタイ伝第11章28節)と聖書にもあるとおり、人間休みは必要よ』

『なるほど』


 「フランチェスカちゃんらしいわねぇ」と母。

 途端、着信音が鳴った。フランチェスカのだ。

 彼女が断ってから電話に出る。安藤が自分からかけたものだ。

 通話しているあいだもカメラは回っている。インタビュアーの「お友だちですか?」という問いに彼女は満面の笑顔で答えた。


『うん!』

 

 インタビューはここで終わりなのか、画面が切り替わった。


「フランチェスカちゃん、今ごろどうしてるのかしらね?」

「次郎、お前フランチェスカさんとやり取りしているんだろ? 彼女からなにか連絡は来てないのか?」

「メッセージは送ってるんだけど、既読がつかなくて……」

「そうなの……でもあまり思い詰めないほうがいいわよ」

「うん……」

 

 ごちそうさまと食器を下げ、洗面所に行って歯を磨いたあとは自分の部屋へと。

 ベッドの上で大の字になってぼんやりと天井を見つめ、次にごろりと横になった。

 ポケットからスマホを取りだしてアプリを開き、メッセージを確認する。

 クラスメートから他愛のないのが二件ほど。

 リターンキーで戻ると、下にスクロールしてチャットグループをタッチ。

 安藤とフランチェスカと舞のグループチャットだが、相変わらずフランチェスカからのメッセージはない。

 こちらから送ったメッセージも一件の既読が付いているのみだ。

 上にスクロールしていって目当ての動画を見つけると再生を押す。

 もう何度も観ているが、いまだに心のなかのもやもやとしたものは晴れない。

 鐘の音が鳴り終わり、画面の奥の彼女が別れを告げてスマホに手を伸ばしたところで切れる。

 ホームボタンを押すと安藤はふたたび仰向けになった。


「なんか、疲れたな……」

 

 そうぽつりと呟く。

 ふと、テレビで彼女の言った言葉が思い出される。


「人間休みは必要、か……」


 確かにその通りなのかもしれない。今日図書館で会った舞にも根詰めてたら逆効果だとも言われている。


 一日くらいならいいかな……。


 スマホを開いてアプリを開く。そしてメッセージを入力して送信をタッチ。


 たまには息抜きもいいか。


 

 それから三十分後。神代神社、社務所兼自宅。

 風呂から上がった舞は部屋に戻ると、机の上のスマホが着信を告げるランプが点灯しているそれを手に取った。

 アプリを開くと安藤からメッセージが一件届いている。


『金曜日空いているので大丈夫です。どこか遊びに行くんですか?』

 

 予想しなかった展開に巫女は思わずガッツポーズを取った。




 

②に続く。

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