第50話 図書館にて


「アンジロー?」

 

 自分を呼ぶ声に安藤は見上げる。

 その名前で呼ぶのはフランチェスカ以外にもうひとり――舞が立っていた。

 

「ひさしぶり……」

「ひさしぶりっすね。神代さん」

「ね、ここいい?」


 安藤の向かいに位置する椅子を指さす。

 安藤から「どうぞ」と勧められた巫女は腰かける。


「えっと……夏季講習以来……かな?」

「そうすね。夏祭りのあとですから……」


 むろん安藤とはラインでやり取りはしているが、実際に会うのはひさしぶりだ。


「そういえば、前にもここで会ったよね」

「あの時はフランチェスカさん、メキシコに行ってましたもんね」


 それもマザーに黙って行ってましたしねとはははと笑う。

 舞は安藤の手元で広げられた地図を見る。


「それ、もしかしてスペインの?」

「あ、はい。フランチェスカさんの生まれたところを見てたんですよ」

 

 そう言ってバスク地方の地図を見せる。


「へぇ……ちなみにどこなの?」

「それがよく知らないんですよ。たぶんこのあたりじゃないかなーと」

 

 安藤が適当な場所を指さす。


「あの子のことを考えるのもいいけど、勉強しないと、ね」


 トートバッグからノートと筆記用具を取りだして机に並べる。


「今のあたしたちは受験控えてるんだし……」

「あ、そうすね……」


 舞が勉強を始めるのと同時に安藤はガイドブックを閉じる。


 ――――一時間後。


「んーっ」


 レポートを書き終えた安藤と、勉強が一段落した舞がほぼ同時に両腕をあげて伸びをしたので、ぷっと吹き出す。

 利用者の読書の邪魔にならないよう、小さくあははと笑う。

 ふぅっとひと息ついてから舞が安藤を見る。

 笑ったせいか、緊張がほぐれてきたようだ。


 ――――だからだろうか。心のうちが口をついて出たのは。

 

「ね、アンジローはこれからの予定ってなにかあるの?」

「んーと、特にはないですね……調理師専門学校の試験で作文や小論文を書く練習したりとか、それぐらいかな」

「へぇ……」

 

 頬に手を当てながらも視線は安藤に注がれたまま、舞はさらに続ける。


「じゃあさ、空いている日というか……都合のいい日ってある?」

「え、でも神代さん受験控えてるんじゃ……」

「たまには息抜きも大事だよ。こん詰めてたら逆効果だって言うし」

 

 ちなみにあたしは金曜日がいいなとさりげなく提案を。


「アンジローはいつがいい?」

「えっと……今すぐには、ムリかな……」


 少し顔を背けて頬をぽりぽりと掻く。


「あ、そう……ごめん。変なこときいて……」

「あ、いや気にしないでください」

 

 安藤が手を振りながら言う。舞は彼のこういう優しいところが好きだと改めて思った。


「それじゃレポート書き終えたんで、先に帰りますね」

「う、うん……」

 

 トントンと用紙を揃えてバッグにしまうと、椅子から立ち上がる。


「じゃ、勉強がんばってくださいね」

「ありがと。アンジローも試験がんばってね」


 手を振りながら舞は安藤の姿が見えなくなるまで見送り、そして机に突っ伏す。


「なにやってんのよ。あたし……」


 そう呟く巫女の耳たぶは真っ赤に染まっていた。



次話に続く。

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