第49話 彼の事情、彼女の事情 後編
「あつい……」
神代神社の社務所兼自宅の自室にて、舞はそう呟く。
世間はもう夏休みだ。だが高校三年生の舞は受験生として勉学に励まないといけない時期でもある。
「なんでこういうときにエアコン壊れるかなぁ……」
さっきから何度も試しているリモコンをぽいっと放りだして机に突っ伏す。
せめて少しでも涼しくしようと窓を開ける。そよ風が吹いているだけだが、ないよりはマシだ。
「ていうか、この課題多すぎない?」
ただでさえ受験勉強で忙しいのに、さらに学校から夏休みの課題もこなさないといけない状況に舞は
しかたないとばかりに溜息をつくと、机に置いたスマホが鳴った。
画面を見ると同級生からの電話だ。
「もしもし?」
「あ、まい。あたしたちさ、いまからみんなでウォーターパークに行くんだけど、まいも来る?」
どうやらオープンしたばかりのプールのアミューズメント施設のお誘いだ。
以前、安藤をデートに誘った場所なのでよく知っている。この猛暑のなか、行きたいのはやまやまなのだが……。
「ごめん、あたし受験勉強と夏休みの課題で忙しいから……というか、そこ前行ったし」
「あ、そうなんだ。じゃ勉強がんばってねー」
はいはいと通話を切る。
とすんとベッドに腰かけ、そのままぱたりと倒れる。
「いいなぁ……推薦で入学出来るひとは」
それに比べてあたしは……。
ごろりと横になってスマホのアプリを開き、そこからグループチャットを開く。
フランチェスカと安藤と舞のグループだが、依然として彼女からは動画メッセージ以来、なんの便りもない。
こちらからメッセージを送っても一件の既読が付くのみ――むろん安藤のだ。
動画をタッチして再生する。
スペインの、彼女の家の部屋で撮られたメッセージを舞は横たわったまま見つめる。
やがて動画から近くの教会と思しき鐘の音が流れてきた。
「諸行無常の響きあり、か……」
平家物語の冒頭――――永久不変のものはこの世にはないことを意味する一節をぽつりと呟く。
三分弱の動画は彼女の別れの言葉で締めくくられ、舞はホームボタンを押した。
「そんなにシスターになるのが嫌なら、はやく日本に帰ってきなさいよ……」
横になったまま両膝を抱えてうずくまる。
最後に彼女に会ったとき、彼女の放った言葉に思わずかっとなって平手打ちし、さらに二度と日本に帰ってくるなと言ってしまった自分を呪いたくなる。
ぎゅっと目を閉じたかと思えば、次の瞬間にはがばりと身を起こす。
「あーもうやめやめ! 辛気くさいのはあたしの性分じゃないし!」
ベッドから降りて壁に掛けられたトートバッグを取ると、そこへ教科書とノート、筆記用具を放り込む。
そして部屋を出、玄関で靴を履くと外へ出た。
「じーちゃん、あたし図書館に行ってくるね!」
境内で掃き掃除をしていた神主である祖父へそう声をかける。
「おーう、気をつけてな」
「わかってる!」
手を振って神社の外へと出る孫娘の背中を祖父は「勉強熱心じゃな。感心感心」とうんうんと頷きながら見送る。
†††
神社から図書館までは歩いて十五分ほどだ。
館内に入った舞をクーラーの心地良い冷気が出迎える。
今回は涼しい環境で勉強をしに来ただけなので、本棚には目もくれずに閲覧席のテーブルへと一直線に向かう。
この時間帯は席が埋まることが多い。はたして予想通りテーブルには利用者で埋まっていた。
どこか空いている席はないものかときょろきょろと辺りを見回す。
するとあった。奥のほうにひとつだけ。向かいにはすでに利用者がいる。
舞は早足でそこへ向かう。
近くまで来ると、利用者の顔がはっきりと見えてきた。
手元には外国のガイドブックであろう地図を広げている。
舞はそのよく知る人物に声をかけ――――
「アンジロー?」
舞の声に反応した安藤は顔を上げた。
次話に続く。
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