第48話 Carta de video ~ビデオレター~


 ――――日本、東京。

 時刻は午後3時20分。

 スペインと日本の時差はおよそ8時間だ。フランチェスカからのメッセージが届いたのはその時刻である。

 スマホから着信音が鳴り、自宅の自室にいた安藤はスマホを手に取る。

 アプリを開くと安藤、フランチェスカ、舞の三人のグループチャットに一件のメッセージが――正確には動画が届いていた。

 再生をタッチすると、同時に画面の中のフランチェスカが動きはじめる。

 机に置いたスマホの位置を調節しているところらしい。

 背景からして彼女の部屋だろう。窓からほんのわずかではあるが、教会の尖塔らしきものが見える。

 やっとちょうど良い位置に置けたのか、彼女がスマホから手を離す。

 そしてこほんと咳をひとつ。どことなく緊張した面持ちだ。

 そう思っているとフランチェスカが話し始めた。


 「ハーイ、アンジロー、まいまい。ちゃんと映ってるかな? あたし今、スペインの実家にいるの」


 流暢な日本語の懐かしい声がスマホを通して聞こえてくる。


 「えっとね、ビデオレターって言うのかな? この動画を撮ったのはふたりにお別れが言いたくて……ほら、時間なかったからちゃんと言えなかったじゃない?」

 

 目元に手をやり、涙をぬぐってからふたたび話し始める。


 「あたしね、ホントにアンジローとまいまいに会えてよかったと思ってる。出来れば、ずっと日本にいたいくらい……って、出来るワケないよね」


 シスターになるんだし……と俯く。


 「でも、しょうがないの。先祖代々続いていることだから……誓願式を終えたら、シスターとして暮らさないといけないから……もちろん、ゲームやマンガも禁止。あと、このスマホも没収されちゃうから、ふたりに動画でお別れしたくて……」


 顔をあげ、スマホに向きなおる。


 「アンジロー、一緒に色んなところに行ったり、遊んだりしたよね? まいまいとは一緒に京都や大阪にも行って……あと、誕生日祝いでバースデーケーキ作ってくれたの、すごく嬉しかった……あと夏祭りも」


 記憶に思いを馳せているのか、彼女の口元がわずかに微笑む。


 「ふたりと遊んだ思い出、絶対忘れないよ」


 途端、堰を切ったように涙がぽろぽろと溢れ出た。


 「あたし、ホントは日本に帰りたい。アンジローと、まいまいのいるところに帰りたいよ……」


 手を口元に当てて、嗚咽をなんとか堪えようとするが、スマホはそんな彼女の悲痛な声も録音していく。

 その時、鐘の音が鳴ったので、彼女が窓のほうを見た。近くの教会からだろう。

 鐘の音が鳴り止むのを待ってからスマホに向きなおる。

 

 「もうすぐパパが来るから、動画切るね。アンジロー、まいまい、好きだよ。それじゃ」

 

 またねと言いかけて言葉を飲み込む。


 「いつか、また会えたら、その時はまた遊びたいな……」


 ノックの音がしたので、フランチェスカがドアのほうを向く。


 「ごめん。もう来ちゃったみたい。ふたりとも、元気でね……アンジロー、まいまい……あ、今のはべつに英語のバイバイとかけたわけじゃないからね」

 

 涙を流しながらもにこりと微笑み、スマホに手が伸びたかと思うと、動画が止まった。


 安藤がリターンキーを押して戻ると、動画に二件の既読が付いていた。舞もこの動画を観たのだろう。

 しばらく画面を見つめてから、安藤はスマホをポケットにしまった。

 

 一方、神代神社の社務所兼自宅では、これまた自室で舞がスマホの画面を見つめたままだ。

 ホームボタンを押してベッドに腰かける。


 「……最後くらい、『まい』って言いなさいよ。あたしの友だちはみんなそう呼ぶのに……バカ」

 

 

 ――スペイン、バスク。


 動画を撮り終えたフランチェスカはスマホのホームボタンを押し、次に電源を切ってから目の前に立つ男――父、アルフォンソに手渡す。

 彼女と安藤と舞をつなぐ唯一の通信手段は父の修道服のポケットへと消えていった。

 父が頷き、くるりと踵を返してぱたりとドアが閉まる。

 部屋でひとりになった見習いシスターは机から離れ、ぼすんとベッドに倒れ込む。

 そしてシーツの上で所構わずに嗚咽を漏らした。




次話に続く。

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