第45話 それぞれの想い


 その夜――。

 安藤家の食卓にて安藤は両親とともに夕食を囲んでいた。

 今夜は好物の唐揚げだが、さっきから箸が進んでいない。

 母が「どうしたの? 味付け薄かった?」と聞くも上の空だ。


 「いったいどうしたのよ? 今日はあんたの好物なのに」

 「今日、学校から電話かかってきたぞ。お前、途中で早退したんだってな。どこか具合でも悪いのか?」

 「別に、そういうことじゃ……」


 唐揚げをつまむが、口に入れる直前で止めた。そして箸をことりと置く。


 「ごめん。やっぱり具合悪いかも……部屋で横になってくる」


 ごちそうさまと言い残して階段を上り、自分の部屋へと入る。

 左側にあるベッドへ腰かけ、スマホを取りだす。アプリを開いてみるが、やはり彼女からはなんのメッセージもない。

 ただ、桧山と高木からの「大丈夫か?」というメッセージのみ。

 心配してくれたクラスメートに返信し、アプリを閉じるとそのまま横になった。

 成田空港から家まで帰ったときのことはよく覚えていない。

 脳裏に航空カウンターにて言われた言葉が今でも焼き付いている。


 『ご友人のフランチェスカ様はすでに出発されています。午後3時の便に搭乗されました』


 彼女は確かに午後4時だと言ったのだ。だが、実際はそんな便は存在せず、それより早い飛行機に乗って彼女は日本を去ったのだ。

 ぎゅっと目をつむる。

 途端、スマホが振動したのではっと目を覚ます。

 もしや彼女からなにかメールが来たかと思ったが、舞からだった。

 考えてみればフランチェスカはまだ飛行機に乗っているのだから、彼女からメールが来ようはずもない。

 アプリを開いてタッチ。

 

 「こんばんは。大丈夫? フランチェスカに会った?」

 

 少し考えてからトントンと入力。


 「実は空港に行ったんですが、間に合わなかったみたいで」

 

 送信。すぐに既読がついた。


 「そうなの?」

 「はい。フランチェスカさんが言ってた時間とは違う飛行機に乗ったみたいで」

 

 これもすぐに既読がついたが、返信はすこししてから来た。


 「そっか」

 

 割とあっさりとした返信だなと思っているとさらに返信。


 「彼女、もう日本に戻らないのかな?」


 短い文章だが、それは安藤の胸をきゅっと締めつけるには充分で、「たぶん」と打つのが精一杯だった。

 時間にして三分くらい経ってから返事が。


 「彼女、今朝あたしのところに来たの。お別れの挨拶ってことで。そうそうお兄さんも来てたよ」

 

 お兄さん……ああ、たしかフリアンという名前の。

 

 メッセージが届いたのでふたたびスマホに目をやる。


 「実はあたしさ、あの子にひどいこと言っちゃったんだ……そんなつもりなかったんだけど」

 

 なにがあったのか聞いてみようと思ったが、触れないほうがいいのか迷っていると、またメッセージが来た。


 「本当はあの子のほうがつらいもんね。生まれた時からシスターになるべく育てられたんだし」

 

 そうだと思う。自分のやりたいことが自由に出来ないことほどつらいものはない。

 昨夜、公園で会ったときのことが思い起こされる。


 「あたし、普通の家庭に生まれたかったな……」


 かのフランシスコ・ザビエルの末裔である見習いシスターはそう言った。

 そして彼女はこうも言った。


 「あたし、どうすればいいのかな……」

 

 今思えば、あの時無理にでも引き留めるべきだったのだと思う。

 だが、彼女はすでに空の上だ。そして遥かなまだ見ぬ国、スペインへと――。

 

 「残念ですけど、俺たちにはどうにもならないですよね」


 やや間があってからの返信。


 「うん、そうだよね……」


 心なしかメッセージから舞の悲しそうな表情が読み取れたような気がした。

 ふと思いついて動画サイトを開いてURLをコピーして貼り付けて送信する。

 

 「クラスメートが作ったこないだの夏祭りの動画です。よかったらどうぞ」

 「あーあのビデオ小僧の? オッケー見てみる!」


 サムズアップするキャラのスタンプのあとにメッセージ。


 「やり取りしてくれてありがと! そろそろ勉強に戻らないとじーちゃんがうるさいし」


 またねのスタンプが押され、それきりとなった。

 ホームボタンを押してスマホを傍らに置くと、仰向けに。

 ぼんやりと天井を眺めたのちに風呂に入るべく、起きあがって部屋を出た。


 †††


 神代神社。社務所兼自宅の自室にて、安藤とのやり取りを終えた舞はスマホを置いて勉強に取りかかる。

 机には大学受験に向けた参考書とノートが開かれ、舞は問題集と格闘の真っ最中であった。


 「ええと、xイコール……」


 ノートに数式をつらつらと書き連ね、なんとか解答まで導こうとするが、途中で挫折した。


 「ああもう! 外国語の学校受けるのに、なんで数学が科目にあるわけ!?」

 

 そのままノートの上で突っ伏す。


 はぁ……こんなんでホントに大学受かるのかな……? 数学はおろか、英語もそこまで得意じゃないのに……。


 はぁーと深い溜息をひとつ。

 ちらりとスマホを見る。


 そういえば、こないだの夏祭りの動画送ってくれたっけ……。


 スマホを手に取り、送られたURLをタッチして開き、再生をクリック。


 息抜きしたってバチは当たらないもんね。


 再生された動画ではフランチェスカとの対決が繰り広げられ、安藤のクラスメートが編集したテロップと効果音にあはっと笑う。


 なんだかんだで楽しかったな……。


 ふと五月のゴールデンウィークにふたりで京都に行ったときの記憶が思い起こされる。

 外国人観光客に数ヶ国語で対応するフランチェスカの姿を見て、心底羨ましいと思ったものだ。

 それに比べて自分は……


 動画を止めて、ホームボタンを押し、アルバムのアプリを開く。

 下にスクロールしていくと、目当ての画像はすぐ見つかった。もっともそんなに撮ってないので数は少ないが。

 舞妓姿のフランチェスカと一緒に撮った画像をぼんやりと眺める。

 

 「こんなことなら、もっと仲良くすればよかったな……」


 そうすれば英語力もアップしてたかもしれないのに……。


 「なにを遊んどるんじゃ!」


 ふぅと溜息をつく舞の頭にいきなり拳骨が振り下ろされた。

 

 「いったぁ! ちょっとじーちゃん、遊んでたわけじゃないんだけど!」


 ひりひり痛む頭を押さえながら振り向くとそこには祖父が。


 「たわけ! 受験勉強の身じゃろが!」


 前言撤回。やっぱりあんまり仲良くしないほうがよかったかもしれない。




 ――――フランチェスカから安藤と舞のふたりにメッセージが送られてきたのはそれから二日後のことだった。



次話に続く。

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