第44話 Where have all the flowers gone?⑦
特急電車の座席に腰かけた安藤はスマホを取りだし、乗り換え案内のアプリを開く。それによれば成田空港までは一時間ほどで着くとある。
仮に予定通りに到着しても、彼女が税関を通過していたらそれ以上は追えない。
スマホをじっと眺めたのちに動画サイトを開く。
桧山の編集した動画が見たくなったのだ。だが、タイトルも桧山のユーチューバーとしての名前も知らない。
少し考えてから「夏祭り」で検索したが、目当ての動画はヒットしなかった。
試しに「シスター」、「巫女」を追加して再度検索してみると一番上に表示されたのでそれを開いてみる。
フランチェスカと舞のふたりの対決が金魚すくいから始まってテロップや軽快な音楽とともに繰り広げられた。
途中で起きたハプニングもうまく編集されており、安藤はくすっと笑う。
そういえば彼女と初めて会ったのは去年の8月だったっけと思い出す。
会ってから一年になるが、本当にこの一年はとても濃いものだったと思う。良くも悪くも、だ。
動画はついに射的対決まできた。結果としては引き分けになったわけだが……。
動画はそこで終了し、チャンネル登録お願いしますの一言で締めくくられる。
このあと肝試しして、花火大会に行ったな……。
着物姿のフランチェスカが脳裏をよぎる。
なぜ、あの時にもう一度言いたかったことをはっきり言わなかったのかと悔やむ。
人生は一度きり。時間は巻き戻せない。だが、それでもまた挑むことは出来るはずだ。
彼女に会ったら、花火大会で伝えたかったことをきちんと伝えようと安藤は決意を改める。
†††
成田空港。
ロビーではこれから飛行機に搭乗する旅客と各国から到着した観光客でごった返していた。
「お荷物はこれで全部ですか?」
「お願いします」
「了解しました。搭乗ゲートは38番です」
スペイン航空のカウンターにて航空券を受け取ったフリアンは礼を述べ、その場を離れ、妹であるフランチェスカのもとへと向かう。
妹であるフランチェスカはベンチに腰かけていた。耳からイヤホンのコードが伸びているところをみると、音楽を聞いているところらしい。
彼女の左右にはボディーガードよろしくふたりの修道士が無表情で立つ。
「待たせたな。荷物は預けたからな」
航空券を全員に手渡す。フランチェスカは兄を見ずに航空券を受け取る。
「ゲートは38番だからな」
「ん……」
「聞いてるのか?」
「ん、うん……」
相変わらず兄のほうを見ようともしない見習いシスターは航空券をポケットにしまう。
「もう知り合いや友人との挨拶は済んだだろ? 今さらもう一度会いたいと言っても間に合わないぞ」
「それは……そうなんだけど……」
兄の溜息をつく音。
次の瞬間には隣にフリアンがどかりと腰かけた。そして腕時計を見る。
「出発まではまだ時間があるからな。お前の気が済むようにすればいい」
「フリアン兄さん……」
フリアンが照れくささを誤魔化すかのようにこほんと咳をひとつ。
その兄の脇腹にフランチェスカが軽く肘鉄を喰らわせたので、ごぼっとむせた。
「何するんだ!?」
「……兄さんのくせに、生意気よ」
†††
特急電車のドアチャイムが鳴り、扉が完全に開く前に安藤は成田空港駅のホームへと降りたった。
時刻は3時半。予定通りだ。
左右を見回すと、右のほうにエスカレーターが。すかさず走って段差を駆け上がっていく。
ホームから出発ロビーまでの三階を駆けのぼる。
ロビーにたどり着き、肩で息をしながらも安藤はフランチェスカの姿を探す。
頭ではすでに税関を通過しているかもしれないとはわかっていても彼女の姿を探さずにはいられない。
とは言え――
観光客やビジネスマンでごった返す空港の広いロビーで彼女の姿を探すのは至難の業に等しい。
砂漠に落ちた針を探すとまではいかなくともこの人混みの中では困難を極めると言ってよい。
スマホを取り出して電話をかけてみるもやはり繋がらない。送ったメッセージも未読のままだ。
このままでは埒があかない。
踵を返して向かったのはインフォメーションセンターだ。
「すみません! スペインの直行便のカウンターってどこですか?」
カウンターに身を乗り出すようにして聞く安藤にたじろぎながらも受付嬢はパネルを操作して調べる。
「スペインへの直行便でしたら、Hカウンターのほうに」
受付嬢が指さしたときにはすでに安藤はそのほうへと走りだしていた。
幸い、カウンターに並んでいる旅客は少なかった。すぐに空いたカウンターに誘導される。
「あ、あのっ! こちらに友人が来ていませんでしたか? 名前はフランチェスカです」
「え、ええと……何時の便かはわかりますか?」
「4時の便です! 午後の!」
「承知しました。少々お待ちを……」
グランドホステスがパソコンを操作するなか、安藤は苛立ちを募らせる
「早くしてください、お願いします!」
操作していたグランドホステスが困惑した顔を安藤に向ける。
「お客様、確かに午後4時の便ですか?」
「そうです! スペインへの直行便はここだけですよね?」
「お客様」
一拍間を置いてから続ける。
「申し訳ございませんが、その時間に出発する便はございません」
「え……?」
今、言われた言葉の意味が飲み込めなかった。
「そんな、だって彼女はたしかに……!」
「ご友人のお名前はフランチェスカ・ザビエルでございますか?」
そうだと答えると、グランドホステスはふるふると首を振った。
「大変申し上げにくいのですが、お調べしましたところ、ご友人のフランチェスカ様はすでに出発されています。午後3時の便に搭乗されました……お客様? 大丈夫ですか?」
ふらりとカウンターから離れる安藤にそう声をかけるが、上の空だ。
…………なんで……。
重い足取りで駅へ向かう安藤の頭上では案内表示板のパネルが電子音を鳴らしながら表示を変えていく。
BARCELONA 732 GATE38 15:00
――DEPARTURE(離陸済み)
――三十分前
スペイン、バルセロナ行きの飛行機は成田空港から離陸して滑走路から上空へと上昇し、やがて雲の上へと。
機内の窓からしばし雲を眺めたのちにフランチェスカはばたんとブラインドを下ろす。
シートベルト着用のランプが消えたので、ベルトを外した見習いシスターはシートを少し下げてとすんと頭を預ける。
「本当に良かったのか? その、アンジローに会わなくて」と隣の席で聖書を読むフリアン。
「……いいの。アンジローに会ったら、決心が鈍っちゃうから……それに」
ウソの出発時刻伝えちゃったしと言おうとして言葉を飲み込む。
「ううん、なんでもない……それより、機内食出たら起こしてね。肉料理でお願い!」
そう言うとアイマスクを装着し、後ろに座る修道士にはお構いなしにシートを目いっぱいに倒す。
フリアンがふぅっと鼻で溜息をつくのが聞こえた。そして静かに目を閉じる。
……ごめん。アンジロー、さよなら……。
アイマスクのなかでつぅっと涙が一筋零れた。
次話に続く。
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