第34話 VRゲームで遊ぼう!


 マンションの一室のドアの前に見習いシスター、フランチェスカは紙袋を手にして立っていた。

 インターホンを押すとまさに電光石火のごとしで一朗がドアを開けてきた。


 「フランチェスカさん!」

 「こんにちは。一朗さん」


 安藤の兄、一朗ににこりと微笑む。


 「こないだはありがとうございました。これ、京都のお土産です」と紙袋を手渡す。

 「わざわざありがとうございます! わ、このお菓子好きなんですよ。それで結果はどうでしたか?」

 「観光協会の会長さんに提案しただけなので、使ってもらえるかはわかりませんが、絶対使ってくれると思います。だって一朗さんの仕事ですもの」


 先日、京都で外国人観光客に向けたマナー遵守のアニメーションを一朗に依頼して作ってもらったのだ。


 「そうですか。そう言っていただけると嬉しいです」


 一朗が気付いたように「そうだ!」と声をあげる。


 「フランチェスカさん、よかったら新作のゲームを試してみませんか?」

 「ホントですか!? 願ってもないです!」


 一朗に通されたのは仕事場兼リビングだ。もっともここに来るのは二回目だが。


 「いま手がけている仕事のものなのですが……」


 そう言って取り出したのは黒を基調としたヘッドホンにゴーグルがついたものだ。


 「あ、これもしかしてVRゴーグルですか?」

 「はい。試験的にですが、このゴーグルを使ったゲーム映像を作ってるところなんです。試しに付けてみてください」


 言われるがままにゴーグルを装着する。だが何も見えない状態だ。


 「電源入れますね」


 一朗が操作する音がしたかと思うと、いきなり目の前が明るくなった。いやそれだけではない。景色がRPGに出てくるような酒場に切り替わった。

 首を回すと部屋の全体が立体的に見渡せる。まるで自分がゲームのなかに入りこんだかのようだ。


 「スゴい! なにこれ!?」

 「どうです? すごいでしょう」


 声のするほうを見ると、酒場のマスターがカウンターにいた。


 「え? 一朗さん?」

 「はいそうですよ。フランチェスカさんにはたぶん酒場のマスターに見えてるはずです」

 「はい。VRゲームってここまで進化してるんですね」


 VRゴーグルはパソコンとスマホで視聴するふたつのタイプがある。

 今回一朗が手がけているのはゴーグル自体がゲーム機となっており、ゴーグルに付随しているカメラを通して実際の景色を空間認識して、ゲームの景色に変換してプレイするというものだ。


 「そしてこのゲームの目白押しがこれなんです。フランチェスカさんこれを付けてください」


 ゴーグルを外したフランチェスカが受け取ったのは黒のグローブで、手首から指先にかけてメタリックな基盤が走っている。

 両手に装着して手首のマジックテープで留める。


 「もう一度ゴーグルを付けてみてください」


 ふたたびゴーグルを付けると目の前に宝箱があった。


 「宝箱だわ!」

 「開けてみてください」と言われたので宝箱に手を触れるようにする。不思議なことに感触があった。

 フランチェスカがびっくりしてゴーグルを外す。だがそこに宝箱はない。

 驚くフランチェスカの反応に一朗は満足顔だ。


 「スゴいでしょう? そのグローブがプレイヤーが触ろうとする物の信号を受け取って、感触を伝えてくれるんです」


 宝箱を開けるよう言われたので中身を確かめると一振りの剣が入っていた。

 当然これも感触があり、手にずっしりとした重みが伝わる。


 「スゴいスゴい!」とゴーグルを付けたまま腕を振り回すその様子は傍から見ればシュールな光景だ。


 「どうですかフランチェスカさん」

 「最高だわ! まさにゲーマーの夢よ!」

 「良かったら一日貸しましょうか? ゲームテスターとしての感想を聞かせてほしいんです」

 「オッケー! まかしといて!」


 †††


 嬉々として教会に帰ったフランチェスカはさっそく礼拝堂にてゴーグルとグローブを装着する。

 はたして見えた映像は某有名RPGに出てくる教会そのものだった。

 礼拝堂の空間を認識すると、そのまま礼拝堂として映し出されるようだ。


 「わっ! セーブポイントの教会だ!」


 わああと目を輝かせてぐるりと見回す。実際の礼拝堂より何倍も立派なものに変換されている。

 隅に宝箱が落ちていたので、開けてみると剣が。

 試しに振ってみるとびゅんっと空を切る音。


 「フランチェスカ、ゲット・ザ・ユア・ソード!」


 剣を手にしてととと、と祭壇の後ろへまわり、こほんと咳をひとつ。


 「頼もしき冒険者の方よ。どのような用件で参られたのかな?」


 ゲーム内の神父のマネをしてひとりあははっと笑う。

 その時、奥の方に何かがいるのが見えた。じっと目を凝らす――――


 ドラゴン!


 「出たわね! モンスター!」


 ばっと祭壇を飛び越えて剣を構えてドラゴンと対峙!


 「神の加護を受けし、聖戦士パラディンの一撃を受けよ!」


 ひゅんっと空を切ってドラゴンの胴体を袈裟斬り――!


 だが、効き目は薄い、というかないようだ。


 「くっ! 一筋縄ではいかないようね!」


 ドラゴンが咆哮し、炎を吹き上げる。そしてがしりとフランチェスカの頭を掴む。


 ――スゴい! 捕まれた感触も再現してるなんて!


 ドラゴンがもう片手を振り上げるのが見えた。そのままフランチェスカの脳天へと拳を叩き込む――!

 予想以上の破壊力に思わず頭を抱えてよろよろとふらつく。


 「お、おお……ちょっと、これはいくらなんでもやり過ぎじゃ……」


 溜まらずゴーグルを外す。そして目の前には……


 「なにをしているのです……? シスターフランチェスカ?」

 「ま、マザー……」


 ある意味ドラゴンよりも恐ろしいマザーが怒気を露わにして立っていた。


 「頭にへんなものを付けて、あまつさえ私を怪物呼ばわりし、反抗的な態度を取るとは……」

 「ああああ、あのっ、ち、違うんですっ! これにはワケが……」

 「言い訳は結構! 罰を与えます!」


 マザーの拳がごきりっと鳴る。


 「なにか言うことはありますか?」

 「マザー……ゲームが、したいです……」


 礼拝堂中に鈍い音とともに見習いシスターの悲痛な叫びが響き渡る。


 †††


 翌日。マンションの自室にてインターホンが鳴ったので一朗がドアを開ける。

 そこには頭に包帯を巻いた見習いシスターが。


 「フランチェスカさん! どうでした? なにか不具合はありませんでしたか?」

 「改善の余地がかなりあるから返すわ」とゴーグルを突っ返す。


 「そうですか……あの、その頭のケガは?」

 「ドラゴンにやられたのよ」





次話に続く。

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