EXTRA 図書館のふたり
市内の中央図書館。
古今東西の書物が並ぶ書架の奥にはほかの図書館と同じように閲覧するためのテーブルが並んでいる。
そのなかでアンジローこと安藤次郎はひとり勉強に励んでいた。傍らにはスペイン語の参考書や辞書が積まれている。
「あれ? アンジロー?」
そう声をかけられ、顔を上げるとそこに立っていたのは神代神社の巫女――神代舞だ。
「あ、神代さん。こんにちは」ぺこりと頭を下げる。
「誕生日会以来ね。ここ、いい?」と安藤の向かいの席を指さし、どうぞと言われたので腰かける。
トートバッグから中身を取り出す。英語の教科書とノートだ。棚から取り出した参考書を傍らへと。
「英語の勉強すか?」
「ん、もうすぐ中間試験だし……あなたはスペイン語?」
「はい。選択科目でスペイン語選んだんですよ。あ、別にフランチェスカさんと会話するためにじゃなくて、身近にスペイン語話せるひとがいれば勉強がラクになるかなって……」
「ふぅん」
舞は興味なさそうに言ってノートを開く。
「そういえば、彼女いまメキシコにいるんですよ」
「メキシコ!? こないだアメリカに行くって言ってたんじゃ?」
思わず大声を出したので周りからじろりと睨まれる。
舞がすみませんと頭を下げ、こほんと咳をひとつ。
「その、なんでメキシコに? というか最近よく海外行ってるみたいだけど……」
「なんでも休暇だそうで……あ、彼女から向こうの写真きたんですよ」
スマホを取りだして舞に見せる。グアナファトにて孤児院の子どもたちと一緒に写っているものだ。
「へぇ……でもキレイな街だね。世界にはこんなところもあるんだ……」
「グアナファトって言うんですよ。いつかメキシコ行ってみようかな? スペイン語通じるし」
「……勝手にすれば」
口に出してからしまったと思う。目の前にいる片想いのひとが、ライバル関係の見習いシスターの写真を笑顔で見せられてはトゲトゲしくなるものだ。
「ごめん、言い過ぎた」
「いえ、こっちこそ勉強中なのに話しかけてしまって……」
よかった。勘違いしてくれて……。
安藤の筋金入りの鈍さにこの時ばかりは感謝した。
「あれ? 神代さん、それ間違ってますよ?」
「え?」
「そこ、三人称だからsを付けないと」
安藤が誤った箇所を指さす。
「あ、ありがと……」
消しゴムを取って修正を。
「その、アンジローは……将来何になりたいってのはあるの?」
「将来……ですか? いまのところ、これってのはないんすけど、でも普通に大学行って、卒業したらサラリーマンになるとかそんなんじゃないすかね?」
「ふぅん」
「神代さんはなにかあるんですか? やっぱり巫女さん続けるとか?」
「巫女はそんなに長くは続けられないの。あたしは、何になりたいかとか、何をやりたいかがわからないの」
この時期の学生なら必ず抱えるであろう悩みをぽつりと零す。
「あたしは、あの子が、フランチェスカが羨ましいなって思うときがときどきあるの。だって日本語も英語もペラペラで、海外に行ってもやっていけるし……」
ぎゅっと拳を握る。
「その点、あたしは英語ぜんぜんダメだし、彼女みたいに行動力ないしさ……」
悔しさで涙が出そうになる。
「それは違いますよ。神代さん」
「え?」
「前に聞いたんですけど、彼女は先祖代々聖職者の家系で、それでいやいやシスターをやらされてるんですよ」
「そうなの……」
「だからフランチェスカさんはむしろ、神代さんのほうが羨ましいと思ってるはずです。自分の人生を少なくとも思い通りに生きてるんですから……」
「そう……」
ノートに目を落とす。
「そっか……うん。ありがと……」
安藤がにこりと微笑む。
「あのさ、ひとつ聞いていい?」
「いいですよ。なにかわからないところがあるんですか?」
「アンジローは、フランチェスカのことが好きなの?」
「……はい!?」
周りがふたたびじろりと睨む。司書の女性がしーっと唇に指を当てる。
すみませんと頭を下げる安藤を見て舞はくすっと微笑む。
フランチェスカ、あんたには絶対負けないんだから!
次話に続く。
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