第33話 フランチェスカ、京都へ行く①


 「まいまい、みて! 富士山!」

 「富士山なんてもう何回も見てるから飽きたわよ。てか、そんなにはしゃがないでよ。こっちが恥ずかしいんだから……あと、まいまい言うな」


 博多行きこだま68号の車内で、窓ガラスに顔を近づけて子どものようにはしゃぐフランチェスカの隣の席で神代舞は額に手をやる。


 なんであたしがこんなことを……。



 事の発端は三日前にさかのぼる。

 「ただいまー」勉強を終え、図書館から帰ってきた舞が帰宅を告げる。

 玄関で靴を脱いで廊下を歩くと、神代神社の神主を務める祖父が黒電話で誰かとやり取りをしていた。

 祖父が舞に気付く。


 「おお舞、帰ってきたか。ちょうどいい。お前の母さんから電話だぞ」

 「母さんから?」


 受話器を受け取る。


 「もしもし母さん?」と出ると「久しぶりやなぁ」と京言葉で返ってきた。舞の母は京都出身である。


 「もうすぐゴールデンウィークやけど、こっちに帰ってくるのん?」

 「そのつもりだけど……なにかあったの? 母さんのほうから電話かけてくるなんて珍しいじゃない」

 「そのことなんやけどねぇ……」


 †††


 翌日――聖ミカエル教会。


 「あんたが来るなんて珍しいこともあるわね。で、用件は? あたしこれから昼寝シエスタなんですけど?」とメキシコから帰ってきたばかりの見習いシスター、フランチェスカがぶっきらぼうに言う。


 「あたしだってあんたのとこには行きたかなかったけど、しかたなく来てんのよ。実はあんたの力を見込んでお願いがあるの」

 「お願い?」


 はんっと笑う。


 「このあたしにお願いだなんて。まずはそれ相応のお礼がないことにはねぇ。あのイエスが産まれた時には、わざわざ東方から三人の賢者が贈り物を持ってきたのよ。(マタイ伝第2章)それに、あたしは報酬のない仕事はしない主義なの」


 そう言いながら両手を胸の前で交差させ、ふふんと胸を反らす。歴史の教科書でお馴染みのザビエルのポーズだ。

 だが、背後からいつの間にか来ていたマザーががっしと頭を掴み、見習いシスターからひっ! と悲鳴が漏れる。


 「なにをしてるのです? シスターフランチェスカ」

 「ま、マザー……こちらの異教徒に説法をしてただけです……」


 マザーが舞のほうを見たので、神代神社の巫女が慌てて頭を下げる。


 「は、初めまして! 神代神社で巫女を務めています舞と言います」

 「神社の巫女さんなのですね。当教会はいかなる宗教のかたも受け入れますよ。それでどのようなご用件でしょう?」


 マザーがにこりと微笑む。逃げ出そうとするフランチェスカの襟首を掴みながら。


 †††


 「なるほど……それでシスターフランチェスカの力を借りたいと」

 「はい。これにはどうしても外国語を話せるひとが必要なんです……」


 相談事は京都の観光地、舞の実家がある祇園ぎおんにてある問題が持ち上がっているのだ。

 それは海外からの観光客のマナー問題である。ゴミのポイ捨て、立ち入り禁止への無断侵入は言うまでもなく、殊に問題になっているのが、舞妓まいこへの迷惑行為だ。


 「なかには勝手に写真を撮ろうとしたりとか着物に触ろうとする輩もいるんです。それでフランチェスカに外国語で注意を呼びかけようと」


 相談事を聞き終えたマザーが頷く。


 「聞きましたね? シスターフランチェスカ。いまあなたの力が必要とされているのです」

 「で、でもマザー! こいつ異教とぉ……!」


 マザーがフランチェスカの顔面を鷲掴みにし、老体とは思えない力で片手で持ち上げ、フランチェスカが足をばたつかせる。


 「異教徒であろうと嫌いなひとであろうと、救いを求めている者には手を差し伸べるものです。聖書にも“なんじの隣人を愛せよ”(マタイ伝第5章43節)とありますよ」

 「で、でしたら、わたしにも救いの手を……! マザー!」

 「このまま十字架にはりつけにされるか、このお友達と一緒に京都へ行くか、どちらかを選びなさい」

 「い、いきます! 行って務めを果たしてきますから! 磔刑たっけいだけはお許しを……!」

 「よろしい」


 くるりと舞のほうを向いてにこりと微笑んだので、舞がびくっと身構える。


 「お聞きの通り、たったいま言質が取れました。あなた方に神の加護があらんことを……」

 「は、はい……」


 †††


 「ねー、まだ着かないの?」

 「まだよ。あと1時間したら着くから」


 新幹線はすでに静岡県を過ぎており、車内のアナウンスが次は名古屋と告げる。


 「あたしさぁ、着いたらお好み焼きとかタコ焼き食べたいんだけど」

 「それは大阪! あんなのと一緒にして欲しくないから!」


 舞の隣で修道服スカプラリオに身を包んだわがまま見習いシスターがぶーとふて腐れる。

 舞が頭痛がするかのように頭を押さえる。


 いまコイツにぶぶ漬け喰らわしてやりてぇ!


 先行き不安のこの旅に舞は心の中でそう毒づく。




②に続く。


後書き

コラム 『ぶぶ漬けって?』


「ここのコラムでまいまいとふたりだけ出るのって何気に初めてじゃない?」

「それもそうね。つーかまいまいって呼ぶなって言ってあんでしょ!」

「今回は作内に出た『ぶぶ漬け』よ。で、これなんなの? 漬け物的なヤツ?」

「スルーすんなっての……ぶぶ漬けってのはお茶漬けのことだよ。京都のひとから「ぶぶ漬けでもいかが?」と言われたら、それは「早く帰れ」と遠回しに言ってるの。まぁでもなかには本当にお茶漬け食べてきなさいの意味で言うこともあるけど」

「なにそれ! 言いたいことがあるんならハッキリ言いなさいよ!」

「遠回しに言うのが美徳なんだよ!」

「オブラート何枚積み重ねりゃ気が済むのよ!?」


ケンカが始まったので今回はここまで。

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