第18話
「気持ち悪い」
聖女は一言そう切り捨てた。その目は人を見る目ではない。金色の瞳は敵意に満ちている。
「なに? なんなの、あなた……元の形、なくしちゃったの……?」
「ほう。……その目、見えておるのか。ーーさすがは我らに連なる者よな」
するりと拘束から抜け出し、ペタリと信徒の亡骸を踏みつける。
透き通るような真っ白な脚が、血みどろを踏み分けながらも一雫も赤を纏うことなく歩いてきた。
「その通りだ、娘よ。妾にはもう元の形はわからぬ、お前たちがこんなものを喰わせ続けたおかげでな? それにしても、気持ち悪いとは、いささか妾も傷ついたぞ」
少しだけ違うトーンで話す少女は死体の山を降り切った。
一糸纏わぬ幼女。
その純白の肌はアルビノを思わせる。そしてギラつく深紅の両の瞳が一層と人間とは違うという異質さを際立たせていた。
突然、彼女は細腕を振り上げてニヤリと八重歯を光らせ、口を開いた。
「……試しをしてやろう」
ぴりっと空気が震えて、違和感を生み出す。
「姉さん、くるよ」
「ん……」
聴覚へと神経を集中させると気味の悪い音が鼓膜を刺激した。
ぐじゅり、べたり、ずるずる。
だだっ広い空間に少しずつ充満していく音は、次第に動きを伴い、ボクらの前に立ちはだかる。
「お前たちが放り捨てた者たちだ。……この者たちの猛攻を耐え切れば試しは成功。ここで死ねば、この血だまりの藻屑となるのみ」
「くっ……」
身体のところどころが崩れながら、腐り落ちながらも虚な目をして立ち上がり向かってくる信徒たちの亡骸。
「姉さん下がって! ここはあたしが!」
ハルバードを構えてジュディスがボクの前に出る。迷いのない洗練された動き。
妹の背に守られるのは何度目か。
乃亜様との戦闘の時もその身を挺してボクを守ろうとしてくれた。ボクも何か、何かーー。
ーー約束だ、代わってもらうぞ。同胞よ。
「ああ、そうだったね」
目を瞑り、もう一度開けるとまたあの空間が視界を埋め尽くしていた。
翡翠の水面、紺碧の空。そして、緋色の翼を纏った裸体のボク。
手を伸ばすと彼女もボクへと手を伸ばし、抱き合うように、溶け合うように存在が重なり合っていった。
「さて」
眼前でジュディスがハルバードを振り回し、亡者どもを叩き伏せていた。そのしなやかで華奢な見た目とは裏腹にかなりの膂力を持っている。
「たかが下位信徒如きであたしたちを沈められると思っているの!? 戸惑うとでも、加減するとでも思った?」
刃が肉を掠めるたび、飛び散る内臓と血飛沫。生命活動が停止しているとは思えないほどに、その身体からは鮮血が溢れ出す。
聖女とはよく言ったものだ。必要とあれば不要なモノを迷いなく切り捨てることができる彼女のようなものをこそ聖人と呼ぶべきだろう。
万物を救えるなどと思っている者は聖人などではない、ただの狂人だ。
「あたしも、姉さんも! どれだけの信徒の死の上に立ってると思ってるの! よ!」
「その通りだな」
聖女が横凪ぎにぶおんと大振りでハルバードを振り回した直後に彼女の前に出る。
「姉さん!?」
無数の人の成れの果てが立ち並び一目散に向かってきた。
私は目を閉じて、左腕を前へ突き出し意識を研ぎ澄ませる。
天使の脳波をキャッチした。広範囲へ音波のようなものが張り巡らされている。
どこに届いているか知らないがこれを遮断すれば良いのだろう。
『転生せし天使へ告げる。異能の使用をやめよ』
カッと声と共に目を見開き、幼女を見据えた。
「さすがにそれは反則技じゃが、なるほどのう。そちらにはかのお方がいらしたか、ならば仕方あるまい」
彼女は長いため息を漏らす。
どしゃあと大きな音を立てて死者たちは赤い池へと戻っていく。
しばらくするとその音すら止み、静寂が訪れた。
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