雷華防衛戦 乃亜
キャンプ防衛戦
この作戦の司令部、および緋奈からの待機命令を受けわたし達は自分たちのキャンプの防衛に当たっていた。
聖剣。天使教団における守護の役割。ここまで攻撃部隊をつれてくるため幾たびの異形との戦いを制し、ここへと至った。傷ついた仲間を庇い、戦おうとする弔い人を諫め、ようやくここまでたどり着いた。
だが、この二日間の戦いで皆疲弊しているのが明らかだ。
鐵と鬼灯の離脱も、みな響いているようだった。彼ら二人は上位信徒の中でも性格が明るく、みなの元気を取り戻す役割を担っていた。つまりはムードメーカーだ。
その二人を失ってはや一日が経とうとしている。
宵月も戦闘には出ずっぱりで、前回の戦闘では身体の半分くらいを失った状態で仲間に担がれて帰ってきた。本人は至って冷静だが、わたしはハラハラさせらている。
この数年でわたしも変わったようだ。みなの前では以前と変わらぬように接していても、宵月が絡むとすぐにボロが出る。
おそらく、結婚という形を取って彼と一緒になってからだろく。弱くなったのは。だがそれでも、やることは変わらない。わたしは、宵月たち攻撃部隊が帰ってくる場所を守り続けなければならない。
「リコリス、ただいま戻った。種まきは無事完了。いつでも開始できる」
「了解。助かる。これで彼らも少しは楽になるだろう」
「代わりに雷華は出撃できません」
「わかっている。事が終わったら十全に誉めてやるんだな」
「はい」
リコリスは言葉尻を濁すように苦笑した。いつものことだがこの二人の関係性も少し歪なものだ。
わたしも同じようなものか。
それからしばらくして、雷華による妖精の召喚によって戦況は大きく動いた。
バーゲストワン。そう呼ばれた敵方の旗艦に取り付いた信玄と呼ばれる戦士からの合図。信号弾を確認して、弔い人たちは再度戦いへと赴いていった。リコリスもまた、野暮用があると言って戦場へと駆け出していく。
残された雷華を守らねば顔が立たない。
「聖剣各位、おそらく今回がこの作戦の山場となる。我らは雷華の防衛を最優先とし、防衛戦を開始する。また敵の群が来るぞ」
檻の内部での戦いには基本的にグノーシスは必要ない。ここの大気に満ちるニューアークによって天使の力は安定的に我らにもたらされる。さらにいえば、グノーシスによって力を発現するよりも代償が少なくて済む。
簡単に言えば、長く、安定的に戦闘を行うのであればこちらが我々には適した戦場だ。
「精霊クラス多数出現、きます!」
「後ろには天使クラスも複数見受けられるようです」
「狼狽えるな。わたし達は今まで通りに冷静に彼らを処理すればいい。ここが正念場だ。消耗を最低限にし、全員で生き残るぞ」
「了解!」
わたしは他の信徒達の前に出る。そして祈る。力の発現を。
腕の血管がはじけ飛んで、大量の血液が空気中に舞う。その一滴一滴が灰色へと変色し姿を変える。
真上に右腕を振り上げると、幾重にも出現する槍の群れが空を埋め尽くす。
「まずは精霊どもを粉微塵にする」
振り下ろす。目標はこの目が捉えられる全ての敵。
『我が落とし子よ、喰らい尽くせ』
静かに発したその言葉に従うかのように、無数の槍は目前の敵を指し貫き食い尽くすように消滅させていく。
槍は破裂して、敵だった残骸とともに灰色の血液へと回帰しわたしの足元に水たまりを作る。そしてふわりと重力に抗うように浮き、わたしの手足から身体の中へと戻ってきた。
「やはり原生種は美味か」
うんうん、とうなずき次は槍を二本形作る。両手に握って前方の天使へと片方を向けた。
「討滅、開始」
号令と共に上位信徒の部隊が天使を囲み攻撃を開始する。
わたしは雷華のそばで一人で守護をしていた。彼女は額から汗を垂らしながら目を閉じて集中している。この戦いの音など聞こえてはいないだろう。全ては、リコリスの役に立つために。全ては自身の父親のために。
「君の父親に比べれば役に立たないかもしれないが、精一杯守るよ」
流れ弾のように飛んでくる攻撃を槍の先端で受け止めて爆散させる。微かな残滓がわたしの頬を掠めて僅かな傷を作る。
「パパはもっとがむしゃら。悔しいけど乃亜様の方がめっちゃ強い」
「聞いていたのか」
「うん。会話ができないわけじゃない。むしろ、誰かいた方が精神が安定する。ほんとはパパがいいけど、今は乃亜様で我慢する」
「それは光栄だ、お姫様」
ふふふ、と雷華は花のように笑う。その顔には彼女の母の面影が確かにある。あの人は戦士ではなかったが、リコリスを支えて子まで授けたまさしく聖母だ。
「作戦ね、上手くいってるみたい。宵月お姉ちゃんも無事だよ」
「そうか。わざわざありがとう」
どういたしまして、といたずらっぽく言ってまた黙り込む。この小さな体でおおよそ百体の妖精を操っているとはさすが、天使の子というべきだろうか。それとも父親への想い故か。
「貴女に比べたらまだまだだよ」
「そうでもないさ、わたしはそもそもそんなことはできないからな」
くすりと笑い、攻撃を受け止め続ける。さすがに苛烈に攻め入る天使の猛攻はこちらにまで影響が出るか。
「嘘つき。その気になればこれくらいの数どうってことないくせに」
妖艶な目つきでわたしを睨む雷華は、何かに取り憑かれている雰囲気だった。
「貴女はもう無意識に力を抑えている」
「そうだな」
防衛ラインを抜けてきた天使が攻撃を仕掛けてくる。大型の蜘蛛の異形。伝承での名称、土蜘蛛と酷似している。
両手に持つ槍で足による攻撃を弾き、吐き出される硬質な糸へと対応する。重い。
「くっ……」
「あはっ、上手だなぁ苦戦しているフリなんてさ、乃亜様」
煩い小娘だ。口元が歪む。
そうだな、ここにいるのは雷華のみだし。ちょうどイライラしていたところだ。
「悪いがお前は綺麗に平らげさせてもらうぞ」
両腕の力で押し返し、一旦後ろへ飛び退く。その後追いかけてくる糸目掛けて右手に持つ槍を振りかぶり、投げつける。その後槍を追いかけるように駆ける。
槍は、土蜘蛛の放つ糸を難なく突き破り、本体へと到達する。やつはそれを避けるため跳ねようとした。
「遅いな」
もう一本の槍を用いて高飛びの要領で天高く舞い上がる。身体を翻して両手を広げ、力を発現させる。
両手両足に裂傷が刻まれ、血液が宙へとばら撒かれる。数本は文字通り足止めに、あとは針の山のように……撃ち墜とす。
『我が落とし子はお前の脚を奪い、お前の全てを食い尽くすだろう』
声と共に槍が雷のように閃き、土蜘蛛の脚を固い床に縫い付ける。そして無数の針は雨のようにその身体に剣山を作った。針はドパァと音を立て、間髪入れずにかの化け物の下に水溜りを作り上げる。
「おー怖……」
ピクリと脚を縫われた蜘蛛は動きを見せる。
まだ息があるのは承知の上だーーもちろん最初から。
土蜘蛛は息も絶え絶えにまだ攻勢に出ようとしている。わたし相手でなければどれだけ信徒が喰われていたかわかるまい。
「そうら、下からもう一度だ」
化け物の直下。わたしの体液で満たされた血溜まりがうねり、大きな顎が現れる。
ばくん、と音がしてそれは大柄な蜘蛛を平らげて水へと戻り、わたしはそこへと着地する。
パシャっと軽い音がして波紋を作る。それが広がる間もなく、灰色はわたしの体へと溶け合って消えていった。
「さすが、始祖と呼ばれるお方ね」
「……懐かしい名だ。そんな名前で呼ぶものはもういない」
「大司教とは違う系譜の祖に当たる貴女。貴女は本当はーーっ」
「それ以上囀るなら、そのか細い首を刎ね飛ばしても構わないぞ、小娘」
「あはっ、そんなにムキにならなくていいのに。でも、パパが怒っちゃうからやめておく。……それに、この力を使うことをやめたとき、今の会話は全て忘れているわ。戯言ぐらいに思っておくことね」
小悪魔のように笑って、その後は一言も話すことはなかった。
防衛を終えた仲間がキャンプ地へと戻ってくる。あとは、出撃した部隊の帰りを待つのみだ。
「始祖、か……」
しゅっとタバコに火をつけ、煙を吐き出した。
バカバカしい。わたしは、もう人に落ちた一人の女だ。それ以上でもそれ以下でもない。
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