サイレン討伐戦 ジュディス
姉さんからの連絡を脳で受信する。それはテレパシーのようなものでこんな長距離であっても機能する恐ろしいものだ。ただ、地上ではさすがに疲労が蓄積するはず。なのに緋奈姉さんは疲れをおくびにも出さない。
「あたしは心から尊敬してるよ、姉さん」
飴玉を口に放り込む。舌で転がすとレモンの味がし始めた。あたしは好きだな、レモン味。
「よーし! みんなやるよ! 送られてきた情報を元に白いサイレンってのを探すんだ!」
補給部隊の観測者たちへと声をかける。
あたしたちは砂漠の南西部、比較的檻の出口に近い場所にキャンプを作って攻撃部隊の支援をしている。
食糧の補給に敗れた衣服の修繕、グノーシスの補給まで完備。うん、みんなよく働いてくれている。檻の方には温泉があるみたいだけど、普通の信徒じゃ入れない場所だからあたしも我慢する。オアシスもないし、シャワーが浴びれないのは確かに痛いけれど。
ついてきてくれた信徒たちに頼んで簡易的な櫓をいくつか設置していて正解だった。
「いよし! 集中集中」
一度目を閉じて、眼を開くイメージをする。天使の目の本来の使い方とはちょっと違うけど、こっちの方が使いやすい能力。
かっと開くと遠くに広がる戦線がよく見えた。たしか、望遠鏡? 双眼鏡だっけ? そんな感じで遠くが近くに見えたり、はっきりと見えたりする。
脳にねじ込まれた砂漠の地図を元に大体の目星をつけていこう。
「出口付近だと、あの三台くらいか」
結構なスピードで爆走しているのがわかる。足止めは難しいかもしれない。うーん。あたしの見ている景色が姉さんにそのまま送れたらいいのになぁ。
「姉さんには耳があるし、似たようなことはできてるか」
なんて独り言を繰り返しながらマーキングしていく。うん。大体の予想進路もわかった。
「この地図を、攻撃部隊に届けて」
櫓の下に待つ信徒に声をかけて地図を渡す。あとは作戦指揮を取ってる他の企業から借りた貴重なこの、けいたいたんまつ? があればなんとかなりそうだ。
「了解です、聖女様」
彼らは人間だ。あたしたちとは違うけれど、特殊な催眠によって身体のリミッターが解除されているから、普通の人よりは圧倒的に強い。
走るの早いなぁ。砂の海も何のその。下級風情とはいえ素直に感心する。
今渡した位置情報だと、一台はここから数キロメートル先を通る。カーマインとキジュウを引き連れているけど、足止めくらいならできるかもしれない。
「ごめんね姉さん。あたしも少しは暴れたい」
みんなが心を削って戦っているのをただただ見ているだけなのが本当に嫌だった。
こんな照りつける太陽の下、暑くてたまらないのに、足場もこんなに悪いのに戦ってくれている。
できることはしたい。
『ジュディ、無理して貴女が倒れたら大事だよ?』
「わかってるよ、大丈夫」
櫓から飛び降りて得物を携える。
ハルバード。遥か昔の騎士が使っていた武器らしい。それを模したものだ。工房製のニューアーク内蔵型衝撃増幅ユニットがついている。内臓のニューアークが足りなくなったらグノーシスを放り込めばいいらしい。
生体武器はどうも馴染まなかった。大丈夫、こんなのでもたくさん天使とか精霊とか妖精を殺してるんだから。
駆け出す。姉さんほど軽快にはいかない。砂に足を呑まれそうになるけれど、呑まれる直前に蹴れば走ることができそうだ。
噴き出す汗が後方へと飛んでいく。砂がベタベタと張り付いて気持ちが悪い。けどそんなことどうでもよかった。
攻撃部隊の助けとなれば。
それだけがあたしを突き動かしている。
「予測通りだ」
轟音と共に一部隊がこちらへ向かってくるのがわかった。白いサイレンも一緒だ。赤いサイレンもいる。あれの火炎放射には注意が必要だ。キジュウによる重い攻撃も。
爆走するカーマインがこちらへ気づき銃火器をこちらへ向ける。
あたしもギアを上げなきゃ生き残れそうにない。いくらあの試練を超えたといっても、ここは地上なのだから。
「我は率いるもの、聖女として戦士たちの旗印となろう」
グノーシスのBタイプを口に投げ込みガリッと噛み砕く。
「さてと。逆境は踏み越えてやりますか!」
弾丸の嵐を避けつつ砂が盛り上がっているところへ近づいていく。あたしの目の力ならこれくらいはなんてことはない。
カーマインが徒党を組んで突っ込んでくる。もちろん、弾をばら撒きながら。
それを横目に砂山へと思いっきり縦にハルバードを叩きつける。
接触と共に地震のような衝撃が周囲に迸っていく。そして、天まで届くかと思わんばかりの砂の柱が瞬きのうちに形成された。
ばら撒かれる弾はこちらまで届いてこず、飛び込んだカーマインも柱の中で爆散した。
初動はまず凌げた。次はなんとかあの赤いサイレンに打撃を与えたい。この砂をまた利用できないかしら?
それなら。砂の柱で目を奪っているうちに敵の側面へと移動する。最中砂漠へハルバードを潜り込ませ衝撃を与え続ける。側面へと到着した時、ぶおんと砂中から得物を力任せに振り抜いた。
「上手くいった?」
大量の砂を巻き上げた竜巻が発生する。
敵の視界を奪いつつ、こちらは目によって動きを観測する。
混乱はしているようだがカーマインたちは突っ切ってくるようだ。赤いサイレンは火炎を放っている。てんでバラバラなように見えて統率されているらしい。砂漠での戦いにも抜群の適応力があるようだ。
「んー、流石に取付けなさそうね」
逡巡の最中、目前に赤のサイレンが飛び出してきた。飛び跳ねて回避するも火炎の中へと誘われるように飛び込んでしまう。
「あっつっ……!」
勢いで火炎の上に飛び出すと、すべての火器がこちらを向いていた。これはさすがに。
「あーあ……やっちゃったなぁ」
死を覚悟する。空中では逃げ場はない。
刹那。
抱きしめるようにあたしを抱えたそいつは空中で敵の総攻撃を全て受け止めて見せた。貫通もしていない、あたしはちょっとした火傷だけで他は無傷だ。
「まったく。貴女はすぐ無茶をする」
「宵月?」
仮面をつけた一見女性の姿をした男に抱きしめられている。以前も似たようなことがあった。
宵月はあたしを抱えたまま竜巻を突っ切って敵と距離を取った。その頃には彼が背中に受けた傷はほぼ全て治っていた。
「すぐにこれたのは俺だけだ。ジュディス、動けるのなら今すぐ逃げてくれ」
あたしは彼が男であることを知っているし、教団では仲がよいほうだ。だから自然と彼は男の口調に戻っている。
「でも」
「足止めには感謝しているが『聖女様』は命を落としてはならない」
宵月の聖女様という呼び方にムッとした。ここまでコケにされて引き下がるわけにはいかない。
「あの白いサイレンはあたしがやる」
「……なら赤いのと他のザコいのは任せろ」
呆れた顔で当然のように彼は大変な方を引き受けた。
「まずは動きを止める」
砂の盾を作りながらあたしは機を窺う。軽い火傷とはいえ太陽の熱によって激痛が走っている。さっきまでのようには動けそうもない。
宵月は飛びながら、敵を撹乱している。キジュウを蹴散らしながらカーマインの注意を一身に引き受けている。火炎放射をその身に浴びても止まることはなく、赤いサイレンにも攻撃を仕掛けていた。
彼は本当に強い。どうりであたしが勝てないわけだ。あれだけの力を自身の体の延長として使いこなしているのだから。
「ジュディス、今だ……突っ込んでこい!」
火炎放射器を撃破した直後彼は叫ぶ。敵の中心地で弾薬をありったけ受けながらもその声はあたしの耳に届いた。
地面を蹴り付け一直線にサイレンへと飛び込む。カーマインたちはあたしへの迎撃が間に合わず慌てふためいている。彼の働きのおかげだ。
ハルバードを振りかぶり、力任せにその巨体へと振り下ろした。
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